第40話 お揃い
胸元のラインがハート型になっているビスチェに、ふわっとしたスカート。フローラリアだろうか、小花柄が全体に金糸で刺繍され、ウエスト部分は光沢のあるリボンがアクセントになっている。色味は、グリーンとブラウンの中間のような――ルシアンの瞳の色を思わせるカラーだった。
「お似合いです」と、侍女たちはエマの姿に満足気にほほ笑んだ。
ルシアンが手配してくれた王家の侍女たちが、2時間前からヘアメイクに着付けにと全勢力をかけて飾り付けてくれている。ナタリーの腕も素晴らしいものだが、彼女たちの技術も素晴らしいようだ。
いつもと違う色味のドレスと言うということもあるけれど……。
――ちょっといつもと雰囲気が違って、大人っぽい、かも。
いつもはヴィクトールの瞳に合わせたブルー系か、自分の瞳に合うような紫かピンク系が多い。
でも、今回ルシアンが用意してくれたのは、深い色味のものだった。
かわいいけれど、甘すぎない。お洒落に疎いエマでも、このドレスの素敵さにはすぐに気が付いた。
侍女たちは髪はアップでまとめてくれた。髪飾りはヴィクトールが贈ってくれたもののほかに、似たような銀細工のものを足して更に華やかにしてくれている。
「素敵……」
鏡を見ながら、ほぅ……と見ていると、侍女たちは「気に入っていただけて光栄です」とほほ笑んだ。
「はい。とっても素晴らしい腕をお持ちなのですね」
「エメリン様がお美しいからです」
「このお姿をご覧になったら、ノクス卿もお喜びになりますわ!」
「ええ。――……そう、だと良いんだけど」
侍女たちは満足気にそう微笑み合っていた。
そう、問題はヴィクトールだ。
このドレスは素敵だし、自分にも似合っていると思っている。
でも、ヴィクトールのことを思うと、ため息をつきたくなった。
さすがのエマも、このドレスがヴィクトールの不況を買いそうなことは察していた。
まず、問題はこの色だ。
どう考えても、ルシアンを思わせる。
次に、肌の露出。
ヴィクトールはイブニングドレスの肌の露出にやたらと厳しい。
聖女認定式のときは、体調を崩すとずいぶん心配された。他の男性の視線も気になるようだ。
――ヴィクトールと違って、私を見ている男性なんてそういないのに……。
なんて言ったって、私のデビュタントと言えば壁の花と化していたのだから。
聖女認定式のときは自分が主役の会だったので、多少視線は集まっていたがそれは特殊な例だ。
それ以外は、ヴィクトールが目立つのであって私はおまけみたいなもの。
気にするほどではないのに……。
ただ、エマとてヴィクトールに群がる女性たちが気にならないわけではない。
正直言えば、焼きもちも焼いてしまう。
だから、ヴィクトールが心配してくれる気持ちも分からなくはないのだ。
目が曇るほどに――自分を思ってくれていることだと思うから……。
◇◇◇
ルシアンが用意してくれた馬車に三人で乗り込んだ。
案の定、ヴィクトールがご機嫌斜めを隠さなかった。氷の貴公子モードの顔をしている。
「ヴィクトール、この色はディベリアン・カラーだ。君だって分かっているだろう。君のチーフやタイだって揃いの色だろう」
「――殿下も、また、お揃いのようだがな……」
ヴィクトールが絶対零度の瞳をルシアンに向けた。
エマの胸には昨日ルシアンがくれたブローチが、ヴィクトールとルシアンのタイには揃いのタイリングが輝いていた。
「せっかくの機会なんだから、良いだろう」
「良くない。はっきり言うと、気持ちが悪い。なんだって、男と揃いのものを身に付けなければならない。私はエマとお揃いのものを身に付けたいだけだ。それ以外はいらない。外してくれ」
ヴィクトールは不敬という言葉をもう忘れたのかもしれない。
ヴィクトールは不機嫌を隠さず、ルシアンにかみつき続ける。
これは……喧嘩するほど、仲が良いという状況なのだろうか。
「そんなに嫌ならヴィクトールが外せばよいだろう」
「そうしたら、貴様がエマと揃いになる。変な噂を広めるつもりか!」
「貴様はさすがにひどいんじゃないか、ヴィクトール」
「嫌なら妙なことをしないでくれ」
いや、違う。本気で嫌がっている。
どうしたものだろうか……。
エマはヴィクトールをじっと見つめた。
「なんだ、エマ」
いつもと違う色を身に付けたヴィクトールは、これ以上ないほど不機嫌だったがとても新鮮だった。
ヴィクトールも、エマの姿にそんなことを少しは感じてくれただろうか。
エマのドレス姿を見ると、しばらく黙り込んだあと、ルシアンへの猛攻撃が始まった。
王宮の侍女たちにとっては予想外の反応で、驚いていた。
「このドレス、私はいつもと違って素敵だと思ったのだけど……ヴィクトールは、どう?」
ヴィクトールは、そう尋ねるエマをじっと見た。
不機嫌な顔が微かに和らぐのを感じた。
「私は、ヴィクトールがこういう色を身に付けるのを初めて見て、いつもと違う雰囲気が素敵だなって思ったんだけど……」
エマは、まっすぐにヴィクトールだけを見て言った。
ヴィクトールはエマの言葉に耳を赤くした。
「私のドレス、変だった?」
「……――ない」
ヴィクトールがぼそっと呟いた。隣にいるのに、何を言っているか分からない。
ヴィクトールはたまにそういうときがある。
「ん?」と首をかしげると、「……――変、ではない。……いつもとは、違って……そういうのも、似合うなと……思った」と途切れ途切れに答えた。
ヴィクトールのそんな姿にエマは、ぱあっと言う表情で「嬉しい」と言った。
ヴィクトールはエマの顔を見て、ようやく口元を和らげくれた。
ルシアンはそんな二人を見て、満足気にほほ笑んだ。
――やはり、君は彼を手懐けるのが上手い。
ルシアンの瞳はエマに「よくやった」と言っているようにも見えたのは、気のせいだろうか。
馬車がゆっくりと止まった。
「着いたようだな」
ルシアンは窓の外を覗いてそう呟いた。




