第43話 ネイトの謎
翌日、ルシアンの執務室に集まった。
ユマーノやレイヤードも加わり顔を合わせると、あの“星まつり”のときの作戦会議を思い出す。
あのときのことがずいぶん前のことのようだ。
「アルマンドの件だが、昨夜の夜会でジゴレーヌ子爵令嬢に刺されたそうだ」
「刺された……?」
昨日救護員に運ばれるアルマンドの様子を見るに、傷は深かったのだろうか。
「ジゴレーヌ子爵令嬢とは? 痴情の縺れだとか言うものもいたようだが……」
ヴィクトールはルシアンに尋ねた。
「正式な間柄では無い。要するに、婚約関係にある、とかではない。ジゴレーヌ子爵令嬢には別の婚約者がいた。相手は幼馴染で、仲睦まじいとも聞いていた。ただ、アルマンドはとにかく女性に手が早いタイプで」
エマは昨日のアルマンドのいやらしい態度を思い出した。
ヴィクトールも同じことを思ったのか、忌々し気そうに眉根を寄せた。
「――だろうな」
アルマンドは、見目は悪くはない。が、とにかく下心が見え見えだ。軽い火遊びを好む女性にはそれなりに需要があるのかもしれないが、真剣交際には向きそうにはない。
「女性から恨まれてもおかしくはないだろう」
「それはそうなのだが」
ヴィクトールは刺されて当然とでも言うような口ぶりだ。
「本当にただの痴情のもつれなのか……――」
それは確かにそうだ。妙にタイミングが良い。
「実はアイツの属性は闇魔法だ」
ルシアンはユマーノを見た。ユマーノはこくんと頷いた。
「魔力はさほどですが、彼の主の属性が闇であることは間違いありません。ちなみにネイト侯爵も鑑定しましたが、彼は土魔法の属性です」
ネイト侯爵には昨日の夜会でヴィクトールと挨拶をした。
エマと会ったときの反応は、息子とは違ってごく一般的なものだった。
派手な身なりからは金への執着や見栄のようなものも感じたが、それすらもごく一般的な貴族のそれだった。若い奥方との仲も良さそうで、新たに“花嫁”を迎えようと執着しているようにも見えなかった。
土魔法の属性というのも、闇月教会の教祖のイメージからはかけ離れている。
「ネイト侯爵は――……話したときに“外れ”という感じはしたな。アイツからは、闇月教会を率いるような器も、異常性も、エマへの執着も感じなかった」
「ああ。私もそう思った。アルマンドは、闇属性だし、エマへの執着も感じはしたが……」
「決め手がないな。アイツもただのぼんくらに見える」
「闇月教会の5人と話したとき、“ネイト”への崇拝を感じました。操られてのことかもしれませんが、何もないものから、あんなに深く操ることは闇魔法ではできません」
闇魔法は、相手に精神的な隙がなければかかりにくい。
全く思ってもいないことを強く思わせ、行動させることは難しい。
つまり、ネイトへの尊敬なり、畏怖の念が多少なりとも無ければ、あそこまでの崇拝には繋がりにくい。
「5人は“ネイト”を崇め奉っているようでしたが……」
「アルマンドにその器があるかというと、甚だ疑問だな」
「しかも、今回の事件で刺殺された」
「アイツもまた“外れ”と見るのが妥当か――」
ルシアンは少し考え込むように顎に手を当てている。
「実は、昨夜の事件の件で警備兵が夜会に入ったから、レイマ草の利用者のこともついでに検挙できたんだ」
「やっぱり、レイマ草を利用していたんですね」
「ああ。そして、そのレイマ草の入手経路も探っているが、いまはまだはっきりしない。ネイト侯爵が教祖そのものではないとしても、闇月教会になんらかの関りを持っている可能性は否定できない」
「それはそうだな。レイマ草の提供は、ネイト侯爵の可能性はある。あれだけ、欲深そうな人柄だ。利用される要素は持っているだろう」
「ああ。ただな、ディベリアで“ネイト”の名を有する高位貴族は彼らだけなんだ。彼らが違うとなると」
「傍系は?」
「男性貴族では残っていない」
「高位貴族ではない可能性は?」
「ゼロではないが……。闇月教会を維持する資金力などや、5人の証言を信じるとな……」
ルシアンは「うーん」と考え込んでいる。
「ネイトは、昨日の夜会に……来ていたのかしら?」
エマのつぶやきに、ルシアンは顔を上げた。
「昨日の夜会はかなり大規模なものだったから主だった高位貴族は顔を出してはいたと思うが……」
エマに接触を図った男性は、アルマンドのほかには何人かの男性貴族がいた。その人たちはアルマンドと違って粘着するような感じはなかった。身分としても、さほど高い男性ではない。
「エマ様に接触を図っていた男性で、闇属性のものはアルマンド様だけでした」
昨日の夜会にはユマーノも密かに紛れていた。
「あのお部屋にいた方々は、闇属性の方も何名かいらっしゃるようではありましたけれど……」
アルマンド以外から声をかけられることはなかった。
「――エドガル……」
ヴィクトールは、ぼそっと呟いた。
ルシアンは、ヴィクトールの言葉に反応した。
エドガルは、ルシアンにとっては叔父――血縁者だ。
「ヴィクトールったら、何を……」
「いや……――。昨日、エマと積極的に関わった男性のなかで、最も身分が高いのは叔父だ」
「エドガル殿下は、光属性です」
ユマーノの言葉にルシアンは頷いた。
「光、属性……なんですか」
エドガルの姿に、妹のケイティが重なった。
「ああ。魔獣についても、まだ抑えられているのは叔父の力の影響はある」
「彼は王位継承権第二位か?」
以前は、王位継承権第一位だったが、父と正室の間に長男・ランベールが授かったことで、叔父は王位継承権第二位となった。ルシアンの母は身分が低い第二夫人であるため、ルシアンはエドガルに次ぐ王位継承権第三位の立場だ。
「――君の叔父上だ。“ネイト”としての、器は十分ありそうだな……」
ヴィクトールは、ルシアンをチラッと見た。
ルシアンは、ヴィクトールに向けられた視線を静かに受け止めていた。
ルシアンはゆっくりと瞬きをした。




