第27話 グループラインの退会
教室に着いて程なくして担任の教員がやって来た。挨拶に始まり、今日も無理やり作ってきたような対して必要性のない話をして、時間いっぱいになり教室を出ていく。途端教室に喧騒が蘇って沈黙を貫いていた扉もひっきりなしに開け閉めが繰り返される。
扉が開くたびに僕ぼ体は反応してしまうのだが、どれも無邪気に教室を行き来するクラスメイトであり、いつものように遅刻して慌てて入ってきた陽子ではない。一体どうしたんだろうか。遅刻にしてもいつもより遅いじゃないか。
1時間目の授業が始まり、2時間目の授業が始まり、3時間目の授業までもが始まった。陽子がグループラインを退会したという事実はどんどん体重を重たくして胸にのしかかってきた。僕は3時間目の授業中に目一杯悩んだ挙句、直接陽子にラインを送った。
≪どういうつもりなんだよ≫
電話するとかいってしてこないし――とか書けばよかったかもしれないとか思ったり、もっと返しやすい文言にすればよかったと後悔したりした。
それで、返信は思っていたより早く届いた――。
≪昼休み集合≫
……と思っていたが、メッセージの送り主は陽子じゃなくて古川だった。
がっくりと肩が落ちた。
久しぶりの招集、しかもこのタイミングか。……正直ぜんぜん気乗りしないけど、古川のほうには連絡がいってるかもしれない。もしかしたら陽子について話しがあるのかもしれない。そう思って古川の招集に応じることにした。
昼休み、例によって選択教室で中庭のバスケットを眺めていると、いつもよりずっとずっと早く古川は姿を現した。
「やほっ」
「え……」
「えって何よ、えって」
表情に深刻さは刻まれてなく、いつも通りの整った綺麗な顔だった。
「はやいなって思って」
「悪い?」
古川は僕の隣りに肩を並べて中庭を見下ろした。「へえ……」と呟いて「いつもこっからバスケ見てたんだ?」
「なんで今日は早いの」
「そういう気分だから」
古川は自然過ぎて不自然な笑顔を浮かべてそう言った。元から誰よりも素敵な笑顔をもっていると思っていたけれど、何故だか今日の笑顔はこれまでの笑顔にフィルターを被せてしまうほど、曇りなき笑顔に感じられた。
「ところで、風邪なおったの?」
「うん」
「ふうん」
鼻を鳴らすように相槌を打つ古川。なんだかどこか余裕そうなのだ。窓の外をぼんやり眺めるその顔は、爽やかなのにどこか優しさが滲んでいて、まるで風にアロマの香りでも混ざっているかのように気持ちよさそうな顔で風を浴びている。
日曜日の夕方、何故僕を呼びだそうとしたんだろう。突然の電話を思い出す。あの時、古川はそっちのほうまで行くから、と言った。わざわざ僕の家のほうまで来ようとしたのだ。あれは一体なんだったんだろうか。
今の余裕そうな彼女を見て、余計にそう思った。だって次の日にこうして会っているのだから、今日消えてしまった陽子とは訳が違う。わざわざうちのほうまで来る必要はないはずだ。
「電話……」
「ん?」
「わるかった」
彼女は一瞬間を作って、それから破願した。
「どうしたの? 風邪ひいてたんでしょ」
「ああ」僕は目を逸らして頷いた。あの日の用件は結局なんだったんだ、とは聞けずもう胸の中にしまっておくことを密かに決意する。薬の期限が迫った今、もう二度とはないであろう、積極的な古川の様相を胸の奥底に押し沈める。
「……古川さ、陽子の件って何か知ってる?」
「なに? 陽子の件って」
知らなかったのか。きょとんと目を丸くする古川に、僕は事実だけをただ言った。
「グループラインから抜けた」
「えっ? うそ、ちょっと待って?」
一瞬で古川の表情に緊張が走って、慌ててスマホを手に取り、出来たばかりのニキビをインカメで確認するように画面を睨みつける。そして「ほんとだ」と力なく呟いた。
「僕はてっきり古川が何か知ってると思ってた」
「なんでよ。私何も知らないから」
古川は苛立ったような口調でそう言った。
嘘をついているようにはとてもじゃないけど見えないから、本当に知らないのだろう。陽子はひっそりと僕たちにバレることなくこの関係からフェードアウトしたかったということなのだろうか。
スマホを確認するが、やはり返信はない。そして目の前では古川が「ったくどういうつもりなんだか」と腹を立てながらラインを送っている。もう既に僕がたどった道を、そのまま歩いている。
「ねえ、なんかあったの?」
「いや……」
