第45話 ネックレス
「本当に素敵な髪飾りですわ」
エマの髪飾りを外しながら、侍女たちはうっとりとした顔をした。
「ヴィクトールがプレゼントをしてくれたの」
「このネックレスも、ノクス卿の瞳の色ですわね」
「ご自分の色を贈るなんて……――」
侍女はムフフと含み笑いをして見せた。
ヴィクトールはよく彼の瞳や髪を思わせる色のものをプレゼントしてくれた。
だから、夫婦や恋人のプレゼントというのはそういうものだとエマは思っていた。
――違うのだろうか?
「ノクス卿は、エメリン様にぞっこんなんですわね!」
「羨ましいですわ。あんな素敵な貴公子に思われていらっしゃるなんて」
「夫婦や恋人の贈り物って、そういうものなのかと思っていたけれど……?」
「まあ、エマ様。お気づきではなかったのですか?」
「――え?」
「それは、夫婦や恋人は色合わせをすることも多いですし、お互いの“色”を身に付けることもありますけど……。エマ様のお洋服はほとんどヴィクトール様のお色ですし、髪飾りやネックレス、身に付けるもののほとんどにお相手のお色……というのは」
侍女はふふっと笑いを漏らして、見つめ合った。
「独占欲が、お強いですわ~」
「ね!」
「愛されているのよ」
――そういう……もの、なの。改めて言われると恥ずかしい。
侍女たちは「ね!」と楽しそうにしている。
少し恥ずかしいけれど、ヴィクトールの愛情の深さを改めて感じる。
そういえば、こんな風に女性たちと話すのもエマにとっては珍しい。
――令嬢の友達がいたら、こんな感じなのね。クラリス様、お元気かしら。今度クラリス様ともお茶会をしたいわ。
エマは嵐のような女性のことを思い出した。
ケイティと一緒にお茶会なんてしたら、どうなるのかしら。
エマは侍女たちの盛り上がりに、女性同士の会話の楽しみを感じていた。
「エメリン様もお美しいですし、なんて言っても聖女様ですし」
「や、私は準聖女で、正式な聖女とは違って……」
「そんなこと関係ないですわ! ルーク王国の光の柱の話はディベリアでも話題になっていたんです」
「ディベリアにもお一人でも聖女様がいらっしゃれば……」
若い侍女たちの盛り上がりを諫めるように、年長の侍女――ネリーがコホンと咳払いをした。
「エメリン様がお優しいからと言って、何でも言って良いわけではありませんよ。それに、我が国の瘴気はエドガル様が浄化をしてくださっているではありませんか」
「はい、失礼いたしました」
エマはエドガルの名に、ドクンッと不安で心音が跳ねたのを感じた。
――エドガル殿下……。本当にあの方が闇月教会の“ネイト”なのだろうか。
不安を拭うように、胸元のタンザナイトに触れた。
「エマ様、ネックレスはお外しには……?」
「ええ、このままで。ヴィクトールに、外してもらうから」
エマの言葉に、また年若い侍女たちはキャ〜ッと盛り上がった。
そういう、甘い話……というだけではないのだけれど。
ヴィクトールが傍にいないときは、この魔石を外すのは怖い。
あのときの誘拐事件の不安が、エマの中にも残っていた。
――大丈夫。ヴィクトールがいれば、“ネイト”に連れ去らわれることはない。仮に、何かあったとしても、必ず彼が助けてくれる。
エマは何度も自分の不安を消すように、胸元のタンザナイトに触れた。
そして、その様子を年長の侍女が、じっと見つめていたのをエマは気が付いていなかった。
◆◆◆
寝室の扉を開けると、エマはホッとしたような顔でヴィクトールの身体にしがみついた。
“ネイト”の存在が近付いて来たことが、彼女を不安にさせているのだろう。
エマの不安を打ち消すように、ヴィクトールはぎゅっと彼女の華奢な身体を抱いた。
「エマ……」
彼女の名を呼ぶと、エマは安心したように目を閉じて、ヴィクトールに口づけを強請った。
――本当に、エマは……。
ヴィクトールは小さくため息をついた。最近ルシアンは、エマが私の操縦方法が上達していると揶揄ってくるがその通りだ。エマのちょっとした仕草や言葉が、ヴィクトールを落ち着かせたり、乱れさせたりした。
ヴィクトールは、彼女の不安を少しでも拭い去るように、甘く、優しく口づけを重ねた。
エマはヴィクトールの口づけに素直に応えてくれる。
ヴィクトールは、エマの耳元に囁いた。
「ネイトが君を連れ去ろうとしても、私が必ず守るから」
エマは「うん、信じている」と頷いた。
エマの胸元に輝くタンザナイトに触れた。
「君に何かあったら、すぐ駆けつけるよ」
エマは「うん」と、ヴィクトールに微笑んだ。
エマの頭を撫で、眠る前にネックレスを取っていると、エマがふふっと笑い出した。
「どうしたの?」
「ふふ……実はね、王宮の侍女たちが、ヴィクトールは独占欲が強いって……」
「ん?」
「私の着ているものとか、身に付けているものとかを見て……」
「――ああ」
「羨ましがられたわ」
ネックレスを外し、ベッドサイドに置くとエマがヴィクトールを振り返った。
「独占欲が強い男は、嫌い?」
ちゅ、と音がするようにエマに口づけた。
エマは少し顔を赤らめて、大きく首を振った。
「夜会では……――。嫉妬で頭がおかしくなりそうだった。囮なんて、本当はやめてほしかった」
エマに何度もちゅ、と口づけをしながら本音を漏らした。
エマの言っていることは正しいのかもしれないが、ヴィクトールにとっては正しくなくてもエマの身の安全が最も大切なのだ。それを、エマは分かっているのだろうか。
「――……ごめんなさい」
ヴィクトールの心配が少しは伝わったのか、エマは申し訳なさそうに謝罪を口にした。
「君が勇敢なのは素敵なところだけど、私としては不安で溜まらなくなる。君がいない世界なんて――……私にはあり得ないんだ」
エマは誘拐事件のあとの、ヴィクトールの不安を思い出していた。
「分かっている。無理は……しないわ」
「――……くれぐれも、頼むよ」
ヴィクトールはエマの身体をベッドに倒した。
寝間着の上から、そっと身体をまさぐった。
「ヴィクトール……」
「――触りたい」
「うん……。私も――」
エマがヴィクトールの首に腕を絡ませるのと同時に、ヴィクトールがエマの身体に顔を埋めた。
ヴィクトールの熱が、エマの中の不安を解かしていくようだった。
ベッドサイドに置かれたタンザナイトのような瞳が、熱い情熱に満ちていた。




