第14話 三人でラーメンを食べに行った
翌々日、今度は3人でラーメンを食べに行った。
ラーメンが嫌いだと駄々をこねた僕を、ならばチャーハンを食べればいいといってふたりは押し通した。もちろん、チャーハンも嫌いなんだと言ったけど、もうふたりは笑って取り合ってくれなかった。
「豚人生……?」
金の縁取りで看板に描かれた文字に、豚なのか人なのかはっきりしてくれと突っ込みたくなる。店の看板を背に陽子は腕を組んで偉そうに言う。
「豚骨を愛し抜き、豚骨好きから愛される。妥協を許さない人生をかけた1杯がここに有りなのだ」
「何言ってるのかちょっと分かんない」
「はいろー」
古川と店のなかに入ると、ちょっと待ってよおと慌てて陽子もあとをついてきた。「いらっしゃーい!」とハチマキをした主人が怒号のように声を出す。一瞬怯んだ僕だったが彼はこちらを見てにっこりと嘘みたいに笑っていた。
「陽子ちゃんいらっしゃい!」
「いらっしゃったのだよ」
そう、ここは陽子のバイト先なのである。
日本一美味しいラーメン屋があるといって電車を乗り継いできたのに、実はそこでバイトしてるんだと何も悪びれる様子なく言ってきた。さすが天然だ。たぶんここしかラーメン屋を知らないんだろう。
「陽子ちゃん! みんなラーメンでいいかな!」
「えっとねえ、ラーメンふたつとお、チャーハンがひとつで」
「いや……ラーメンでいい」
「てんちょお、ラーメンみっつで!」
「ほら、やっぱり嫌いなのって嘘じゃん」
古川が茶化す。
僕がハハハと愛想笑いで流すと、彼女は引き攣った笑みで頷いていた。
「成瀬くんはね、ここのラーメンを食べたら嘘でもキライって言えなくなるよお」
「そんなにうまいのかよ」
「豚骨を愛し抜き――」
「それはもう聞いた」
主人が湯気のなかで笑ってる。
「とにかく、ここのラーメンは最高なのだよ」
はいはい。
静かだった古川が空白に滑り込むように喋る。
「私普段こういうお店来ないかも」
「え、そんなのもったないのだよ」
厨房のなかで、陽子を見て微笑んでいる主人を見た。きっと陽子のことがかわいくて仕方ないんだろう。たぶん。
「でも愛莉ちゃんはラーメンって感じしないのだ」
「どういう意味なの? もう」
恐らくどういう意味かは彼女自身よく分かってる。分かったうえで人に言わせたいし言われたいんだきっと。
「白米のほうが好きそうなのだよね」陽子が的外れにそう言うと「えっそゆこと?」と不意打ちを食らったような顔をした。
自分のイメージを分かってる反応だ。イタリアンとか、なんだろうオムライスとか、自分はそういう類のイメージの人間だってきっと思ってるのだ。
「なに?」
僕は慌てて古川から視線を逸らした。
「私の顔、なにかついてた?」
「ついてないよ」
「なんなんだし」
軽くツッコむ古川だけど、いつもは透明感のある声が、ほんの僅かだけど淀んでいる気がする。
もしかして気が付いただろうか。僕が、古川のいうことやることすべてに肯定的な見方ができなくなっていることを。この間の図書館に行った時だってそうだったんだ。彼女の一挙手一投足に反射神経のように否定的な感情がどうしても湧いてしまっているのだ。どうせならすべてを見透かしてくれないだろうか。
それで僕のしょうもなさをありありと実感して、薬の効果を帳消しにするぐらい嫌いになってくれたらいい。きっとお互いにとってそのほうが良い。
それに……いま思えば中学時代のユイだって、半端に憐憫の目を向けるぐらいなら、笑って手を叩きながら殴られる僕を見下していて欲しかった。
「へいお待ちい!」
熱々のラーメンが順番にカウンターへ置かれ、僕たちは各々食べ始めた。
「うまいっ!」陽子が叫ぶ。主人はにんまり笑ってる。
「美味しいです」古川はくしゃっとはにかんで、主人をさらに破願させる。
「……美味しいです」僕が最後にそういうと、主人はありがとうと優しい笑みを向けてくれた。
陽子のお父さんって、こんな感じなんじゃないか。
「父?」
厨房で背中を向ける主人を、小さく指さす僕。
「えっ……変態?」口を開ける陽子。
