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第30話 最悪のカミングアウト



 すっかり人がまばらになった上り方面の電車に揺られ、何時間かぶりに学校の最寄り駅に降り立った。電灯だけが等間隔に立っている小ぢんまりとしたロータリーで、誰かの到着を待つ車が3台、4台と控えめにアスファルトを照らして並んでいた。


 心臓が勝手に高揚して、それにつられるように体は前へ前へと急いだ。急いだところで古川の話の内容が好転するわけじゃないのに。


 僕は古川からどんな話をされると思っているのだろう。いや、されたいと思っているのだろうか。しょうもないことに、このあと古川から伝えられるであろう“言ってなかったこと”に無限の可能性を感じてしまっている。


 だから陽子と相沢のツーショットを思い出しては、陽子と相沢が仲良くしていた事実は変わらないのだと言い聞かせているのだが、小刻みに打つ脈拍も、ついつい速くなってしまう足取りも、微かに脳を掠めていく甘い期待も止まってくれない。


 そして僕は懲りずに心のどこかでは、本当に何かよいことが起こるんじゃないかと思っていた。


 このあと、僕が考えうる中で最も最悪なカミングアウトを受けることも知らずに。

 マンションに挟まれた真っ暗なその公園で、古川は既にベンチに座って宙を見つめていた。闇の中で剥き出しの白い腕が光り輝いて見えた。


「ごめんね急に」


「いや……別に」


 僕は少し悩んだ末、古川の隣りに腰を掛けようとして、やっぱり立つことにした。それは僕なりのくだらない意思表示だった。


「……こないだの話だけど、まだ言ってなかったことがあるから、それを伝えないとって思って」


「もう遅いかもしれないけど」


 ピクッと、古川の顔が引き攣ったのが分かった。それから彼女は次のように言った。


「遅くないよ」


「なんで言い切れるんだ」


「成瀬だってなんで言い切れるの」


「……いいよ話して」


「私が色々ちゃんと言ってなかったのはごめんだけど、陽子はきっと成瀬のことが好きだから、たぶん連絡待ってると思うよ」


 そんな訳がないだろう。

 僕は改めて、しっかりと現実から離れていかないように自戒を込めて言った。


「相沢に頭を撫でられて笑ってた陽子が、僕の連絡を待ってるのかな」


「え?」


 古川は信じられないといった顔をした。


 僕は何故だか、勝ち誇ったように笑ってみせた。彼女のいう“言ってなかったこと”なんて、どうせこれに比べたらどうせ大したことないだろう、と。ところが彼女は驚いた顔も束の間で、深く俯き、何かを考え込むように黙り込んでしまった。


 1秒、1秒が、重く、ずっしりと刻まれていく。

 僕は正直焦っていた。早く、自信満々にその“言ってなかったこと”やらを言ってほしかった。僕の勝ち誇った顔を、そんなもんかと笑い飛ばして粉々にしてほしかった。だって、そうでもしないと、相沢と頭を撫でられた陽子の関係性は覆らない。


 静かに、古川は口を開いた。


「それ……ほんと?」


「本当だ。電車で、隣同士で」


「まじか……」


 古川は大きなため息をついて頭を抱えた。


「陽子はきっと利用されてるよ」


「どういうことだ」


「昨日私のところに相沢と私の関係を聞きに来たとき、陽子はまだ相沢になんの感情も抱いてなかった」


 果たしてそれが。続きを待った。


「そして相沢も陽子になんの感情も持ってない。聞いたこともないもん。つまり、たぶんだけど昨日の私と別れたあとに陽子は相沢と何かしらのコンタクトを取った」


「……どうして」


「分かってると思うけど、陽子は何度も私と成瀬をくっつけようとしてくれた。だからもしかしたら今回も……でも相沢は悪いやつだからそんな陽子を利用してもおかしくないと思う」


「悪いけど、全く想像できない。陽子がそこまでして僕らを繋げたい理由が」


「陽子は純粋だよ。成瀬が思ってるよりも……それでね、私からのカミングアウトになるんだけどさ……」


 胸がきゅっと引き締まる。話を聞く覚悟を整えている間に彼女の言葉が耳に流れてきた。


「実は私たち付き合ってたの」


「……私たちって?」


「私と相沢」


 聞いたことのない言語を聞いているようで何を言っているのか意味不明だった。でも数秒の時間がかかって、彼女の言ったことが“相沢と付き合っていた”という意味だと分かった。ズバァンと矢が胸を貫いて、視界がぐらぐらに揺れて、頭のなかが真っ白になった。


「でも違うの。すぐにヤバいやつだって分かって別れたから」


 古川が何かを言ってる。


「だから、私なにもしてないんだよ。セックスとかもしてないから」


 セックスって、なんだろう。

 相沢と、古川が?


「黙っててごめん。その話をしたら陽子もすごい驚いてて、多分その足で相沢のところに行ったのかもしれない」


 頭のなかで相沢の“普通にお前気持ち悪いな”が響き渡る。


「……ごめん、帰るわ」


「え?」


 古川は咄嗟に僕の腕を掴んで引き止める。


「待ってよ」


「もう夜遅いから」


「そんなの今さらじゃん」


 確かにそうだ。夜が遅いなんて理由になってない。

 でも、ほかに良い理由も思いつかないから、僕は半ば無理やり彼女の手を解いて、走って帰った。これ以上一緒にいることが耐えられなかった。





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