第33話 台風一過
「叔母さま、叔父さま、お世話になりました」
クラリスはアレクシスとイレーネに名残惜しそうに抱擁した。
二人もその抱擁に応えるように、クラリスをぎゅっと抱きしめた。
ヴィクトールとエマは、その様子を静かに見守った。
クラリスは訪問時の華やかな笑顔で、使用人、ヴィクトール、ルシアン、レイヤードにも挨拶し、帰りの馬車に乗った。
クラリスが馬車に乗り込んだ際、クラリスと視線がバチッと合った。クラリスはプイッと横を向いた。そんな仕草に、エマは思わず笑みが漏れた。
――私と、クラリス様は……このくらいの距離感がちょうど良いのかもしれないわ。
「エマ、今日はずいぶん子どもっぽいドレスね」
クラリスがエマに刺々しい視線を向けながら言った。
エマの服は、いつものエマの普段着に変わっていた。
「え?」
「あなた、少しは令嬢の流行とかも学んだ方がいいわよ。そんなんじゃ、お茶会でも話についていけないでしょう」
「……お茶……会」
そういえば、エマの日常にはお茶会というものは存在していない。
クラリスはそんなエマに呆れたような顔をした。
「まさか、あなたお茶会も主催していないの? 辺境伯に嫁いでおきながらそんな社交もしていないなんて……。あなた、毎日何しているのよ?」
世にも奇妙な生き物を見るように、クラリスはエマを見た。
口元を隠すその手は、わなわなと震え、呑気なエマを蔑むように見下ろした。
――毎日、土壌や植物を分析したり魔獣の調査をしたりしています、なんて言ったら卒倒されそうだわ……。
エマは曖昧に笑った。そんな様子にクラリスは心底呆れてため息をついた。
「叔父さまや叔母さまが何もおっしゃらないからって、あなた甘え過ぎよ」
「あら、クラリス。エマはそういうのはまだいいのよ。社交は徐々になれていけば……」
イレーネがクラリスの苦言に口を挟んだ。
「叔母さま、そんなことおっしゃっていたら、エマはずっと社交を疎かにするわ」
「そんなこと……――」
イレーネは否定しようとしたが、クラリスの言うことも頷ける部分がある気がしていた。
「エマ、今度はヴァレンシュタインにいらっしゃい。私がお茶会での振る舞い方も、若い令嬢の流行りも教えてあげるわ」
「え?」
「仕方がないでしょう。あなた、令嬢のお友達もいなさそうなんだから」
そんなクラリスの様子に、みんなきょとんと彼女を見た。
「あなたがエマのお友達になってくれるのね」
イレーネがプイッと横を向いているクラリスに優しく声をかけた。
「クラリス様……」
「お友達ではありません。――…指導役よ!」
「頼もしいです。よろしくお願いいたします」
「挨拶は及第点ね。――じゃあ、皆さまご機嫌よう」
クラリスは、華やかな笑顔でヴァレンシュタイン家へと戻って行った。
「騒がしいヤツだ……」
クラリスが乗る豪華な馬車が見えなくなると、ヴィクトールは疲れたように呟いた。
その声には確かに疲れが滲んでいたが、親愛の情も含まれているような気がした。
私はそういうヴィクトールが、嫌ではなかった。
ふふふ……とエマが笑って、「ヴァレンシュタイン家にもお邪魔しないといけないですわね」と言った。「――……面倒なことになりそうだ」と、ヴィクトールは空を見上げて言った。
◇◇◇
その日、捕縛していた5人をアレクシス、ルシアン、ヴィクトールが尋問を続けた。
ルシアンが闇魔法を使って、この5人組のリーダー格であろう司祭を中心に尋問した。
「お前たちの教祖“ネイト”とは、何者だ?」
ルシアンの瞳を避けるように、固く目を伏せていた。
ヴィクトールが司祭の頬スレスレに剣を突き付けた。
「ひぃっ……」
「――顔を、上げろ」
ヴィクトールはスッと剣を動かし、軽く司祭の頬を切りつけた。
司祭の頬からは赤い血が流れた。
「野蛮な……」
「お前に言われなくない。エマを拐した分際で……。許されると思うな。焼き殺してもいいんだ。片腕を落とそうか? それとも少しずつ炙ってやろうか……」
ヴィクトールは剣を握っていない方の手にゆらっと青の炎を見せた。
ヴィクトールは、冷淡な笑みを浮かべながら司祭にそう言った。
アレクシスは、少し心配そうに息子を見た。その視線に気づき、ヴィクトールの炎が少し揺らいだ。
「こんな野蛮な男に嫁がされるなんて……。エマ様がお気の毒だ……。ネイト様であれば、こんな野蛮な行為お許しならない!」
司祭は本気でそう嘆いた。
「黙れ」
ヴィクトールは改めて司祭の眼前に剣を突き付けた。
「ネイトとは、何者だ? 顔を、あげろ」
司祭が恐々とヴィクトールの指示に従う。
司祭の視線の先には、口元に笑みを称える榛色の瞳があった。
ルシアンは、じっと司祭の瞳を見つめた。
同じ闇属性でも、司祭とルシアンでは明らかに格が違った。
ルシアンの蠱惑的な瞳は、底が見えない危うい色を放っていた。
彼はルシアンの支配から逃れることができなかった。
「君は、ネイトの片腕なのかな?」
ルシアンは自分をぼんやりと見つめる司祭に、穏やかに語り掛けた。
「いいえ。ネイト様は……私どもが簡単に接することができるような方では……ございません」
「そう。――……ネイトは、高貴な方なんだね?」
司祭はルシアンの問いに静かに頷いた。
「そうか。ネイトは、君たちに一体何をしてくれているの?」
「ネイト様は……――私たち、闇の希望なのです」
「希望?」
「ディベリアは……――、闇月教会のものに……ネイト様のものに、なります。あの国は、差別や貧困、格差が蔓延っている。にも拘わらず、愚王は何もしない。ネイト様は、そんなディベリアを憂いておいでなのです……」
「そう……――。今回は、どんな命を受けてノクスへ?」
「それはもちろん、エマ様です。エマ様とネイト様に一緒になっていただければ、この世を安寧へと導いてくださるものと確信しています」
“エマ”という名に、ヴィクトールの目に怒りの炎が宿ったが、アレクシスが息子の衝動を制した。
「そう、分かったよ」
ルシアンの声が合図になったように、司祭はその場にばたりと倒れた。
「ネイトは……だいぶ、厄介な人物かもしれない」
ルシアンがそうつぶやいた。
「アレクシス様、ヴィクトール、ありがとう。こいつらは、ディベリアに送還する」
ルシアンは待機していた騎士たちに、「舌を噛み切るかもしれないな。口に布を入れておいてくれ」と指示した。妄信は自分の命をかけてでも主人を守る行動を取る。司祭の口ぶりからは、ただの信心深さだけではなく、ネイトへの妄信を感じ取っていた。
翌日、ルシアンはユマーノを携えて、5人の罪人をディベリアへ送還した。
結婚式からずいぶん長く一緒にいた気がする。
明日また会うような気楽さで、ルシアンはディベリアへ旅立っていった。
だがその背は、確実に遠ざかっていった。
お読みいただきありがとうございました。
クラリスもルシアンも帰り、ちょっぴり寂しい(?)本来のノクス家に戻りました。次話からは、新たな敵に向かって進んでいきます。クラリスもルシアンも一旦帰りましたが、再び登場します。
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ノクス編のクライマックスまで書き終わりました。
引き続きよろしくお願いします。




