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第2話 僕が恋を嫌う理由




 そもそも僕がここまで恋を嫌い、怖がるのには、一応僕なりの理由というか経緯みたいなものがある。何も生まれた時からこんなに悲観的で閉鎖的な訳ではない。これでも小学生の頃は休み時間にみんなでドッジボールをしたり、修学旅行で枕投げをしたり、それなりに社交的で交友関係に不自由を感じたことは無かったのだ。


 歯車が狂い始めたのは中学生になって少し経った頃だった。


 控えめにいって、中学生活は最悪だった。

 中学校というものは、これまで僕が過ごしてきた子どもの世界とはまったく異なる場所で、まるで異国の地のようにそこに馴染むための立ち振る舞いや所作などが存在していた。何をするにもマジョリティとマイノリティで区分けされ、それが優劣の基準になっており、自分がどれだけ周囲と足並みをそろえられるかで過ごしやすさは著しく変わったのだ。


 それでも僕は、はじめ適応が早かったほうだった。

 人から疎まれる行動はなんなのかを考え、徹底的にその行動は避けた。キャッチフレーズは“どんなときも普通であれ”である。とにかく足並み外れた立ち振る舞いはしないよう、日頃から自分の行動には細心の注意を払ったのだ。振り返ってみればそこに自分の意思や願望なんてひとつもなくて、ただただ生きていくために必要なことだから自分なりに一生懸命やっていただけだった。


 その中には思い出したくもない最低な出来事もたくさんあった。


 例えば教師いじめへの加担に、クラスで起こるいじめの見物などがそれにあたる。教師いじめの具体的な内容は、黒板に悪口を書いたり、授業中に大きな喋り声で妨害したり、板書しているときにゴミを投げたり、ひどい時には授業の集団ボイコットをしたり。


 そしてクラスにおけるいじめの見物だが……これが酷かった。

 基本的にひとりはいじめられっ子という存在が居て、クラスの不良たちはいかにユニークで且つ残虐ないじめができるかを競い合っていた。つまりはいじめという行為は娯楽だったのだ。だから当然、不良たちの娯楽を邪魔するものなんて居ないし、居たとしたらその人間が次からのターゲットになるに違いなかった。


 主にいじめの内容は暴力や芸の強要、それから性的いじめに集約される。

 女子がいようがいまいが関係ない。さすがに公開自慰を強要された生徒は次の日から不登校になってしまった。カースト下位の生徒は皆戦慄が走っただろう。次は自分かもしれない。そう思うと怖くて夜も眠れなかったんじゃないだろうか。


 とある日の昼休み、教室の隅で新しいイジメられっ子が囲まれていた。僕も良く知っている、俗にいう“イイやつ”だった。眼鏡をかけてひ弱そうな体をした彼は、入学したての頃にノートを見せてくれたり一緒に帰ったりしていた。棘が無くて思いやりのある人柄だった。


 そんな彼は残虐に暴力を振るわれた。主に4人が中心となって無防備な彼を殴打した。だんだん彼が下がってきたところでギャラリーが思いきり蹴りを入れ、輪のなかに戻す。止める人間などひとりも居なくて、大半がまるで大道芸を見るかのように笑みを浮かべながら見物していた。


 そして恥ずかしい話だが、その大半のなかに僕もいた。


 作ったような笑い声が飛び交う中、僕も声を出して笑うふりをして、間違っても彼のことを可哀想だと思っている感じだけは出さないように取り繕っていた。実際、僕が心がけていた振る舞いは正解であり、このように周囲と同調して残虐な人間のふりをしている間は僕にいじめが降りかかることは無かった。




 だけど無理をしていたようだ。僕は“嘘”に耐え切れなくなった。


 僕は自分にたくさんの嘘をついていた。好きなもの、好きな音楽にはじまり、好きな友達や笑い方、それから話口調に聞く態度、座り方や立ち姿まで。何が普通であるかを常に考え、周囲を意識した結果、そこに完成したのは得体のしれない僕ですらも知らない生き物だった。


 もうほとんどが嘘。嘘の化身。でもそのことに気がついてから、周りも嘘ばっかりだったことにようやく気がつくのだ。


 例えば敢えてちょっと強い言葉で相手をけん制してみたり、耳にしたばかりの事柄をあたかも玄人みたいに喋ってみたり、全然優しくない人間に対して優しいと褒めちぎって親友のふりをしてみたり、別に楽しくもないのに人を怒鳴りつけたり殴ったりして傷めつけたり。


