第44話 父王
「そうか。お前も昨日の夜会にいたのか」
「ええ、友人と一緒に」
「ああ。ノクス小辺境伯夫妻だったか。あの国の聖女もいるのだろう?」
「ええ、準聖女に認定されました」
「おしいな。お前の正妃として我が国に迎え入れたかった」
父・ヴィルナーはそういう男だ。頭の中は打算に満ちている。
ほしいものは奪う。帝国の王らしい横暴さも当たり前に持っている。
無駄にこの国を戦火に晒したことも一度や二度ではなく、“愚王”と陰で呼ぶ者もいる。
一方で、叔父のエドガルは、稀な光属性であり、神童とも呼ばれる頭の良さだったと聞く。
穏やかな人柄で信奉者も多い。
兄である父・ヴィルナーがエドガルに勝っている点と言えば、剣術くらいだろうか。
異母兄弟である二人は、年も20位離れている。
年の近い兄弟であれば劣等感に苛まれることもあったかもしれないが、二人の兄弟仲は悪くはないようだ。エドガルは、むしろ兄・ランベールやルシアンとの方が年も近い。子どもの頃は、叔父というよりも、優しく頭の良い兄のような存在だった。
特にルシアンが闇属性だと分かったときに、支えてくれたのはエドガルだ。
『ルシアン、どんな力を持っていても、それを正しく国のために使えばなんの問題もないんだ。君が闇属性であることを、蔑む必要はない』
次男の属性になど関心がない父と違って、エドガルは幼いルシアンにも優しかった。
『ありがとうございます、叔父上』
『ああ、ルシアンは私の可愛い甥だからね』
エドガルはそう言ってルシアンの頭を撫でると、柔らかな笑みを称えた。
「そういえば、エドガルもさっき来たな」
「叔父上が?」
「ああ、ジゴレーヌ子爵令嬢だったか? なんだか、その令嬢の減刑を嘆願しに来た」
――ジゴレーヌ子爵令嬢と、エドガルに何か繋がりがあったのだろうか?
「本当にアイツは子どもの頃から、優しいというか、甘いというか……」
ヴィルナーは弟の嘆願に、呆れるような、愛おしむような、複雑な感情を滲ませた。
――そう。叔父は優しい人だ。ジゴレーヌ子爵令嬢とのつながりがなかろうと、不憫に思う境遇の人は見捨てない、そういう人だった。
「それが叔父上の良いところではないですか」
ルシアンは、ヴィルナーにレイマ草の入手ルートの可能性としてネイト侯爵の件を耳に入れた。
何を考えているか分からないとよく称される笑顔を作り、謁見の間を退出した。
――君の叔父上だ。“ネイト”としての、器は十分ありそうだな……。
昨日のヴィクトールの言葉が頭を離れなかった。
本当に鋭い男で嫌になる。あの夜会での叔父への牽制も野生の勘なのか、何なのか。
実を言えば、ルシアンも“ネイト”の正体について考えたとき、エドガルの存在が過らなかったとは言えない。むしろ、カリスマ性のある教祖という要素だけ取ると、それにふさわしい人物はこの国ではエドガル以外、考えられなかった。
――感情に左右されるなんて……バカみたいだ。
エマのときもそうだった。
エマへの思いに気が付いたときも、どうしようもない“もし”を考え続けてしまった。
冷静な目で見れば、答えはそこにあるというのに……――。
先ほど父に謁見を申し出たのは、レイマ草の入手ルートを進言するためだけではない。
本題は叔父のことだった。
「父上」
「なんだ?」
「叔父上の幼名はなんでしたっけ?」
「は? 何でそんなことを」
「いえ、先日久しぶりに叔父上に会ったときに、子どもの頃を思い出しまして。大したことではないのですが……」
エドガルの話題がちょうどよいタイミングで出てくれて良かった。
ヴィルナーは少し不思議そうな顔をしたが、あっさり教えてくれた。
「ナサニエルだ」
その名を聞いた瞬間、胸の奥が静かに冷えた。
「……ああ。そうでしたね。子どもの頃から叔父上と呼んでいたので、幼名があやふやになって」
「別に幼名なんか、覚えていなくて良いだろう。変なヤツだな」
――叔父の幼名はナサニエル。
あやふやな記憶だったが、ヴィルナーに確認して確信した。
ナサニエルのあだ名は、“ネイト”。
彼が闇月教会の教祖“ネイト”である可能性を否定するのが、段々と難しくなっていた。
◇◇◇
執務室に戻ると、一気に疲れが出た。
ユマーノがその様子に気付き、花紅茶を入れてくれた。
――香りが良い。リラックスできる。
エマもこの紅茶を喜んでくれたな。乱れる気持ちを、エマのことを思い返して落ち着かせる。
こんなことをして気持ちを落ち着かせていることをヴィクトールにバレたら、本当に絶交されそうだ。
自分にとって、優しい叔父であるエドガル。
国家転覆を企むカルト教団・闇月教会の教祖“ネイト”。
おぼろげだった顔が、鮮明なものに変わっていく。
叔父が“ネイト”だと分かれば、闇月教会の尻尾を掴んで始末しなければ。
レイマ草の利用を明らかにして、そこから引っ張るのが良いだろうか。
頭ではどうすべきかが分かっているはずなのに、何だか気が重い。
エマやヴィクトールにも、早く知らせなければ。
叔父が“ネイト”であるなら、エマへの接触も考えられる。
早く策を講じなければ。
それが、スペアとして生きるルシアンの役目なのだから。




