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第18話 成瀬くんは成瀬くんでしょ?




 それで、僕たちは近くにある公園へ寄った。一昨日、古川とも来た学校近くの公園。今日もマンションとマンションに挟まれて闇に飲み込まれそうだった。


 なんだか嫌な予感が脳裏を過る。

 でもそれが何だか言い当てることができない。


「成瀬くん」


 視界に映った光景は、デジャブのようで一昨日の景色とうり二つ。一緒に居る相手が古川から陽子に変わっただけだ。それから闇に浮かんだ陽子の顔もまた、昨日の古川と同じで、昼間見るものとまた違って可愛らしかった。


「最近、どうなのだい?」


「どうなのって、何が?」


 なんとなく言いたいことは分かっていたけど、分からないふりをして聞き返した。聞き返したところで、どうせよりクリアになった質問が返ってくるだけなのに。


「愛莉ちゃんとどうなのだ?」


「……どうもこうもないよ、別に普通だよ」


「そっかあ、残念なのだ」


「何が残念なんだよ」


 やっぱり古川と僕をくっつけようとしている陽子が、こちらからしたら結構不愉快だった。


「やっぱり友としては恋が成就して欲しいものなのだよ」


「余計なお世話だよ」


「ぶー」


「あっちは薬で一時的に僕のことを好いているだけだ。そんな状態で成就もくそもないだろ? 考えてくれよ」


「そんな悲しいこと考えてるのお?」


 一瞬“陽子に悲しい思いをさせてしまったかもしれない”という焦りにひやっとしたが、彼女はカウンセラーのような、諭す目つきで僕を見ていた。でも逆にその顔つきが、僕のなかの焦りを怒りに変える。


「もうほっといてくれよ。恋とかマジでもうどうでもいい。あっちだって本気で僕のことが好きなわけじゃないし僕だってもうどうでもいい」


「愛莉ちゃん、たぶん成瀬くんのことが好きだと思うよ」


「なんでそんなことが分かるんだよ」


「経験者には分かるのだよ」


 つまり同じように人のことを好きになったことがあるから分かるってことか。幼稚だと思った。根拠にもなってないじゃないか。僕だって人を好きになったことぐらいある。


「でもだからって古川の本心なんて計れない」


「いやあ成瀬くんには分からないのだよ」


「どういう意味だよ」


「成瀬くんだけは絶対に分からないのだよ」


「僕だけが?」


 何訳わかんないこといってんだ。


「それは成瀬くんだからなのだ」


 怒りの波がザバアッと立った。


「だから古川は薬で好きになっただけだって!」


「そんなことわたしだって分かってるのだよって!」


 怒りの波はサァーッと引いていく。


 もう一体何が言いたいんだよ。腹は立ち続けていたんだけどそれ以上に陽子が声を荒げる姿が、ほんの少しだけ辛くなった。


 僕の想像力が足りないだけ? 陽子にはしっかりとした根拠があったのだろうか。


「おっきい声出してごめんなの」


「……なにが言いたいんだよ」


「成瀬くんが言ってたんじゃん」


 ……何を。


「薬を飲んだからこそ知れることがあったんだって、だから悪いことばかりじゃないのだって」


「ああ、言った」


「成瀬くん、全然人と関わろうとしないのだ。いっつも他人を遠ざけてる。でもわたしと愛莉ちゃんは少なくとも他の人たちよりかは成瀬くんと関わってるから、だからこそ思うことってあるのだよ」


 陽子は間を整えるように咳ばらいを入れた。


「成瀬くんは奥が深いのだ」


「入口が狭いだけだよ」


「それでもいいのだよ」陽子はやけに真剣な眼差しが暗がりのなかで光ってる。「それでも、なんでも、わたしは成瀬くんのことが知れて良かったって思うのだ。それは愛莉ちゃんだってきっと同じ」


 だから、と力なく彼女は言った。


「どうせ好きじゃないって、人のこと決めつけるのは嫌なのだよ」


 その言葉は胸の奥にぷすっとめり込んできた。

 陽子はいつもよりずっと真剣だった。こんなまともな意見が言えるなんて僕は知らなかった。


「……なんでそんなにまともなことが言えるんだよ」


「ん?」


「どうして正論がいえるんだよ。それでいいのかよ」


「わたしは正直に話してるだけなのだ」


 薬を飲んでいると告げた時の引き攣った陽子を思い出していた。あんな表情をしておいて、それでいい訳がないだろう。この大ウソツキを憎んで、存在を避けて、関わっていた事実さえ無かったことにしようとするべきだろう。


 それなのに、何故だ。


「なんで僕をそんなに擁護する? 嘘をついてるんだぞ」


「何も問題ないのだよ」


「嘘つきの何が問題ないんだよ」


「だって嘘なのは45日間だけでしょお?」


 意表をつかれて、何も言えなくなる。そしてフリーズを食らったこちらの隙に切り込むように彼女は言った。


「期間限定で成瀬くんがわたしを好きなだけなんでしょ? 嘘だなんて大げさなのだよ」


「いやいや……君に対する好意がパッタリ消えるんだぞ」


「うーん、それで?」


「本当じゃない、嘘の姿で関わってるんだぞ」


 薬によって成り立っている僕たちの関係性が、いかに可笑しくて破滅的なものなのか、うまく説明できない自分がもどかしい。


「とにかく、そんな簡単な話じゃないんだ」


「簡単だよ」


「簡単じゃないって」


 なんて分からずやなんだ。


「何度も言うのだけど嘘なのは45日間だけでしょ?」


「それが問題なんだって」


「成瀬くんは成瀬くんでしょ? 問題ないのだ」


 暗闇のなかでこちらを見る瞳には光が混じっていた。自分の考えを信じて疑わない、揺らぐことのない彼女の意思が、瞳に宿っているような気がした。


「もう分からないならいい」


「分からないのだよ」


 呆れた僕は立ち上がって言った。


「帰るぞ」


「うーん」


 なんだか不服そうな陽子だったけど関係ない。彼女が立ち上がるよりも先に、砂糖水をこぼしたあとのようにじっとりした空気の中へ歩き出す。スマホで時間を確認すると、もう夜の9時を回っていた。

 あと10時間後には起きて支度をして学校へ行って古川と陽子と顔を合わせて……なんて考えるだけでもクマみたいに冬眠したくなる。いま夏だけど。


「ねえねえ」


 無視をして歩く。せっかく渇いた汗が再び噴き出しはじめていた。


「薬、あと何日続くのお?」


「……2週間くらい」


 自分で答えておいて、もうそれしかないんだと発狂しそうになった。早く終わって欲しいのに、もう少しで終わることを知ると末恐ろしい気分になった。


「2週間経ったあとも遊ぼうなのだ」


「だからあ……」


 足を止めて文句を言ったやりたくなったけど、どうせ堂々巡りになるんだろうと思うと、もうどうでもいいやって思った。 


 家に帰って一睡もできないまま朝を迎え、古川と陽子がいる学校へと向かった。




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