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第42話 また一緒に居たいって思えるなら



 雨は中々止んでくれそうにない。


 僕たちはドラッグストアで絆創膏を買って、シャッターの下りた店の軒先でしゃがみ込んで話をしていた。


「どうして逃げたりするんだ?」


 陽子はバツが悪そうに膝の絆創膏を撫でながら、押し黙っていた。そのうち口が開くかもしれないと、しばらくの間待ってみたものの、ただ俯いて絆創膏をいじるだけで唇は開く気配もない。


 うんともすんとも言えないあたりが、なんだか陽子らしい気もする。


「質問を変えよう。ラインは、ラインはどうして抜けたりしたんだ」


「陽子、私たち別に全然怒ってないからね」


「……」


 膝に置いていた手は滑り落ちるようにして、今度は地面をがりがりと掻きはじめた。俯いているせいで濡れた髪が顔を隠して表情が分からない。


 そこには苦痛に歪んだ顔があるのだろうか、それとも何かに怯えた臆病な顔があるのだろうか。切実に、陽子の顔が見たかった。


「陽子、私たちのことが嫌いになったかな?」


 二回、首を横に振った。

 僕は思い切って聞いた。


「相沢のことは本当に好きなのか?」


 首は動かなかった。

 でも、顔を隠した髪の毛が微かに左右に揺れた。


 古川を見ると彼女も僕のほうを見ていて、それから小さく頷いてくれた。彼女のいう通りだった。陽子は相沢のことが好きになって僕たちから離れた訳ではなかったということだ――。


「……戻ってこないか?」


 ぴょこん、とまた前髪が揺れる。


「陽子、ごめんね。私が相沢と付き合ってたとか言ったから色々気にさせちゃったんだよね。あのね、私、あいつのこと嫌いなんだよ。ほんとに。だからいくらアプローチされても付き合うことはもう無いから」


「それに僕と古川がどうするかってことに相沢の存在は関係ないことだから。それよりももっと手前の……僕自身の問題なんだよ。だから陽子が相沢と、その、足止めっていうか、そんなことする意味がないっていうか」


「陽子?」と古川が優しく呼びかける。「もしも私たちともう関わりたくないなら無理はしなくてもいいよ」ひと呼吸おいて彼女は続ける。「でもね、もしも1ミリでもまた一緒に居たいなって思えるなら、また一緒に過ごさない?」


 無数の雨粒が地面を打ち付ける音。

 水しぶきを立てて走るタクシーの走行音。

 雨どいから滝のように流れ落ちるバケツをひっくり返したような音。


 そんな雨音で支配された暗がりの軒下で、強く、生々しい鼻水を啜る音がした。それから、陽子ははっきりと首を縦に振る。


「ごめんなさい」


 涙がそのまま喋ったような声だった。


 いつでもにんまり笑って元気いっぱいの陽子。当たり前のように遅刻して先生に怒られて舌を出している陽子。どんなに冷たくあしらわれても傷つく素振りなく、いつでも堂々と振舞っている陽子。


 泣いちゃってる陽子は……初めて見るけれど、もう今日限りで見たくないと思った。


 古川はまだ顔があげられない彼女の震える肩を、横から抱きしめた。「大丈夫だよ」と言って。


 さすがに抱きしめることができない僕は、力なく地面に置かれている手をおそるおそる触って、それから両手で包み込んでみた。


 古川みたいにぬくもりで満たすことができる手じゃないけど、雨と涙に濡れた身体が少しでも温まればいいなあと、そんなことを思っていた。


「……ありがとう、なのだ」




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