 嘘の世界に気がついたその日から僕の視界はぐにゃりと歪み、思わず目を瞑ってしまうなどの、五感すべてを遮断したくなるほどの嫌悪感に苛まれた。

 もちろんこんな状態で足並みをそろえられるはずがなく、僕が必死に維持してきた“普通のクラスメイト”という人間像は瞬く間に崩れ落ちていった。おそらく不良グループのなかで『そろそろあいついじめようか』ぐらいの話は出ていただろう。


 そんな不安定な情緒を抱えていた頃、僕は堕落していく毎日のなかで初恋の相手に“出会ってしまった”のだ。


「本、好きなんですか?」


 ショートカットが良く似合う、黒縁眼鏡の可愛い女の子だった。

 彼女の名前はユイ。 毎日のように図書室に通っていた彼女と、図書室に通いはじめた僕は、本を探す書棚も重なることが多くなり互いに互いの存在を認識していた。


 そしてある日、文庫のコーナーで本を探していたところ彼女と肩が並び、とうとうユイのほうから声を掛けてきたのだ。いきなり本が好きか聞かれた僕は動揺して変なこたえを言った。


「好きというよりは読まざるを得ないからここにいる」


「うん?」


 眼鏡の奥のまっすぐな瞳は、続きを促しているようだった。


「ここが僕の居場所である以上、本は読まなくちゃいけない」


「そうなんだ。私と一緒。ここが居場所」


「あ、うん」


 致し方なく本を読んでいるという発言は、本を好んで読んでいる人に対してなかなかに失礼な発言だったと思うが、それでも彼女がそこに突っかかることは無かった。


「どんな本を読むの? 普段」


「どんな本……たまたま手に取った本を読むぐらいで」


「あっそうなの? じゃあ、好きな作家とかもまだない感じだ」


「あ、うん」


「えっとね、ちょっと待ってね……」ユイは何か思い立った様子で書棚に詰め込まれた本の背表紙を順に目で追っていく。2段目に差し掛かったところで「あっ」と人さし指を止め、そこに挟まっていた本を取りだした。


「これこれ!」


「おもしろいの?」


 ユイは子どもみたいに目を輝かせた。


「めっちゃおもしろかったんだよ。主人公は小学生の男の子3人組。夏休みに退屈して近所のおじさんにいたずらを仕掛けるところから始まるの」


「おもしろくなさそうじゃない?」


「もうっ判断するの早い。そこはテーマじゃなくて、それからがおもしろくてね……あ、いやヤッパリあらすじはいいからまずは読んでみてよ。はいっ」


 僕は嫌々なふりをして突き出された小説を受け取った。ユイはそんな僕を見て、ちょっとだけ恥ずかしそうに笑った。テンションが上がった自分に恥ずかしさを覚えたのかもしれない。


 実際、その本はわりと、いやすごく面白かった。ビギナー読者の自分にとって一文一句表現が分かりやすく、且つ展開に飽きがなく最後まで夢中でページをめくり続けた。まさに初心者にはもってこいの、読書の楽しさを教えるためにあるような作品だと思った。


「面白かったよ」


「でしょ? 最後感動しなかった?」


「……おじさんに死んでほしくなかったかも」


「分かる。そこだよね。私ずっと願ってたもん」


「やっぱり? 別に死なせなくていいと思った」


 眼鏡の奥にみえる瞳は親しげにこちらを見つけていた。


「そうそう、そうなんだよ。分かってくれるね!」


 小学生並みの感想が同調されて、僕は内心喜んだ。実際どれだけ本気で彼女が僕の言葉と真摯に向き合っていたのかは分からないが、少なくともこの時の僕は自分の心をよしよしと撫でられているような気分に心地よさを覚えたのだ。


 それから、ユイは次々と僕にお勧めの本を紹介するようになった。僕もそれを喜んで受け、読み終わるとまたふたりで互いの感想を発表し合ったのだ。彼女は図書室で僕と会うたび「読み終わった?」と催促をし、僕が「読み終わったよ」というと背景がお花畑に変わったかのようなキラキラした笑顔を浮かべた。


 あの当時は、正直あまり思い出したくないけどそれなりに楽しく毎日を過ごしていたと思う。いや、それなりにではない。図書室に通うことだけが僕の生きる意味になっていたのかもしれない。それぐらい僕はユイという女の子に、恋をしていた。


 彼女からは嘘を感じなかった。

 また彼女と話している僕からも、嘘を感じなかった。


 多分、だからストレートに恋へ落ちたんだろう。毎晩天井に今日の彼女を浮かべては、このままずうっと図書室での幸福な時間が続いてほしいと願い目を瞑ったのだ。ところが、人生が思い通りにならないということをこの時の僕は知らなかった。




 ユイが図書室に現れない日が、少しずつ増えていった。







読んでいただきありがとうございます。

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