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不気味令嬢は、氷の貴公子に溺愛される  作者: 青海きのこ
第2章ノクス編

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第34話 不安

先日の誘拐事件は、意外なかたちで日常に影を落としていた。


ヴィクトールが、常にエマを自分の見える範囲に置きたがった。

今までは屋敷内にいることが分かれば、自由に過ごすことができた。

しかし、誘拐事件後、ヴィクトールはエマがいつ、どこにいるのかを子細に知りたがるようになった。

それだけ彼を心配させたということは、エマもよく分かっていた。

ヴィクトールのそんな行動は、もちろん一緒に暮らす義父母も気が付いていた。


「エマ、ごめんなさいね。ヴィクトールの心配性が過ぎていると思うんだけど……」


イレーネはこそっとエマの耳元に囁いた。エマはそんなイレーネに首を振った。


エマとて、ヴィクトールが必ず助けに来てくれると信じていたが、不安がなかったわけではない。

ヴィクトールだってエマの誘拐を突然知り、大きな不安を感じていたに違いない。

どれほど心配させたのだろう……。

魔石のことの後悔も口にしていたし、責任感の強い彼は私以上に“誘拐事件”が起こったことを責めているのかもしれない。魔石のことだって、別にヴィクトールの責任ではないのに。


「エマがいなくなったって分かったとき、ヴィクトールは本当に鬼気迫る状態だったんだ。ちょっと、気持ちが落ち着くまで時間がかかるかもしれない」


アレクシスも申し訳なさそうにそっと教えてくれた。


西の森へ救出に来てくれた彼は、あっという間に犯人を捕えてくれた。

あの程度の犯人は、彼にとっては赤子の手を捻るようなものなのかもしれない。

でも、あの夜、西の森を焼き払おうとするほどの狂気を、エマは彼の瞳から感じていた。

あの様子から考えても、かなりの精神的負担を与えたことは間違いない。


――私が傍にいることで安心するなら、そんなことお安い御用だわ。


ヴィクトールの執務中は、エマもヴィクトールの部屋で新たな検査結果を見たり、本を読んだりして過ごしていた。ヴィクトールが見えている範囲にさえいれば、彼は安心してくれる。時間が経てば解決する。そんな風に考えていた。


◇◇◇


そんな生活が続いた二日目の朝だった。


「ヴィクトール?」

「なんだ?」


朝、エマが着替えをしようと私室に入ると、何故か一緒にヴィクトールも入ってきた。


「私……着替えを――」


ナタリーもヴィクトールの謎の行動に驚いている。

ヴィクトールは分かっているというように「ああ」と言い、私室の端の椅子に腰をかけた。


「な……なんで、そこに座っているの?」

「待っている」

「待っているって……。私、着替えを……」

「だから、分かっている。君の着替えは見ない。ここで、本を読んで待っている」


ヴィクトールは大真面目にそう言い、本を開いて下を向いていた。

本当に、着替えを見るつもりはないようだけど……。


エマもナタリーも困って顔を見合わせた。


ヴィクトールは、そこから動く気がなさそうだ。

ヴィクトールの気持ちも分かるから、できる限り彼の気持ちには答えようと思っていたけど……。

でも、着替え中にいるのは――。


――……落ち着かない。出て行ってもらいたいけれど……。


ヴィクトールは出て行ってくれそうにない。

エマは眉を顰めてヴィクトールを見たが、ヴィクトールは動いてくれそうにはない。

エマは小さくため息をついた。


――……仕方ない。今日は、我慢するしかないか。


ナタリーが慌てて衝立を用意してエマの姿を隠してくれた。

エマは仕方なく、ヴィクトールの気配を感じながら着替えをすることにした。


しかし、ヴィクトールの奇行はそれで終わらなかった。


「ヴィクトール……」

「なんだ?」

「あの……私、お手洗いに……」

「……ああ」


――ああ、じゃない! なんで、お手洗いにまで……。この勢いだと個室にまで入って来そう。


さすがにそこは……譲れない。


「ヴィクトール、お手洗いにまでついて来ないで」

「でも何かあったら……」


――お手洗いに行くのに、何があるって言うのよ。


レイヤードも屋敷内でもずっと控えてくれている。

少し過剰だとは思っていたけれど、これも仕方がないと受け入れていた。

そんなレイヤードですら、ヴィクトールの行動に若干引いていた。

エマに押しやられて、ヴィクトールとレイヤードが並んで化粧室前に立っている。

その異様な光景に、使用人たちも不審な顔で通りすがっていった。


――……お、落ち着かない。お安い御用なんて思ったのが、間違いだった。


その日の夜。


「――え?」


――今日、何度目の困惑だろう……。今度は……お風呂?


