第46話 治癒
王宮が慌ただしい。
何事かと思ったら、深淵の森の結界が緩み始め人里付近に魔獣が出没しているという。
魔獣討伐に向かった騎士たちが、負傷して診療所に詰め寄せているという。
「エマ、ヴィクトール、次々とすまない」
ルシアンは馬車に乗りながら、頭を下げた。
エマは、珍しく身を縮めるルシアンを見てきょとんとした。
ルシアンは案外、生真面目な人よね。いつもふざけた様子ばかりを見せてくるけれど、彼の本質はこういうところにある気がする。緊張した局面に出会う度に、そう思わせる。きっと、彼のそういうところがヴィクトールも好きなんだわ。
ヴィクトールの顔を見上げると、彼は車窓を見ていた。
「――別に、気にするな。こういうことにも対応するために、エマの薬も持参したんだ」
――照れ隠しなのかしら。
ヴィクトールがこういう態度のときって、興味がないのかと思っていたけれど……。意外とそうでもないのよね。彼の微妙な表情の変化が分かると、なんだか面白くなってくる。ふふっと思わず笑うと、ヴィクトールは私を見て、「――……何だ?」と聞いてきた。私は少し意地悪に含み笑いをして、「いいえ。何でも」と言った。その反応に、ヴィクトールはむむっとした顔をして黙っていた。
馬車が着いた場所は、ノクス領の診療所とはずいぶん違う――立派な病院だった。
「ネイト侯爵経営の病院だ。王宮からも近いから、受け入れを頼んでいるんだ」
院内に入ると、ベッドで休みきれないほどの、負傷した騎士たちが地べたに座らされていた。
――……これは。
ノクス領に着いたときも、魔獣討伐で野戦病院化した診療所は見ていたけれど。
さらに状況は酷そうだわ。
「重傷者はどこにいる?」
ルシアンは院内に入ると、救護員に声をかけて重傷者がいる病室に案内させた。
◇◇◇
「ルシアン……? どうして、ここに」
既に病室ではエドガルが重傷の騎士に治癒魔法を施している最中だった。
エドガルの姿を見た瞬間、身体が緊張したのが分かった。
――いけない。態度に出しては……。まだ、彼と確定したわけではないし。仮に彼が“ネイト”だとすれば、その正体に気が付いたことがバレたら強硬手段に出られるかもしれない……。ヴィクトールは少し不服そうではあったけれど、ルシアンとはもう少し闇月教会を追い詰める情報を集められるまで泳がせようということになったんだった。
「遅くなりました。私も力になれればと……。彼らも協力を買って出てくれました」
「――そうか。エメリン様は……中和、だったか。それが使えるんだったな。ルシアン、君も」
「ええ、ルーク王国で彼女に」
エドガルは病室内の患者を一人で対応しようとしていたのか。
二人の協力に少しほっとしたような顔をした。
「うっ……」
エドガルが治癒中の騎士が苦しそうに声をあげた。
「こうしてはいられない」
エドガルは光魔法特有のまばゆい光を騎士に当てていた。
彼は治癒魔法をかけながら、「ルシアン、エメリン様、助かった。頼む。――……結構、ひどい状況で」と言った。先日会ったとき同様に、穏やかな表情そのものだったが、緊迫した状況だというのはよく分かった。
「エマ、私は階下の騎士たちの状況を確認してくる。ルシアン、エマを頼む」
「ああ、ありがとう。ヴィクトール」
ヴィクトールはエドガルに厳しい視線を向けていたが、病室内の様子にすぐにすべきことを把握したようだった。エマを気にかけながら、レイヤードとともに病室をあとにした。
――じゃあ、重症そうな人からね。
「殿下、練習と同じです。瘴気を強く受けているところに――」
エマは騎士の身体に手をかざし、闇を均す感覚で瘴気を中和させた。
中和する瘴気が強いほど、自分の身体への負担が重い。
ルシアンもエマの方法に習って、負傷した騎士の瘴気を中和させる。
ノクス領で何度もレッスンをしてきた。
魔力操作の感覚に優れているルシアンは、すぐに中和の感覚を掴んでいた。
にも関わらず、繰り返し基礎的な練習も怠ることがなかった。
ルシアンの中和の力で騎士の瘴気が少しずつ払われていくのが分かる。
ルシアンの額から汗が一筋零れていた。
――ルシアン殿下は、完全にマスターしている。大丈夫そうだわ。
「ルシアン殿下、一通り瘴気を払えたらこの薬を」
エマは持参した薬瓶をルシアンに渡した。
「ありがとう」
「いいえ、こういうときのためにたくさん作って来たんです」
ディベリア行きを考えていたときから、少しずつストックを作っていた。
ヴィクトールも薬草集めにも協力してくれていた。
ルシアンはうっすらと目を開けた騎士に、「大丈夫か?」と声をかけた。
騎士はルシアンの顔を見るなり、「ル、ルシアン殿下!?」と慌てていた。
「あまり動くな。まだ完全に回復したわけではない。これを……」
ルシアンは、エマから受け取った薬を騎士に飲ませた。
騎士は身体が回復してくるのを感じて、「こ、これは……」と驚いた。
「安心しろ。隣国の聖女殿の薬だ」
「聖女様の……」
その様子をエドガルは浄化魔法をかけながら、注意深く見ていた。
三人の魔力が尽きるまで、病室内の患者の治療は続いた。




