第36話 光の正体
今日もルーメンは、西の森に向かって駆けた。
昨日の話を聞いて、この目で森の状況を確認したかった。
ヴィクトールは身体の心配をしてくれていたけれど、結局はエマの申し出を受け入れてくれた。
今日はナタリーに昨日もらった髪飾りをしてもらった。
ヴィクトールの髪飾りにテンションがあがったナタリーは、気合を入れてセットをしてくれた。
――でも、こんなスピードで走っていたら、すぐに乱れちゃうわね。
風で自分の髪がふわっと舞うのが分かった。
「全てアップにしても可愛らしいと思いますけれど、最近の奥さまの髪はいつも以上にふわふわで素敵ですので、それを生かしてセットしてみました」
ナタリーは興奮すると少し早口になる。一生懸命髪型について解説するナタリーを思い出して、思わず笑いがもれた。
「どうした?」
「あ……ごめんなさい。今朝のナタリーを思い出して。髪飾り、とっても褒めてくれたんです」
「そうか――。ナタリーの気持ちがよく分かるな。……今日の君は、いつも以上に素敵だ」
ヴィクトールは、今日何度目かになる誉め言葉を浴びせた。
今朝は身支度を終えて私室を出ると、扉の前でヴィクトールとレイヤードが待っていた。
「エマ、髪飾り、つけてくれたんだね。――ネックレスも……。とっても似合っている」
ヴィクトールが朝から蕩けそうな笑顔でエマに囁く。
魔石が準備できたことで、精神的に少し落ち着いたのだろう。
ヴィクトールの執拗な付きまといは少し収まったようだ。
エマはルーメンに乗るヴィクトールを見上げた。
ルーメンに乗せてもらっているとき、こうやってヴィクトールの顔を盗み見るのをエマは好きだった。
遠くを見つめるヴィクトールの美しい瞳と同じ色の石が、エマの胸にも輝いていた。
◇◇◇
西の森の前に行くと、領民たちが何人か森の入口付近に集まっていた。
昨日、念のため立入禁止の札を立てていたので、入る領民はいないようだった。
が、明らかに昨日と様子の違う森の様子が気になったのだろう。
エマやヴィクトールが馬から下りると領民たちが囲むように集まってきた。
いつも同行してくれている騎士たちが、あまり近づきすぎないよう距離を取ってくれている。
「ヴィクトール様、エマ様! 魔の森に何かあったのでしょうか……」
「これは一体どういうことなのでしょうか?」
次々と領民たちから質問が上がる。
騎士たちが「いま調査中だから」と声をかけてくれていた。
「聖女様が魔の森の瘴気を払ってくれたのですか?」
領民の一人がエマに呼び掛けた。
エマの答えを待っているようだったが、いま何と答えて良いかが分からず言葉に詰まってしまった。
するとヴィクトールが領民にはっきりと頷いた。
領民たちはそのヴィクトールの反応に、わあっと歓声をあげた。
「やっぱり!」
「エマ様だと思ったんだ」
「すごいお力だ」
興奮した領民たちは口々に言った。
「昨日、エマがノクスのために尽力してくれたのは事実だが、細かなことはこれからだ。不確かなことを広めるのは、今はまだ謹んでほしい」
ヴィクトールは興奮する領民たちに、そう伝えた。
領民たちはヴィクトールの声を素直に聞いて、「もちろんです」と笑った。
「エマ様に何かあったら、俺らだって困る」
「――助かるよ」と、ヴィクトールは領民たちに微笑んだ。
今度は、領民たちは別の歓声をあげていた。
◇◇◇
「足下にお気をつけください」
地面に這う根に気をつけるように、騎士が声をかけてくれた。
西の森に歩みを進めていくと、ますますその違いに驚かされた。
まず、全体が明るい。
森の奥へ足を踏み入れても、瘴気を吸い込んだような黒い植物も見当たらない。
確かに地面に這う根はあるが、それは一般的な森と違いなく、前のような薄暗さはないのでさほど危険も感じない。木漏れ日が漏れる森は、普通の、いや、むしろ神聖な空気を感じさせた。
1時間ほど歩いて来たが、森に異変はなかった。
「エマ、大丈夫か? 少し休憩しようか?」
ヴィクトールがエマに声をかけたのを合図と受け取ったのか、騎士たちがエマが座れるように切り株にシートを引いたり、飲み物を用意したりと甲斐甲斐しい準備をしてくれる。
――相変わらず……このお姫様扱いには、慣れないわ。
エマは騎士たちの準備に感謝しつつも、相変わらずの居心地の悪さも感じていた。
森を見上げていると、なんだか不思議な感じがした。
昨日はあんなにも闇に覆われていた場所だったのに……。
木々の隙間から、何かが飛んでいるのが見えた。
――何? 動物? ……鳥、かしら?
