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不気味令嬢は、氷の貴公子に溺愛される  作者: 青海きのこ
第2章ノクス編

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第41話 夜会

「お飲み物でも、いかがですか?」


にこりと貴族らしい笑顔を称えた男性が、一人会場の隅に座るエマにグラスを差し出した。

泡立つ琥珀色の液体はシャンパンだろうか。

ゆるくカールした茶色の髪、深い緑の瞳、派手なタキシードを身に付けた男性。


――ネイト小侯爵ね。


エマはネイト小侯爵が差し出すグラスを受け取り、にこりと微笑んだ。

エマの神秘的な紫の瞳に、吸い寄せられるように男はエマの横に座った。


「――ノクス卿は……どちらへ?」


ネイト小侯爵は、伺うようにエマにそっと囁いた。


「ちょっと席を外していて……」

「そうですか。私はネイト侯爵が嫡男、アルマンド・ネイトと申します。アルとお呼びください」


エマはアルマンドににこりと微笑んだ。


「私はエメリン・ノクスと申します。夫はルーク王国の小辺境伯で」

「ルシアン殿下と仲が宜しいそうですね。先ほど私も挨拶を」

「そうでしたか。実は、今も夫は殿下と一緒に行ってしまって……。ここで待っていろって言うものですから」

「それは……お寂しいでしょう。良ければ私がお相手を。」


アルは下心丸見えの様子でエマに近付き、そっと肩に手を置こうとしてくる。


――……気持ち悪い。


エマは内心の思いを隠しながら、にこりと微笑んだ。


「ご親切な方なんですね」

「こんな美しい方を一人になんて私はできませんよ。ノクス卿は“氷の貴公子”と呼ばれていると聞きましたが、本当にお噂通りの方なんですね」


◇◇◇


1時間前――。

馬車を降りる前のことだった。


「――はぁ?」


ルシアンの提案に、今日もっとも機嫌の悪い声をヴィクトールは上げた。


「エマを囮に使うなんて、何を考えているんだ?」

「囮だなんて、表現が悪い。少し一人でいてもらって、“ネイト”が声をかけて来ないか様子をみたいと言っているだけだ」

「それを世の中では囮というんだ。却下だ。却下。そんな危険な真似をエマにさせるわけないだろう」

「でも、私たちが張り付いていると、ネイトだって警戒するだろう」

「だからって……」

「――ルシアン殿下のおっしゃることはごもっともかもしれませんわ」


エマがルシアンの申し出に乗ると、ヴィクトールが眉根を寄せた。


「エマ!」

「だって、ヴィクトール。“ネイト”は私を花嫁にしようとしているんですよね。この夜会に“ネイト”が来ているなら、さり気なく声を掛けて来てもおかしくないわ。ヴィクトールが傍にいるときよりも、私が一人のときの方が寄ってきやすいのはその通りでしょうし……」

「だからって――……危険だ」

「でも、会場の中ですから人目もありますし。……ヴィクトールも、離れた場所で私を見てくれているんでしょう?」

「それはもちろん」

「何かあればすぐに駆け付けられる距離にいるさ! 私も、ヴィクトールも!」

「だったら……――」

「エマ……」


ヴィクトールはルシアンに同意する私を説得するように両手で肩を抱いた。


「ディベリアに来た目的ですから――」


「ね」とヴィクトールを見ると、はあ……とヴィクトールはため息をついた。


◆◆◆


アルマンドがエマの横に座り、馴れ馴れしい態度で談笑している。


「――……近い。近過ぎる」

「ヴィクトール、気持ちは分かるがもう少し我慢……」


今にもフロアに戻って、アルマンドを叩き切りそうな勢いで睨んでいる。

ルシアンは震えるヴィクトールの身体を抑えて、なんとか宥めている。


「なんなんだ、あの男は。人の妻を嫌らしく……」


いつもなら嫌らしいのはお前の妄想だと言うところだが……。

ルシアンはちらりとアルマンドの様子を見た。

確かに、エマへの視線に嫌らしさは感じる。

あの様子を見ると、アルマンドが闇月教会の”ネイト”だと言われれば納得できる。


エマとアルマンドが立ち上がり、フロアから出ていこうとしている。

フロア外に、念の為レイヤードを配置して置いて良かった。


ルシアンとヴィクトールも、そっとフロアから外へ向かった。


◇◇◇


アルマンドと一緒に向かった部屋では、貴族たちがゲームに興じていた。

こういう遊び場のようなものが夜会にあるのが普通なのかは、エマはよく分からなかった。

ただ、扉を開けた瞬間に感じた違和感は、香りだった。


――微かだけれど、この香り……。レイマ草の……。まさか、ここでレイマ草を使っている?


レイマ草はリキッドタイプのものもある。中毒者の中には、アルコールに混ぜて使用することも多いと言う。この中で使用している人がいてもおかしくはない。

でも、こんな公の場で……? それだけ、ディベリアにレイマ草が浸透しているということかしら?