「別に……何もしないから」


ヴィクトールは、真顔でエマとの入浴を求めてきた。

エマはカァッ……と顔を赤らめ、俯いた。夫婦の入浴は、ナタリーから借りた『教本』にも載っていた。


――一緒に入浴する夫婦はいるのだと思うけど……。トイレの個室に入ろうとするような奇行ではないと分かってはいるけど……。でも……――。


「は、恥ずかしい……です」

「君の身体は何度も見ている。君だって私の身体は隅々まで知っているだろう?」


ヴィクトールは恥ずかしいことを真剣に言ってくる。


「それと……これは……」

「離れたくないんだ。変なことを言っているのは分かっている。でも……――」


ヴィクトールが切羽詰まった顔でエマを見た。


――ヴィクトールがこうなったことに責任はあるけど……。でも……。


◇◇◇


――ちゃぽん……。


ノクス家の浴槽が広くて良かった。

ヴィクトールと一緒に入っても問題ない広さだった。

もしかしたら、こういうことを想定して設計されているのではないかと思うほどだ。


――結局、負けてしまった……。


エマはヴィクトールに後ろから抱きかかえられながら入浴している。

バスミルクを入れてもらったので、身体は見えないようになっているけれど。

こんな素肌が密着した状態は……。


――入ったばかりなのに、のぼせそう……。


「あ……ン……」


ヴィクトールの長い手がエマを包むように浴槽の縁に置かれていた。

――はずなのに、何故か気づいたらヴィクトールの抱き寄せる腕に力がこもっていた。


「うそ……つき、何もしないって……」


エマのお尻の下も、ヴィクトールの抑えきれない熱を感じていた。

ヴィクトールの吐息がエマの耳にかかる。


「本当に何もしないつもりだったんだけど……。エマを抱きしめていたら……我慢が……。エマのお尻も可愛いし……」


ヴィクトールの手がお湯の中に入り、抑えきれない衝動に自分で戸惑っている。


「やっ……」

「あ……エマも、期待してくれていたんだね……」


エマの身体が素直に応えるのを感じて、ヴィクトールは困ったように微笑んだ。


――話が……全然、違う!!


エマの抗議は空しく、のぼせるまでヴィクトールと入浴をすることになってしまった。


◇◇◇


「もう……絶対に、入りませんから……」


ガウンに身を包んだエマの身体を、ヴィクトールが風魔法を使って冷やしている。

ふわっと優しい風が身体を包み、火照った身体を冷やしてくれる。

風魔法ってこういう使い方もあるのね。便利だわ……。

エマの髪もふわふわに乾かしてくれている。


「ヴィクトールの、嘘つき……」

「ごめんって……――。本当に嫌らしい気持ちで言ったわけじゃないんだ。離れたくないだけだったんだけど……その、エマが……魅力的過ぎて……」


ヴィクトールは叱られた大型犬のようにしょぼんとした。

そういう、ヴィクトールの姿にエマは弱い。


「ヴィクトール……」

「うん?」

「私……あなたを、大分不安にさせたのよね」


ヴィクトールの風のおかげで、大分頭が冴てきた。

身体を起こして、ヴィクトールの頬に触れた。

最近のヴィクトールの目は、どこか不安気に揺れていることが多い。

エマはヴィクトールのまぶたにちゅ……と口づけた。

ヴィクトールはエマに甘えるように身体を寄せ、エマはヴィクトールの大きな身体を包むように抱いた。


「君が……また、奪われるんじゃないかと思うと――怖いんだ」


ヴィクトールがポツリと不安を口にした。


「うん」

「ネイトとか言うわけの分からないヤツは、まだ捕まってないし。もしかしたら、他にも君を狙っているヤツがいるかもしれない。君の姿が見えないと……情けないけど、不安で、おかしくなりそうなんだ」


おかしくなりそうだと言ったのが、大げさではないとエマは感じていた。

西の森で、彼の狂気の瞳を見たから。

もしかしたら彼は、私が思う以上に私を必要としてくれているのかもしれない。

もしも、万が一私に何かあったら……本当に西の森を焼き払ってしまっていたかもしれない。

それくらい、凄まじい思念を、あのときヴィクトールから感じていた。


「心配させて本当にごめんなさい。……でも、私はどこにも行かないわ。あなたは私のものだし、私はあなたのものでしょう?」


ヴィクトールのくれた指輪をはめた手を、彼の頬に寄せた。

ヴィクトールとエマの瞳の色が混ざり合うようなタンザナイトが輝いている。


――私も、あなたがいなくなってしまったら……狂ってしまうのかもしれない。


それくらい、エマにとっても、ヴィクトールの存在は大きなものだった。

ヴィクトールはエマに抱きしめられて、安心してくれていた。


「もう勝手にどこかに行ったりしない。万が一、何かあったときは、あなたが必ず助けてくれるって……私はいつも信じている。あなたが助けてくれることを分かっていたから、誘拐事件のときも希望を持ち続けられたの」


エマの手をぎゅっと強く握るヴィクトールの手は、熱かった。

彼の不安を少しでも早く和らげたかった。

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