「あ? いや、ちげーよ。父って聞いたんだよ」
視線を感じて逆を見ると、古川が麺を咥えたまま間抜けにこちらを見ていた。
「なにおの?(なにごと)」
「成瀬くんが変なこと言ってきた」
「おい。いや、何もないから古川はラーメン食ってて」
麺をちゅるんと吸い上げて古川は言った。
「2人とも食事中なんだから静かにしなさいよ」
「ねえわたしの乳を指差したんだよどう思うのだ?」
「は?」サイテーと古川。
「お前まじで誤解解かないとやばいからな」
「乳って言ったもん誤解じゃないもんだ」
「父って言ったんだ。しかも指なんか差してない」
なおも胸を手で押さえてきゃっきゃと笑っている陽子をさすがにもう無視する。僕はどんぶりにうんと顔を近づけて残りの麺をすすった。
麺の切れ端もほどほどにして最後チャーシューを口のなかへ放り込んだ頃、自動ドアが開いてラーメン屋が似合わない大学生風の女性が入って来た。
「おはよーございます」
関係者風のその女性は陽子を見つけると目を少女のようにぱあっと輝かせた。
「あっ陽子ちゃんだ!」
「え、あっ……ユキねえちゃん!?」
「久しぶりじゃんよ~元気してたっ?」
ユキねえちゃんとやらは陽子の頭をまるで飼っている犬みたいになでまわした。そしてはっとしたように僕たちのほうへ向き直って、ぺこりと頭を下げる。
「どうも。アルバイトの一応先輩です。陽子がいつもほんとにお世話になっっています」
こちらこそ陽子がお世話になってますこんなんで迷惑かけてすみませんなんて挨拶をし返した方がいいんじゃないかって思った。でも、頭に置いたままの彼女の手は優しい形をしていて、どうやら本心で陽子のことを好いている様子だったし陽子もまんざらでもないようだった。
「実のあね?」
「ううん。先輩なのだ」
なんでそこはスムーズに聞き取れるんだよ。父も聞き取れよ。
ユキねえさんはにこっと自然に笑う。
「そうそう先輩。大学生だよん。みんなは同じクラスとかなのかな?」
「はい一応」
「私は違いますけどこのふたりは同じです」
陽子が弾んだ声で言った。
「みんな仲良しなのですよ」
妙な違和感を抱いたけれど、すぐに陽子の聞き慣れない敬語だと気づく。敬語とか、知ってたんだ。
「同じクラス……っていうことは、もしかして君が成瀬くんか!」
「え」
「そうなのです! 彼が噂の成瀬くんなのです」
きょとんとする。
噂ってなんだよ。
******
ユキねえさんは手を振りながらバックヤードに消えていった。
僕たちはおしゃべりも程々にして、混みはじめる前にと思い、会計を済ませて店を出る。店を出てから何故だか古川は浮かない顔をして口数も少なめだった。というより、ほとんどしゃべらなかった。
元々古川と陽子で成り立っているような仲だから、必然的に僕たちを包む空気はぎこちなくなる。
それで陽子の「次はどこにいこっかあ」という空気を読む気ゼロな発言をきっかけに古川はいった。
「ごめんね。ちょっと用事思い出したから帰るね」
古川はとても用事を思い出したとは思えない足取りで、だらしなく駅の階段を上がっていって見切れてしまう。
「……なにか、あったのだ?」
「……さあ」
なんちゃって、と笑って降りてくる古川をごく自然に想像していた。でもしばらく階段をぼんやり見ていても彼女は姿を現さなかった。
「追ったほうがいいのかなあ?」
「いや」
でも、彼女のことは気になるんだけど、正直肩の力が抜けている自分も居る。僕は古川が居なくなってほっとしているのだ。このまま会わなくなってしまうのなら、それはそれで万歳だ。
心に頑丈な鎧をまとって闘っている感覚は、彼女から好き薬の使用をカミングアウトされてからずっと続いている。
「用事があるのに電話したら悪いよ」
「そっかあ」
「陽子さあ」
ふぇ? と陽子が僕を見上げる。
「僕も用事あるから帰るわ」
「えええ?」
それからは僕も顔を見ずに、古川のあとを辿るように階段を上がっていった。
今日もお読みいただきありがとうございます!
もし作品が良かったら、評価や感想を頂けると大変励みになります!
よろしくお願いします!