何もない。でも何も心当たりがないと言ったらうそになる。もしかしたら僕の気のせいでしかない話かもしれないけど、一応話してみよう。
「月曜日、陽子からラインが来た」
「昨日、ってこと? どんな?」
「風邪ならポカリ持ってくとか、そんな感じ」
「それ普通のラインだね」
「あとそのあとに、電話がしたいってきた」
うん、と古川。眉間にしわを刻んで、続きを待っている。
「……それでなんでって聞いたら、色々あるんだ、って。それで夜かけるねって言ってたから待ってたんだけど結局来なかった」
「それで、グループラインはそのとき?」
「正確な時刻は分かんない。ただ朝起きてスマホ見たときに退会しているって気付いた」
その瞬間、陽が差した古川の表情が明らかにビクッと痙攣した。ストレートに僕は聞いた。
「古川のほうは、何かあったの?」
「いや……うん」逆に彼女は整理を試みているようで、頭上に処理中のぐるぐるマークが回っているように見える。
「えっとね、何かあったって程じゃないんだけど……」
つまり何かあったということだ。
彼女はどこか話しづらそうだった。やや俯き気味で、一生懸命に頭のなかで文章を組み立てている様子に見える。
「昨日、休み時間にね、いきなりうちの教室に来たの」
「うん」
「んで、私のところにきて、まあ色々聞いていったんだけど」
「何を聞いていったんだ」
「……相沢のこと」
「あいざわ!?」びっくりして思わず大きい声が出る。僕のなかの数少ない相関図でも陽子と相沢はさすがにセットじゃ浮かんでいなかった。
「なんで陽子が相沢のことを?」
「多分だけど、休み時間に私と相沢が話しているところとか見て、それで気になって聞いてきたんだとは思う。私とどういう関係なんだとか、あいつがどういう人間なんだとか……そんな感じで」古川は力なく言い終える。
「なるほど」
たしかに、なくはない話だ。もともと陽子は、古川と僕をどうにかしてくっつけようとしていた。そんな最中、明らかにガラの悪そうな男が彼女に近付いていったのなら、心配して根掘り葉掘り聞きだそうとするだろう。
でも、それがどのような道を辿ってグループを退会に至るのか。
「それで、古川は普通に答えたの」
「うん、こないだ選択で話したかんじで」
「そっか」
以上、というように古川が頷いた。どうやらそれ以上の話はないようだ。
力いっぱい叫ぶ男子の声とボールのバウンド音が窓の向こうからした。奇声をあげる女子、ボールがリングにぶつかる音。下の階からも気が狂ったような声々がして、昼休みはまだまだ終わる気配がない。それなのに僕と古川の間にはもう空白の時間が訪れてしまったようだった。
スマホでラインの履歴を確認してみる。電話がしたいと送られてきた時刻は≪13:49≫だった。古川と陽子がその話をしていたのが昼休みだから、やっぱり電話の目的はそのことに関係しているような気がするのだが。
「ちょっと陽子さあ……」と呟きながら古川はスマホの画面を睨みつけている。苛立っているというか焦っているというか、さっきここに登場したときの曇りなき笑顔は、悪魔によって消し去られたかのように面影が無くなっていた。
陽子のアイコンに、呼び出し中の文字が表示されていた。だが、やはり彼女が電話に出ることは無い。
「ラインって、ブロックしてても電話繋がるんだっけ」
「こっちからは分からないようになってる」と言ってから古川ははっとした顔で僕を見る。そして表情を悲哀の色に染めて小さく言った。「もしかしてブロックしちゃったのかなあ……」珍しく古川が取り乱していると思った。
それに比べて僕は、自分でも少し感心するぐらいに冷静だった。それは目の前に取り乱している人が居るから逆に冷静でいられているだけなのか、単に僕自身が人から拒絶されることに慣れているからなのか、どちらなんだろう。
そういった具合で自分に問いかけられるほどに、むしろ古川と会う前より平常心を保っていた。
まあ、かといって探偵のように真実を導き出す能力なんてないのだけれど。
出ることのない電話を切って、かくんと肩を落とした古川。とうとうリッチミルクの髪の毛が顔ぜんぶを隠してしまう。本当、どうしちゃったんだ古川。こういうとき、どういう声を掛けたらいいんだろう。その方法を相沢なら知っているのかもしれないと思うと途端に気分が悪くなってきた。
「せっかくこれからだったのに」
ぽつりと、言葉が落ちた。
「これからって?」
「……」
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