第40話 僕たちは手なんか繋ぐべきじゃないのだ
家に帰ってぬるめのシャワーで1日分の汗を落とした僕は、軽く髪を乾かしたらすぐにベッドへ入った。何日かぶんを詰め込んだような濃い1日だった。だからか、身体は疲れている実感があってすぐに眠れそうだった。
エアコンが効いた冷たい部屋で薄い掛布団にミノムシのように包まってみる。何気なく布団の中で右手に左手を重ねてみる。生ぬるくてごつごつして気持ち悪い感触だった。今日古川がそっと重ねてくれた手とこの手じゃ、まるで別の生き物のようだった。
――残り5日の仲だけどよろしく。
僕たちは絶交の約束を交わしたから、元々はもっと互いにドライであるべきだったはずなのだ。飽くまでも陽子を相沢から引きはがすために一緒に居るだけであり、ふたりの関係性には明確な目的が存在している。
だから本来手なんか繋ぐべきじゃないし、それに胸を震わせている場合じゃないし、なんなら慰めてもらうべきじゃないし、落ち込んだ姿を見せるべきじゃないのだ。互いに共通の目的を持つ割り切った関係性なのだから。
僕は飽くまで、目的を遂行するために淡々と彼女の力を借りなくてはならないのだ。
しかし……何度そうやって現実を叩きこもうとしても、小さくて温かくて優しい、彼女の手の感触は僕のなかから出ていこうとしない。汚い部分を受け入れてくれた優しさも、いつまでも図々しく胸の中で駆け巡っている。
あと5日、いやもう、ほぼ4日しか残されていないのに。
正直に言って……今すぐにでも会いたいし、声が聞きたいし、慰めて欲しいし、図々しいけれどまたああやって僕のことを受け入れて欲しい。今もし彼女から電話がきたのなら僕は布団を飛び出して全速力で会いに行くだろう。
「……クソ、ばかやろうだな」
疲れているのに眠れない。だからこんなどうしようもない妄想をするんだ。
腹の底から深いため息を吐きだして、邪念を振り落とすように乱暴に寝返りを打つ。
朝起きたら木曜日、その次が金曜日で、土曜、日曜と曜日は入れ替わっていく。そう考えると4日や5日なんて本当に一瞬の出来事で、しかも僕の場合終わりがはっきりしているのだから、いじいじ彼女について悩んでいる必要などないのだ。
何十回目かのため息を吐いて、また寝返りを打つ。
残り4日、5日はきっとあっという間なのに、たかだか数時間後に訪れる朝が果てしなく遠くに感じていた。
******
放課後、古川と僕は駅で合流して陽子のバイト先に向かっていた。最高気温が30度を下回る、ここ最近に比べて幾らか涼しい日だった。それでも衣服をまとうには暑すぎることに変わりはなく、ホームの階段を下っている古川のワイシャツはこれでもかと窮屈に肘の上まで捲られていた。
「ちょうどだね」
古川がこちらを振り返って歯を見せた。
電光掲示板には“まもなく電車がまいります”と赤字で表示されている。
最後の一段を下りて、少し歩いたところの列で足を止めた。轟音とともに本当に停車するのか疑うくらいのスピードで電車がホームに流れ込み、それからブレーキを踏んでうまいようにお尻を合わせて停車した。
二人掛けのシートに古川が座った。僕はそこに座るか立っているかの二択でしばし悩み、おそらく不審者のように小刻みに右往左往していたのだろう。彼女は首を傾げながら「座ればいいじゃん」といってくれた。
言われた通りに腰をかけると、ほんのりと甘い、砂糖菓子のような匂いが鼻を抜けた。なんだか久しぶりに嗅いだような、懐かしい匂いだった。
「明日は、もう選択授業ないな」
「そうだね?」それがどうかしたのか、と言いたそうな古川。僕は「なんでもない」と言っている風に鼻先で風を切る。
陽子は今日、学校を休んだ。
理由は聞いていないが今週で二回目なのだから多分彼女にしては多いほうだと思うし、だからこそ不安は掻き立てられて考えなくても良いことを今日もいっぱい考えた。それでも昼休みに食堂で相沢を見かけたおかげで一緒に居ないことが分かり僕の不安は一時的にトーンダウンしてくれたのだが。
「今日は居るのかな」
もしも今日も出勤していなかったら、いよいよ切羽が詰まってくるだろう。明日、陽子が学校に来る保証なんて無い。そうしたらいよいよ土日に突入して夏休みだ。
「大丈夫だよ。居なかったら居なかったで考えよ」
「えらく楽観的だな」
「逆に居たときのことを考えなくちゃダメじゃない?」
ぐうの音も出ない正論だ。
「……そう考えるとふたりとも楽観的なのか」
「結局何も作戦立ててないもんね。まあ……でも相手が陽子だからさ」
古川にしては珍しく陽子を小ばかにしたようなセリフだと思ったけれど、彼女は「真っすぐな子には小細工はいらないよ」と付け加えていた。
それも確かにそうだと思う。ふと思うけれど、いつもいつも古川が言うことは正論ばっかりだ。きっと僕なんかより何倍も頭が良くて何倍も色んなことを経験してきているのだろう。
電車はぐんぐん速度をあげていって車窓に映る街は早送りしているみたいに見切れていく。
******
「……いた」
古川が目を大きくして振り向いた。
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