第48話 孤独な戦士
昨夜のヴィクトールの看病のおかげで、朝にはすっかり熱が下がっていた。
着替える前に、ベッドサイドに置かれたネックレスをヴィクトールにつけてもらった。
ヴィクトールはいつもの様子でネックレスをエマにつけた。
エマと向き合うと、タンザナイトをじっと見つめていた。
「……どうか、した?」
「――いや……別に。それより、身体は本当に大丈夫なのか?」
「うん、昨日ヴィクトールが看病してくれたから。ヴィクトールの方こそ、疲れているんじゃない?」
「私は大丈夫だ」
ヴィクトールはエマをきゅっと抱きしめた。
その瞬間、ノック音が聞こえた。ネリーが心配して様子を見に来てくれたようだ。
「ありがとう。もう、熱も下がったから大丈夫よ」
「そうでしたか。それは何よりでございます」
「ネリー、朝の支度をするからお手伝いお願いできる?」
「もちろんでございます」
エマはヴィクトールと離れて、朝の支度へと向かった。
ヴィクトールはそんなエマの後ろ姿をじっと見つめていた。
朝の支度では、昨夜のヴィクトールの看病のことが侍女たちの話題になり、朝から盛大に冷やかされていた。
◇◇◇
「ルシアンとエメリン様が中和魔法をかけてくれたおかげで騎士たちの回復が早まりました」
翌日もネイト侯爵の病院に行くと、野戦病院化していた院内は大分整理されていた。
「ノクス卿に患者たちを整理いただけたおかげで、軽傷者は軽い手当で帰宅させられましたから、早い段階で院内も整理できて」
エドガルはあの後も院内で作業をしていたのだろう。
今朝もかなり早く来たのか――もしかしたら、帰っていないのかもしれない。
昨日の重症患者たちの様子を確認してから、昨日手を施せなかった中傷者の手当もできた。
昼頃には治療は全て終えることができた。
治療を終えた私たちは、エドガルが用意してくれた軽食を口にしながら院内の状況について説明を受けた。
「深淵の森の結界は大丈夫なのですか?」
「正直言うと、あまり、よくはないな。大型の魔獣が人里に出現することも増えているんだ」
「いまはまだ騎士団が討伐できているが、魔獣討伐の度に負傷者も増えてしまってね」
ディベリアの深淵の森は、ディベリアの聖女が代々厳重な結界を張っていると聞いている。
しかし、ディベリアにはその聖女を最後に10年以上聖女が出現していない。
結界が徐々に壊れ始めてもおかしくはない。
「私は光魔法が使えるが、聖女ほどの力はない。治癒魔法も完璧ではないんだ」
エドガルは結界が壊れ始めていることを、まるで自分の責任のように感じているようだった。
――誰かが悪いわけではないのに……。
闇属性であることを一時呪ったこともあったエマだったが、光属性は光属性の苦労があるということを、エドガルを目の前に感じていた。
「エドガル殿下、治癒後に飲ませている薬は何なんですか?」
「ああ。あれは――……レイマ草だ」
――レイマ草!?
その言葉に三人は驚きを隠せなかった。エドガルは分かっているというように続けた。
「もちろん医療用に希釈したものだ。私の治癒魔法だけではすぐに完治させられない。時間がかかるんだ。その間だけ、重症患者には痛みの緩和で使用している」
レイマ草は医療用にも用いられるものだし、エドガルの話を聞く限り依存性を高めるようなものではなさそうだけれど……。ディベリアにレイマ草中毒者が増えている話を聞くと、不安が過る。
「そう、ですか……」
「代替できるものがあれば良いのだが……――。そういえば、エメリン様やルシアンが使っているものは何なんだ?」
「あれは――私が調合した薬です。症状にあわせて使用薬は変えていますが、依存性の低いものを使用しています」
「エメリン様は調薬もするのか」
エドガルはエマの話に瞠目した。
「エマの薬の輸入は、ルシアンと相談しているところです」
エマとの婚約話をもちかけられたとき、ルシアンに打診した話は現実のものになろうとしていた。
ディベリアに輿入れすることはできないが、ノクスからでも協力できることはある。
ヴィクトールがエドガルにそう告げると、エドガルは驚いてルシアンを見た。
ルシアンは、エドガルに深く頷いた。
「ノクスの生産体制が整うのをもう少し待っていただかないといけないが――」
「それは……――有難い、ことだ」
エドガルは思いがけないことに、言葉が出て来ないようだった。
彼は、ディベリアのこの窮状を、一人で背負い続けていたのだろうか。
彼の様子を見ていると、そんな気がしていた。
ディベリアの魔獣の問題は、思っていたよりも深刻だ。
エマの婚約の件についてはルシアンは身を引いてくれて落着していたが、ディベリア帝国としては喉から手が出るほど聖女がほしい状態だったのかもしれない。
ディベリアの最後の聖女は結界を張った後に、命を賭したと聞く。
聖女といえど、簡単に他国の問題を解決できるわけではない。今世最強の聖女と謳われるケイティとて、自国の魔獣を抑えながら深淵の森の結界を張るのは厳しいだろう。
「エドガル殿下、私の中和魔法もそれだけでは瘴気を払い切ることは難しいのです。だから、薬の服用と併用して抑えています。私の力も聖女ほどの効果はありません」
エドガルは、まっすぐにエマを見ていた。
「でも――。だからこそ、協力して解決できる方法を模索できるのです。それが、私にとっては薬です。薬は使用方法さえ分かれば、目の前の人以外も救うことができます。レイマ草は……――やはり、依存性が強いのが、薬師としては気にかかるところです」
「それは……――」
エドガルとて、分かっていることだということも理解していた。
「――……薬の輸入が可能になれば、使わなくて済むようになります。なるべく早く、生産体制を整えますので、どうぞお待ちください」
エマの言葉に、エドガルは何か言葉を飲み込んだようだった。
何を言ってよいか分からないというように、目が左右に動いた後、「ありがとう」と言った。
彼は“ネイト”なのかもしれない。
“ネイト”はディベリアの国家転覆を狙う、危険なカルト教団の教祖なのかもしれない。
私の身を狙う、危険人物なのかもしれない。
それでも、いまここで、一人戦うエドガルを見捨てることができなかった。
たぶん、ヴィクトールも、ルシアンも、同じ気持ちだと思った。