アルマンドを見上げると、彼は「どうかした?」というような笑みを浮かべた。

私がレイマ草の香りを嗅ぎ分けられるなんて、思ってもいないのだろう。


「カードゲームとかは、どうですか?」

「私……こういったことは初めてで」


アルマンドはエマの不慣れな様子に、庇護欲をそそられたのか下卑た笑みを浮かべた。

エマの手を持ち上げると、手の甲に口付けた。


「私がお教えしますから、ご安心ください」


アルマンドの睨めるような視線に、ぞわっと鳥肌が立つ思いがした。

が、表情に出すわけにはいかない。

なんとか、エマは笑顔を保った。


――このまま、この人の誘いに応じていて、大丈夫かしら。ヴィクトールも、ルシアンも、レイヤードも様子を見てくれているから、何かあったら来てくれるとは思うけれど……。


アルマンドの馴れ馴れしい態度に、笑顔を保つのに限界を感じていた。

エマが嫌がる素振りを見せないのを良いことに、アルマンドは段々と距離を縮めてくる。

エマを見る視線にも……正直、嫌らしいものを感じていた。


「おや、ネイト小侯爵じゃないか」


部屋に入ろうとした瞬間、知らない男性の声に呼び止められた。

アルマンドはその声に反応して振り返ると、顔色が一瞬にして変わった。


「殿下!」


――……殿下?


髪色はルシアン同様の黒色だが、ルシアンと違って癖がない髪質のようだ。

瞳の色はルシアンよりも明るい緑色だ。年齢は、30歳は過ぎているだろうか。

ディベリア帝国でルシアンよりも年上で殿下と呼ばれるのは、ルシアンの兄か、叔父。

彼は……――エドガル・ディベリア、王弟殿下だわ。


「君は、エメリンだね」


彼はにこりと柔らかい笑みを浮かべた。

エマはドレスの両端を持ち上げて「エメリン・ノクスと申します、王弟殿下」と挨拶をした。


「うん、ルシアンが気に入っているようだね。ルシアンが、女性にドレスをプレゼントするのは実は珍しいんだよ」

「夫の衣裳も合わせて仕立ててくださいました」

「ノクス卿のこともずいぶん気に入っているようだ。アイツが中々国に帰らなかったのはお二人がいたからかもしれないな」

「ふふ、そうでしたら光栄ですわ」

「良ければ私のことは、エドガルと。私はエマと呼んでも?」

「もちろんです。エドガル殿下」


エマはエドガルに淑女の笑みを浮かべた。

エドガルは柔和な笑顔のまま、アルマンドを見た。


「エマはアルマンドとも親しいのかな?」


アルマンドは何故かギクッという顔で、笑顔を引きつらせた。


――王弟殿下に、下心を見透かされて気まずいのかしら?


「先ほど会場でお声がけいただいて。こちらでゲームをと誘ってくださったのです」

「そうだったの。でも、エマ様には……どうだろうか」


アルマンドは部屋から微かに漂う退廃的な雰囲気を感じ取っていた。


「そ……そうですね」

「ああ。ノクス卿も、ルシアンもそろそろ戻るのではないかな? 会場で待っていた方が良いだろう。エマ、良ければ会場まで、私がエスコートをしても?」

「エドガル殿下にエスコートいただくなんて……」

「ルシアンの大切な客人なのだから、当然のことだよ。アルマンド、いいね?」


エドガルは終始柔和な笑顔を浮かべていたが、アルマンドへの声掛けは有無を言わさぬ圧を感じた。

その声は穏やかだったが、拒否という選択肢は最初から存在していなかった。

アルマンドは顔を引きつらせながら。「もちろんです」と言った。


エドガルはエマの手をそっと取ると会場へ向かった。

一歩歩みを進めた足を止め、ふと振り返ると「そうだ、アルマンド」と声をかけた。


「はい」

「ネイト侯爵が、君を探していたよ。――急ぎの用件らしい」

「父が……」


アルマンドの瞳に、真剣なものが宿った。


「では、エマ。行こうか」

「はい」


エドガルに手を引かれ、エマは会場に戻った。

会場に入るとき、扉の前でエドガルと向き合った。

ルシアンの面影を感じるが、彼の方が柔らかな雰囲気で、真面目そうな雰囲気だ。

ルシアンのような飄々とした掴みどころのない感じはない。


「――……何か?」


エドガルはエマを見て、口角をあげた。


「失礼いたしました。……その、ルシアン殿下と少し雰囲気が違うと……」

「ああ、ルシアンとは……――少しタイプが違うね。私は甥のような、ミステリアスさはないから」


エドガルは、優しく笑った。


「エマがつけているネックレスは、ノクス卿が?」


エドガルは、エマの胸元に輝くタンザナイトを見つめた。

エドガルの視線は一瞬、タンザナイトの奥に沈む光を測るように止まった。


「ええ、プレゼントをしてくれました」


エドガルは、ふふっ……とほほ笑むと「仲が良い夫婦なんだね。とても、似合っているよ」と言った。


「ありがとうございます」と答えようとした瞬間、ふわっとヴィクトールの香りに包まれた。

どこにいたのだろうか。背中からヴィクトールに軽く抱かれた。


「ヴィクトール」

「エマ、どこにいたんだ?」

「やっぱり、お探しだったんだね」


エドガルがにこりと微笑んだ。

ヴィクトールに少し遅れて、ルシアンが現れた。


「叔父上もいらしていたんですね」

「ああ、ちょっと遅れて着いたんだ。そしたら、お前も来ているというから探していたんだけど、エマに会ったから」


エドガルは人の良い笑顔を浮かべた。


「エマ?」

低い声だった。


ヴィクトールは、初対面のエドガルが“エマ”と呼んでいるのに苛立ったのか、眉間にしわを寄せていた。

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