第50話 秘密の山林
「予想通りだな……」
ヴィクトールは呟いた。
夕食を終えたあと、ルシアンとヴィクトールは王宮を出た。
人目を避けるために、風魔法を利用して山林まで急いだ。
ネイト侯爵の病院の裏手の山林には、レイマ草が自生していた。
しかも、刈り取られたあとも残っている。
――間違いない。闇月教会は、自生したレイマ草を自分たちで精製している。
闇に隠れるように2、3人の人影が見える。
さっと樹木の影に隠れて様子を見ていると、その人影は慣れた様子でレイマ草を刈り取っている。
ある程度刈り取ったと思ったら、その束を渡して「地下へ運んでおいてくれ」という指示に従い、一人がさっと病院内に小走りに入って行くのが見えた。
――地下室は裏口から直通なのか。精製場所は地下にありそうだ。
残った人影は、刈り取ったレイマ草を束にして仕分けしている。
その収量から考えるに、相当量を精製しているのが伺えた。
あとは精製したレイマ草を闇月教会がどう広めているか、だな。
ヴィクトールは、昼間のエドガルの姿を思い出していた。
闇月教会の教祖“ネイト”として疑っていなければ、ディベリアへの献身に胸が打たれていただろうか。
ルシアンはもちろん、エマもアイツの姿に心を動かされているようだった。
しかし、ヴィクトールはその姿にもどこか引っかかりを持っていた。
ただの善人とは思えない底知れない闇を、エドガルの中に見ていた。
――まさかとは思うが、重症患者の治療と称して、中毒者にしているとか……?
そうであるなら、院内の地下に精製所があるのも頷ける。
ネイト侯爵は、金に貪欲な男に見えた。
ここを負傷者の受け入れ先にしているのは、本当に善意だろうか。
彼にとってのうまみがあると考えるのが、自然ではないか――。
ヴィクトールはそんなことを考えながら、裏口からレイマ草を運び込む人影を観察していた。
◇◇◇
――風魔法って、本当に羨ましい。
エマは湯舟に浸かりながら、そんなことを思っていた。
ヴィクトールも、ルシアンも、風魔法を使えるから人目を忍んで山林に行くことは容易い。
――私を連れて行ってもお荷物になるだけだろうけど……。
『エマはレイヤードと一緒に部屋で待っていてくれ。すぐに戻るから』
一緒に行きたいと訴えたエマに、ヴィクトールは困り顔をした。
折角ここまで一緒に調べて来たんだから、山林がどういう状況なのか、エマも知りたかった。
ただ危険なのも、こういう場で自分がお荷物になるのも、分かってはいた。
何かあっても、攻撃魔法が得意ではないエマは、足手まといになってしまう。
誘拐事件のときの自分を思うと、そこで駄々をこねるほど子どもではない。
大人しく、ヴィクトールの帰りを一人部屋で待つつもりだ。
彼が強いのは、よく分かっている。
星まつりのときも、誘拐事件のときも、彼の剣技や魔法に圧倒された。
ちょっとやそっとのことで、彼が傷つくことはないのだろうけど……。
それでも、一人で彼の帰りを待つのは、少し、怖い。
何かあったら……と、不安になる。
大体は杞憂に終わるのだろうけど。
エマの胸には、彼の瞳の色に似たタンザナイトが輝いている。
いつも自分を守ってくれている彼がくれたネックレス。
それを眺めていると、少し心が落ち着いていくような気がしていた。
――でも……。
何故だろう。いつも付けているネックレスに、違和感を覚えた。
なんとなく不安を感じて、湯舟から出る。
――大丈夫。なんでもない。ヴィクトールだってすぐに帰るし。
タオルで身体や髪を拭い、ガウンを羽織った。
タオルで髪を拭いながら、寝室でヴィクトールの風魔法で髪を乾かしてもらったことを思い出した。
その瞬間、浴室の外から何か衝突音のようなものが聞こえた。
――……何?
不思議に思って扉を見ると、ノック音がした。
「――……はい」
「エメリン様」
――ネリーの声だ。
「ネリー?」
「はい。入っても宜しいでしょうか?」
支度は手伝わなくて良いと言ったけれど、やっぱり手伝いに来てくれたのだろうか。
「え……、ええ」
わざわざ来てくれたのに、追い返すのも悪いと思って返事をすると扉がゆっくりと開いた。
湯気が満ちた室内に現れた人影は、ネリーのものにしてはずいぶんと大きかった。
「……――エド、ガル……殿下?」
扉の前に立つエドガルと、その横にはネリーが立っていた。
「な……なんで?」
エマは慌ててガウンの前を抑えた。
「失礼。女性の浴室に踏み込むのは無礼だとは思ったんだが――。髪飾りを外してくれるのは、このときだと思って……」
エドガルは扉の前に立ったまま、エマに話しかけた。
「エメリン様、お着換えをお手伝いします」
ネリーは、パタパタと寝間着を持って浴室に入った。
「ネリー、これは、どういうこと?」
「エドガル殿下は、女性に失礼なことは致しませんから、ご安心ください」
エドガルは浴室内には入って来る様子はない。それに、ネリーが着替えの手伝いをしようとしていると、着替えを見ないように身体を反対に向けた。
――女性に失礼なことをしないって……そういう、こと? 浴室に来ている時点で、充分失礼だと思うけど……。一体、どういうつもりなの?
ネリーに手際よく寝間着に着替えさせられると、ネリーはエドガルに「お着換え終わりました」と声をかけた。その声に反応するように、エドガルは浴室内に足を踏み入れ、エマの身体をふわっと持ち上げた。
――な……なに?
エマのネックレスは、エドガルに何の反応も示さない。
まるで、普通のネックレスのようだ。
「な……なんで――?」
「その魔石は、ネリーに交換させた」
「……え?」
「君を私のもとへ連れてくるのは――教徒に任せようと思っていたが……。考えを変えた。やはり、自分の“花嫁”は、自分で迎えに行くべきだと思ってね」
エドガルは、柔らかい笑顔を笑みに見せた。
その笑顔にエマは底知れないものを感じ、背筋がぞくっと凍った。
「エマ、君の護衛騎士が大切なら……静かにしないといけないよ」
「レイヤード……?」
浴室の外を出ると、ボロボロの姿になったレイヤードが見知らぬ男たちに担がれていた。
レイマ草でも吸わされたのか、気を失っているようにぐったりとしている。
レイヤードの姿を見て、瞠目しているエマの耳元に、エドガルは「大丈夫」と囁いた。
「殺してはいない。――ただ、ちょっと君の護衛騎士はしつこかったから、静かにしてもらっただけだよ」
廊下には、エドガルたち以外、人気が全くない。
既に人払いをしていたのだろうか。
ネリーのように息のかかった使用人も多いのかもしれない。
エマはエドガルを刺激しないように、大人しく身を縮めた。
「そう、いいこだ。エマ。それでこそ、私の花嫁だよ」
エドガルはエマのそんな態度に、満足気にほほ笑んだ。




