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第22話 僕たちの夏



 確かに、綺麗な火花だ。よく見てみるとどの花火も微妙に色味が違っていて3つの花火で鮮やかなグラデーションが描けそうだった。最初は静かに灯った火はだんだん光を強めていって、そして勢いを失い、最後には力を振り絞るように散って消えた。


 人の一生みたいだ。なんて格好つけたことを思う。


「次いこ、次」


「私こっちー」


 古川も陽子もまるで小学生の子どものようにはしゃいでいた。僕が次の花火を選んで火を点ける頃、もう彼女たちの花火は盛り上がりのピークを迎え、そして僕の花火が同じようにピークを迎える頃、もう彼女たちは次の花火を吟味していた。


 赤色というよりはレッドというような色をした花火を眺めながら、こんな時間がずっと永久に続いてくれるのならばいいのにって考えていた。それならいよいよ手放しで、この嘘が少ない現実を謳歌できるのに。


 それほどに、俯瞰して見たこの時間はとてつもなく素晴らしいものだった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。(傍点)

 改めて2週間後を思い、ため息が漏れ出そうになったけど必死に飲み込んだ。


「成瀬、それ」


 はっとする。僕の花火が、火薬を使い切らずに燃え尽きていた。

 それで、何故か「ははっ」と笑いがこみあげてしまった。


「ん?」


「ん?」


 僕の笑いが決して楽しい感情からくる笑いでないことに気が付いている。ふたりはそんな緊張を現したような顔で、こちらを見上げていた。


「いや、あの、僕みたいに情けない花火だなって」


 燃え尽きてただの棒になったそれをふたりに見せつける。


「僕みたいには余計でしょ」


「ね、成瀬くん。まだまだいっぱいあるのだよ」


「……うん」


 ただの棒を捨て、新しい花火に火を点けると、止まっていた時間が動き出す。ピンと張った糸をフックから外したように、張りつめた空気感が時の経過を待たずして緩んでいった。盛り上がってる知らないアーティストのライブ会場に入ってしまったような気分で、一生懸命喜びのリズムに便乗して、それなりにこの場を楽しんでいる表情を作った。


 これ以上自分を可哀想な人間にしたくなかったから。


 スーパーで買ったであろう家庭用の花火セットはみるみるうちに無くなり、僕たちは帳尻を合わせながら、最後に残った3本の線香花火に火を点けた。


「楽しいね」古川が呟いた。


「楽しいのだ」陽子も低く落ち着いた声で言った。


「花火、終わっちゃうな」と僕は言葉を逸らした。


「でも」陽子が歯を見せて言う。「夏はまだこれからなのだよお」


 たしかに夏はまだまだこれからだ。海開きだってしてないし、夏祭りだってやってない。蝉も鳴いていないしカブトムシだって一匹も見ていない。教室のエアコンは入らないし夏休みだって迎えてない。


 そういった具合で夏はこれから始まりを迎えるのに、僕たちの夏はもうすぐで終わってしまうかもしれない。


「でも、あと少しで期限なんだよな」


 ポロリと口からこぼれ落ちた。


 空気がたちまちぴいんと張り詰める。少しの間を経て、虫の音が蘇り、遠くのバイクの音が届きはじめる。古川は燃え尽きた線香花火をそっと地面に置いた。


「……成瀬、いつまで?」


 そして、まるでつばを飲み込むような面持ちで尋ねてきた。


「……夏休みの初日に切れる、だからあと、2週間」


「……待って」古川は思いついたように笑ってこういった。「私と同じだ」


「そうなんだ?」


「うんっ」


 僕はそれを聞いて彼女のように笑みを浮かべることができなかった。どちらが先でもあとでも、結果は何も変わらないものなのだ。2週間後に僕は陽子のことを好きじゃなくなるし、古川は僕のことを好きじゃなくなる。ただそれだけでしかない。


「だから、今のうち思い出いっぱい作ろうね」


 古川が自然な笑顔を浮かべてそう言った。

 違和感を覚える。


 まるで期限が来たらもうこの関係が終わるものだと確信しているようなセリフだったから。

 僕と同じように期限が切れたあとの未来はないものとして見ている。そうでないと出てこないような言葉だと思った。現実どうなるかは置いといて古川は未来を見据えているものとばかり思っていた。


「別に期限が切れたあとも遊べばいいのだよ」


 陽子は能天気な顔して、相変わらずブレないことを言っている。


「そうだね、そうできるといいね」


 に対してブレッブレの古川。なんかだんだん訳が分からなくて悲しくなってきた。

 そういえば古川と僕は、これまで期限が切れたあとの話をしたことが、1度でもあっただろうか。


 陽子のように期限が切れたあとも遊ぼうねとか、期限が切れたあとも遊びたいとか、期限が切れたあとにこうなっていたい、こうなりたいなど。多分だけど1回もそのような未来の話をしていないんじゃないか?


 彼女は初めてちゃんと好きになれそうだったから薬を飲んだと言っていた。初めてそう思えた自分の感情を大事にしたいから、だから忘れないように薬を飲んだって。


 ――ただただ好きっていう自分の感情に従いたいだけ。


 そうだった。だからそもそも付き合いたいとか、そんな未来のことを考えてない。ただ自分の感情に従いたいだけって言ってたんだ。


 そして僕はそんな古川のことをなんて真っすぐで気持ち良いんだろうって思った。その正直さが心地よくて、期限が切れたあとも必ずあなたのことを好きでいますなんて言われるよりずっとずっと胸に響いた。


「成瀬?」


 だが、今はどうなんだ。

 少なくとも彼女の“今”を割り切っている姿勢に、僕の心はまったく響いていないんじゃないか。


 むしろ、ちょっとなんでか分からないけど、勝手に裏切られたような気分さえ感じている。


「成瀬ってば」


「……え?」


 知らず知らずのうちに、僕はやっぱり深い沼のなかに落っこちてしまったのかもしれない。


「成瀬くん、なにかあったのだ?」


「あ、ううん。別に」


「なんか変なのだよ」


「……今しかない時間を大事にしないと、って思ってた」


 陽子は不思議そうな顔をしていて、古川は綺麗な笑みを浮かべていた。

 期限がもう迫っているのに、反比例するように“好き”な気持ちが高まり続けている自分が恐ろしかった。






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