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不気味令嬢は、氷の貴公子に溺愛される  作者: 青海きのこ
第2章ノクス編

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第38話 早すぎる再会

――船旅が……こんなに過酷なものだとは思わなかった。


エマは初めての船酔いを経験していた。


「大丈夫か?」


真っ青な顔のエマをヴィクトールが抱きかかえて船を降りると、ベンチに座らせた。

水を買って来るよう指示されたレイヤードが急いでベンチに戻った。


「ありがとう……」


ヴィクトールに抱えられたエマは、冷たい風を送ってもらっていた。

コップ一杯の水を出す、唯一便利と思える水魔法も、いまは具合が悪すぎて出せない。


――本当、情けないわ。


レイヤードが買って来てくれた水を飲むと少しずつ調子が回復してきた。


「……さっそく、迷惑をかけてしまって……」

「気にしなくていいから」


ディベリアの港は異国情緒豊かだ。

さすがは大国。行き交う人々も言葉も様々な国のものが飛び交っていた。

ルーク王国では目立っていたエマの髪や瞳の色など、この国では意識もされなさそうだ。

それくらい、ディベリアの港は色鮮やかだった。

ディベリアの港に目を奪われていると、ヴィクトールがクスッと笑った。


「大分調子がよくなったみたいだね」

「あ……はい。すみません。ご心配をおかけして」

「いや、調子が戻ったなら良かった」と、ヴィクトールはエマの頬を撫でた。

「すごい……ですね。ノクスに赴いたときも、リュクノールとの環境の違いに驚きましたけど、やっぱり異国は全然違う……」


自分が生きてきた世界の小ささを思い知らされるようだ。


「本当にそうだな。私もディベリアに来るのは久しぶりだ。港町もあとでゆっくり回ろう」

「港町のデートスポットなら、私が案内しよう」


頭の上で、耳に馴染んだ声がした。

え? と思って顔を上げると、商人の服装をしたルシアンが満面の笑みを浮かべていた。


「ルッ……ルーン!」


星まつりのときに使用していた名を慌てて使った。


「ずいぶん早く再会できてうれしいよ。エマ、ヴィー、レイヤード」

「よくこの時間だと分かったな」

「仕事の早いヴィーのことだから、私に手紙を出したら返事を待たずに出発しただろうと思ってね」


ご名答――。エマはルシアンの読みの鋭さに感心した。

なんだかんだで、ルシアンとヴィクトールはお互いをよく理解し合っているようだ。


「君たちのデートに同行したいところだが、まずは荷物を置いた方がいいかな」

「ルーンが同行したら、デートにならないだろう」

「私の存在なんて気にせず、いちゃいちゃしてくれて構わないよ」

「いちゃいちゃなんて……――」


していない、と断言しようとしたところで、ヴィクトールがエマを抱き上げた。


――また、こんなところで……。


「ヴィー! もう、回復したので大丈夫です」

「何、エマ。船酔いしたの?」

「もう回復したので!」

「安静にした方が良い」


エマの抵抗空しく、ヴィクトールに抱っこされながら移動することとなった。

これだけ様々な人がいる場所でも、ヴィクトールの容姿は衆目を集める。

知らない人たちにチラチラと視線を向けられている。

赤らめた顔の女性たちがヴィクトールを見て何か囁いている姿を見ると、胸がちりっと痛んだ。


――ヴィクトールって、本当にどこでもモテるのね……。


すぐに女性の心を時めかせる夫を少し恨めしく思っていると、ヴィクトールは「ん?」と小首を傾げた。


「何でも……――」

「何でもって顔じゃないけど」

「別に……。ヴィクトールは……どこでも、女性にモテるんだなって思ってただけで……」


ごにょごにょ言うエマに、ヴィクトールはパァッと笑顔を見せた。


「焼いてくれたの?」

「そういうわけでは……。ただ、ちょっと、そう思っただけで……」

「そうか……」


ヴィクトールは顔を赤らめるエマを満足気に抱えながら、ルシアンが用意した馬車まで移動した。


◇◇◇


「――……オーク?」


離宮にある貴賓室に案内され、ルシアン帰国後のノクスのことを話した。

ルシアンはディベリアで中和魔法を活用して瘴気を払う計画だったので、ノクスの状況を伝えた。

エマの報告を聞いて、ルシアンは驚き、顔を顰め、笑った。


「エマのすることは、いつも斜め上を行くなあ」

「ああ。私もなんだか驚かなくなってきた」

「ディベリアの森にも、そういう守り神のような存在がいるんだろうか……。まあ、その者の力を借りなくても中和魔法だけでも瘴気は減少するんだろうけど。ただ、私の力でどの程度の範囲の瘴気が払えるかだなあ」


意外と真面目なルシアンは、エマの話に刺激され、今後の活用について色々と頭を巡らせていた。


「ディベリア帝国は広大ですから、少しずつ取り組まないと……。あとで瘴気の強いエリアなども教えてください」

「助かるよ」と、ルシアンはニッと笑った。


「魔獣のことも……そうなんだけど、本題に移ろうか」


ヴィクトールは真剣なまなざしでルシアンに頷いた。


「あの5人はまだ城の牢に入れてある。彼らのことは公にはしていない。どこに敵が潜んでいるか、正直分からない状態だからね」


ヴィクトールの指が無意識に机を叩いた。


「何か新情報は?」

「いや――。こういうことも想定していたのかもしれない。アイツらは大した情報は持っていなさそうだ。ただし、レイマ草の件はエマの読み通りだった」


5人の体内にレイマ草の成分が残量していないかを調べたところ、見事に5人とも体内からレイマ草の成分が検出された。しかも、相当な濃度だったという。


「今回は闇魔法で操ったというよりも、薬物漬けにしているという印象だな。そもそも闇月教会は闇属性のものが信者になることが多い。闇魔法は通常の人間よりも警戒しているだろうし、かかりにくいからレイマ草を活用しているのかもしれない」

「あり得る話だな」

「それと、“ネイト”の件だが……――」


ルシアンの笑顔が一瞬消え、ヴィクトールがその名にギラッと目を光らせた。


「ディベリアの高位貴族で一つ、ネイト侯爵という人物がいる」

「ネイト侯爵……」

「現侯爵は、御年54歳、もちろん奥方はいる」


カルト教団の教祖の顔を持つ人間であれば、妻帯者とて新たな妻を求めることがないとは言えない。


「子どもは二人、26歳の姉、こちらは既に他家に嫁いでいる。23歳の弟――ネイト小侯爵だな。時期後継者だ。父なのか、息子なのか、二人は通じているのか、はたまたそれ以外の人物なのか、正直まだ何も分かっていない。ただ、ネイト侯爵は病院経営にも携わっている」

「病院……?」


エマはハッとした。


「レイマ草は医療用としても使用されます」


ルシアンは頷いた。


「ただの偶然かもしれないが、手に入れやすい環境ではある」

「調べてみる価値はありそうだな……」


ルシアンは、懐からパッと招待状を取り出した。


「君ならそういうと思っていたよ」


にこにこ微笑みながら招待状をヴィクトールに渡す。


「ちょうど良いことに、明後日夜会がある。顔の広い伯爵が主催するものだから、ネイト侯爵も来るはずだ。君たちの招待状も用意しておいたよ」


――さすが策士というか。ここまで用意周到だと、ルシアン殿下の手のひらで操られているみたい。


ヴィクトールも同じ思いなのか、不審な目を向けながらルシアンから招待状を受け取った。

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