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第38話 僕は大嘘つきだったらしい



「明日……陽子のところに行くしかないな」


「朝いちで捕まえよう」


「それで、相沢のやばさを伝えるか」


「……それは意味ないと思う」古川は続きをいった。「陽子はとっくのとうに相沢がヤバいやつって分かってると思うから」


 そんなわけがないだろう。


「分かってないぞ。だって陽子は『意外といい奴』って言ってたんだ」


「まだそれ信じてるの?」


「信じるも何も」


 彼女は呆れたように笑みを浮かべていった。


「成瀬が思っているほどあの子は鈍くないよ」


 言葉が、うまく出てこなくなった。


「相沢がヤバい奴だってのは十分わかってて利用されにいってるんだよ。いや……もしかしたらヤバい奴だからこそ成瀬を突き放してまでそうしているのかも」


「ごめん、整理ができそうにない。つまりどういうことだ」


「それだけ陽子にとって成瀬が大切だった。もしくは、自分でいうのもだけど、私のことも大事に思ってくれていた。だから陽子はそこに割り込もうとする悪人を私たちから遠ざけようとした」


「ちょっと待ってくれ。確かに言ってることは分かる。確かに状況からして、僕たちから相沢を遠ざけようと何かしらの行動をしたんだろうって思う。入り口はそれで正解だ」でもやっぱり腑に落ちないこともある。「だけど今は陽子なりに考えて、その、自分の意思で相沢に付いていってるんじゃないのか?」


「まだそんなこと言ってるの? ほんとしょうがないな」


「だって、戻ってきたいって思う要素があまりないような気がして」


「それどういう意味よ」


「僕は結構彼女に対して失礼なことをしてきたし、それなりに拒絶をしてきたから、だからそれに比べたら相沢が『意外といい奴』っていうのも分かる気がするんだよ」


 古川は風船が膨らむくらいに強いため息を吐いた。


「あのさ」語尾の強い声だった。「それ、私と陽子に対してめっちゃ失礼じゃない? まるで私なんか居てもいなくてもどうでもよくて、陽子はだからあっさり友達を見捨てて相沢のところにいったってことでしょ?」


「違う、そういうつもりじゃない」


「ほんといい加減にして」


 古川は吐き捨てるように言うと、ぷいっとそっぽを向いた。また怒られてしまった。


 会話が止まってしまった。でも、僕はその沈黙を利用して彼女の言っていたことを反芻した。決して失礼なことを言おうとしたわけじゃなかった。だが、彼女のいう通りで、確かに一方的な解釈だったのかもしれない。


 ……もしも陽子が聞いていたら、またあの引き攣った笑顔を浮かべたのかもしれない。


「成瀬さ、いまは陽子のことが好きなんだからさ」


 小さく頷いて、続きを待つ。


「もうちょっとでいいからさ、好きな人のこと信じてあげて」


「……わかった」


「寂しいじゃん。そんなの」


 寂しいんだ。


 逆の立場だったら、僕はどう感じるんだろう。そんなことを思い頭のなかで追ってみる。


 僕がとある男女の恋を成就させたくて、間に割り込もうとする悪い人を一生懸命ブロックする。悪人はそれをいいことに僕のことを利用するのだ。嫌なんだけれど、でもここで音を上げたら悪人は再び彼らのところに行って邪魔をする。

 それが分かってるから、僕は彼らを思い、ひとり我慢を続ける。


 しかし……そんな僕のことを『あいつは私たちを見限ったんだ』と彼らは言っていた。『どうせ私たちのことなんか嫌いなんだ。だから悪人のところにも自分の意思で行ってるんだろう』と。


 ――最低。


 弾かれたように顔を上げた。


 古川はびくっと体を震わせて、怪訝そうな顔をする。


「なっ、なに? びっくりしたあ」


 違う。彼女は何も言ってない。


「……ごめん。気のせいだ」


「あっそう」


 ……僕はひょっとしたら、自分が思っているよりもずっとずっと最低なのかもしれない。


 それに、ずっとずっと嘘つきなのかもしれない。


「古川」


「ん?」


「……前に、嘘が嫌いって話したと思うんだけど」


「え、うん」


「なんだか、実は僕がいちばん嘘つきなんじゃないかなって。嫌うべき最大の嘘つきは実は自分だったんじゃないかなって、今更だけど、思った」


「……どうして?」


「結局なんでみんな嘘ついちゃうんだろって考えると……やっぱり自分の為なのかなって。みんな自分が大事で守りたくって、だから嘘をついて、ちゃんと何かあっても自分を取り戻せる位置にいようとする。故に本当の自分を隠したり、一貫性のない行動を取ったりする」


 古川は、分かるよと言うように静かに頷いている。


「だとしたら……僕が、僕のしてることが、他の誰よりもいちばん嘘つきなんじゃないかな」


「そんなことないよ」


「あれだけ人から裏切られるのが怖かったのに、自分がそれをやってたなんてさ」


「ううん」


「本当つくづく……」


 そして陽子も古川も失うのだ。


「自分には、呆れるよ」


 喉が震えて、うまく喋ることができなくなってきた。


 それから震えは伝播していって、寒くなんてないのに肩や膝の上に置いた手までも小刻みに震えはじめてしまう。この震えがどういった感情から起きたものなのかが分からなくて、止めたいのに止まってくれない。


「ごめん……古川」


「ううん、いいの」


 視界の端に映った女の子のシルエットは、大袈裟だけど、ゆっくりと首を振っている。僕はそっちのほうを見れなかった。


 それから、膝の上の震えた手に、古川の手が重なった。

 小さくて、ひんやりしているのに人肌のあたたかみを感じる手。




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