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第44話 やまない暴力



 学校の近くでひとり暮らしをしているという相沢のアパートは、駅から5分程度歩いたところにあった。2階建てでクリーム色の外壁をしたごくごく普通のアパート。


 最近は表札を立てないのが主流なのか部屋番号が書いてあるだけだった。僕はメッセージに書かれている番号と目の前の部屋番号を何度も確認し、インターホンを押した。ベルが鳴りやんでも受話器が取られることはなく、空白の時間にだんだん鼓動が速くなっていく。


 早く出てきてとっとと終わらせてくれ。


 足元を見るとドア横にサボテンが置かれている。

 小さいバケツぐらいの鉢に植えられているそれは、直射日光を浴びて中々に暑そうだった。心なしか棘もへたっている気がする。せめて中に入れてあげたらいいのに……なんて思っていたところ、


 がちゃり――。


 ついにドアが開いて、だるまみたいな色黒の男が出てきた。


 男は品定めをするようにひと通り僕の体を見まわしてから、ニヤッと笑って「あがれよ」といった。僕は律儀に「お邪魔します」といって男のあとを付いて歩く。


 細長いフローリングの廊下を抜けて奥の部屋に入ると、


「よお成瀬ー」


 相沢がベッドの上から咥えたばこで出迎えた。窓も開けずに小一時間たばこを吸い続けたような、煙まみれの部屋だった。


「お前も吸うか?」だるま男が言った。


「やめとけって、そういう奴じゃねえんだから」相沢が笑いながらそう言う。


 ベッドの上には缶チューハイの空き缶や、ポテトチップスのゴミ、脱ぎ捨てられた衣服が散乱していて、たった1時間でもここに居たら体調が悪くなりそうな気がした。


「頼みなんだけどさ」


「うん」


 いよいよだ。


「愛莉を呼んでくんない?」


「え?」


「ここに。今すぐ。ほら、はやく呼べって」


 心臓が嫌な高鳴り方をする。

 迷う間もなく、僕の答えは“ノー”だ。


「それは……」


「あ?」


 相沢の顔が一気に攻撃的な形相に変わった。


「呼べないの?」


「……何を、何をするんだ?」


「遊ぶだけだよ。フレンド申請しちゃおうかなって」


「断わる」


 自分でもびっくりするぐらい滑らかに言葉が出た。


 相沢は一瞬唖然とした表情を浮かべ、それからやれやれと言った具合に笑ったのち、煙草を灰皿に押し付け、ベッドから怠そうに立ち上がって間合いを詰めてきた。


「もしも呼んでくれたらお前にはなにもしないでやる。もしお前が呼んでくれないなら――」大きな手が僕の顎と頬をいっぺんに鷲摑みにする。トイレで脅された日の記憶がフラッシュバックする。「この顔面ぐちゃぐちゃになるまで殴り続けてあげるよ」


 どっちか選べよ、と取り巻きが言った。


「……絶対に、呼ばない」


「ぁあ!?」


 その瞬間、強い衝撃とともに世界がぐらついて床に崩れ落ちた。あ、殴られたんだと理解したのはそこから相沢を見上げたときだった。


 暴力は当然のように1回では終わらなかった。二発、三発、四発とひっきりなしに硬いこぶしが顔面に襲い掛かってきて訳も分からないまま床にひれ伏す。蹴りやパンチが背中とか尻とかあらゆるところに飛んできて、もうどっちが上でどっちが下か方向感覚も分からなくなって気が付いた頃、僕は片腕を背中に捕らえられ、うつ伏せに押さえつけられていた。


「お前友達いねえんだな」


 窮屈に見上げると、相沢がベッドに腰掛けてスマホをいじっていた。ということは背中に乗ってるのはだるま男か。重たい。相沢はスマホを耳にあてて、誰かに電話をかけているようだった。


 殴られた顔がじんじん痛くなってきた。


「……ああ、もしもし? 俺だよ俺…………うん、そうそう。今さ俺んちに成瀬といるから遊びにおいでよ…………だから俺んちだって。じゃあ待ってるから」


 電話を終えて彼はスマホをこちらに投げてよこした。


「おい喜べ。愛莉、いまから来るってよ」


 頭のなかで絶望の音がした。


 顔のすぐ横に放られたスマホは、僕のものだった。


 ふざけるなよ。


「古川に何かしたら許さないぞ」


 相沢とだるま男はたがが外れたように笑った。

 スマホを取りたくて振りほどこうとするが、取られたほうの腕の付け根が悲鳴を上げた。


 なるほど、抵抗をさえないような押さえ方をされているらしい。その後も何度も腕を抜こうとするのだが「こら大人しくしろや」その都度腕を締めあげられ、激痛が走るだけで抜け出せそうな気がしなかった。


「無駄だよ」


 相沢は笑ってこちらまで来て、僕の頭を踏みつけた。


「俺が一緒に居るって言ったらよ、すぐ来るって言ったよ愛莉のやつ。お前気に入られてんだな」


 そして蹴られる。視界が一瞬ブラックアウトする。ぼんやりと視界にすこしずつ色が入りはじめて眩しくなり出したとき、再び顔を蹴られて、激しい衝撃に首が取れそうになった。


「お前ムカつくな。お前ごときがよ」


「……」


 かかとで頭をぐりぐりとこねくりまわされる。


「舐めんなよ、まじ死んじゃえよ」


 また顔を蹴られた。頭上で笑い声がする。このままじゃあ本当いつか死ぬかも。


 鼻がじんじんしていて口のなかは鉄の味がいっぱいに広がっている。相変わらず腕の関節は痛いし、なんでか分からないけど太ももや背中などあちこちに強く打たれたような痛みが走っている。


 正直僕ひとりだったらもうとっくに音を上げていると思う。土下座でも何でもして解放するよう懇願していただろう。


 抜け出そうと身をよじる。だが、またも阻まれ不発に終わる。「わかんねえ奴だな」こぶしが顔に見えない角度から飛んでくる。痛い。二発、三発とパンチが立て続けに降ってくる。


 彼らはなかなか殴ることをやめずに執拗に僕を痛めつけてきた。何発かに一回、鼻や耳にパンチを食らい、跳びあがるほどの痛みが走るときがあった。このまま気を失ってしまったほうが案外楽かもしれないと思ったけど、意外と人はそう簡単に気絶しないらしい。


 古川の顔が浮かんだ。


 そうだった。僕がしなければならないことを、改めて思い出す。


 古川が来る前に何とかしないといけない――だから死ぬ気で力を振り絞ってふたたび抜け出そうとするのに、不良ふたりに押さえつけられた体はやっぱり床から立ち上がれなかった。


「わかんねえやつだな」また殴られる。


 ややあってインターホンが鳴った。想像よりもずっとインターホンはけたたましくて、絶望のメロディに聞こえた。


 終わった。


「お前ちゃんと押さえとけよ」といって相沢は玄関にいった。


 馬鹿野郎……なんで来るんだよ。


 相沢に連れられておそるおそる部屋に入ってきた古川は、僕と目が合った瞬間、顔を引き攣らせて小さな悲鳴を上げた。


 水色のストライプ柄が入った夏らしいシャツを着ていて、休日にどこかお出かけへ行くような格好だった。


 自分が情けなくて涙が出そうになってきた。




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