西の森では小型の魔獣には何頭か遭うことはあった。
しかし、ここまで歩いて来ても今日は一切遭遇していない。
大きな鳥が、木々に隠れるようにしてこちらを見ている気がした。
――あの鳥は……一体、何?
ヴィクトールに声をかけようと思ったその瞬間、その謎の鳥が物凄いスピードで下降してきた。
「な、なんだ!?」
急に現れた鳥に騎士たちは驚き、払いのけようとしたがその鳥は大きな羽を羽ばたかせ交わした。
『やめろ、人間』
エマに近付く鳥に、ヴィクトールが風魔法を放とうとしたその瞬間、エマの頭にその鳥が直接語り掛けた。
――な、何?
ヴィクトールが鳥に風魔法を放ったが、その鳥は軽々と交わした。
ヴィクトールは再度鳥に向かって魔法の構えをした。
『だからやめろと言っているだろう。短気なヤツめ』
――やっぱり……。勘違い、じゃない。
「ヴィクトール、やめて!」
「え?」
「その……鳥に、攻撃しないで」
ヴィクトールはエマの言葉を信じ、魔法を使うのをやめた。
すると、その鳥は静かにエマの肩に乗った。
体長は、70cmはあるだろうか。大きな鳥だった。
羽は白……いや、銀だろうか。少し光沢がある。くちばしは丸くカーブを描いている。
丸い目は柑子色に、真っ黒な神秘的な瞳をしている。この鳥は……一体――。
『お前か。昨日、この森に魔力を放ったのは……』
「は……はい」
鳥の声はエマにしか聞こえていないのか。
騎士やヴィクトールは、エマをポカンとした様子で見ていた。
『そうか……やはりお前か』
――もしかして……怒ってる?
「すみません。勝手なことを……」
『いや、感謝をしている。この森は長いこと瘴気に侵されていた。獣の瘴気を払おうとしていたが、我らもついには瘴気に侵されてしまい、どうしようもない状態が長く続いた』
「え? では――あなたも魔獣に……?」
『ああ……。昨日、お前が放った力のおかげで、身体中の瘴気が抜けていくのを感じた。元の自分に戻っていくのが、確かに分かった』
「……――そう、だったんですか」
『ああ。おかげでお前とともに力を発揮することができた』
――お前と一緒に力を……?
エマはハッとした。
「もしかして、昨日の光って……?」
『我らの力だ』
鳥の話で、合点がいった。闇属性の力は使い方次第で正にも負にも活用はできるが、「キラキラした光」という力の出現の仕方には疑問を持っていた。闇魔法の力だけとは思えなかったのだ。
「そうだったんですね。ありがとうございます」
『いや、こちらこそ。礼を言う。私はこの森を管理する、オークだ』
「……オーク」
『お前は?』
「エメリン・ノクスと申します。みんなには“エマ”と」
『ノクス……。ああ、エマはあの生意気な小僧の嫁か』
「ヴィクトールのことをご存じで?」
『もちろん。私はこの森の管理者だと言っただろう。あの小僧は度々森に現れていたからな』
――ヴィクトールが森に現れたというと、魔獣討伐だ。
「もしかして、あなたのお仲間も……」
『あの血気盛んな小僧にやられたものもいたな。ただ、それは仕方ない。瘴気に侵された状態では、我らの意思では抗えなかった。あの小僧も領民を守るために動いたのだろう。別に恨みには持っていない』
「そう……でしたか」
『この森は、もう回復しないと思っていた。私も、瘴気に侵されたまま、この森と朽ちていくのだと思っていた。――……エマ』
「はい」
『君には助けられた。そのことを代表して伝えたかった』
「……そんな、わざわざ。光栄な、ことです」
『ただ、君には一つ忠告をしておく』
「忠告……?」
『君は我らのことを調査しようとしているだろう?』
「え?」
エマは変異種のことを思った。
「あ……――」
『やめよ』
「え……――」
『なんでも、解明すれば良いわけではない』
オークはエマを窘めた。
あの変異種は、オークや彼らの仲間だったということなのだろう。
「……分かり、ました」
『分かれば宜しい。では、我らは君とともに、この森を守ることを約束しよう。君が力を貸してくれたように、君が助けを必要なときは、我らも君に力を貸そう』
オークはそう言うと、白銀の羽を一枚落として空高く羽ばたいていった。
エマはオークが落とした羽を拾った。
「エマ……いまのは、一体――?」
ヴィクトールと騎士たちは、瞠目した表情でエマを見ていた。




