第32話 温もり
5人の罪人を投獄した後、義父が屋敷に戻った。
疲労で倒れているクラリスを部屋で休ませ、泣き崩れるイレーネを抱きしめた。
「ヴィクトール、エマも疲れているだろうから。ルシアン殿下も、ありがとうございました」
「いや……今回は、我が国のことで……大変、迷惑をおかけした」
ルシアンはアレクシスとヴィクトールに頭を下げた。
アレクシスは頭を下げるルシアンの肩に触れた。
「やめてください。……あなたが悪くないことくらい、私たちだって分かっています。とりあえず、話は明日にしましょう」
アレクシスは使用人を含め、疲労を隠せない屋敷のものに声をかけてひとまず休憩することを促した。
部屋に戻ると、ナタリーに泣きながら抱きしめられた。屋敷の中に入ったというのに、エマからずっと離れないレイヤードの目も、真っ赤になっている。さっきから「ごめん。俺が……。ついていなかったから……」と、何度も何度も後悔を口にしていた。レイヤードは爪が食い込むほど強く拳を握っている。私が感情に任せて勝手な行動を取っただけなのに。私がいなくなったことで、どれだけの人を傷つけたのか。どれほどの人を苦しめてしまったのか。エマは自分の軽率さを恥じた。
疲れ切った身体を、ナタリーが泣きながら癒してくれた。
こんなに泣くナタリーを10年で一度も見たことがない。
エマもナタリーと一緒に泣いた。
無事で良かった。一緒にこんな風に泣けて良かった。
部屋に戻ると、ヴィクトールがベッドサイドで待っていた。
ベッドサイドで待つのは、いつもはエマなのに。
不安気な顔のヴィクトールが、部屋に入るエマをぎゅっと抱きしめた。
「ヴィクトール……心配をさせて……ごめんなさい」
ヴィクトールはエマを抱きしめる手にぐっと力を込めた。
「ヴィクトール……助けに来てくれて、ありがとう……」
苦しくなるほどのきつい抱擁が、エマを包んだ。ヴィクトールの香りに安心した。
「あなたが……――必ず、助けに来てくれるって……信じていた」
エマの目から涙が零れた。
涙腺が崩壊してしまっているみたいだ。
「エマ……」
ヴィクトールの声が震えていた。
ヴィクトールがエマの肩から顔をあげると、彼の瞳も潤んでいた。
エマの肩も、少し、濡れていることに気が付いた。
彼の頬を撫でた。
あの男とは違う、ヴィクトールの頬の触り心地に心から安堵した。
ヴィクトールの目尻に浮かぶものをそっと舐めた。しょっぱい。彼の……涙だ。
ヴィクトールは甘えるように、エマに抱きついた。
あんなに強い彼を、こんなに不安にしてしまった。
エマは、彼が初めての夜にエマにしてくれたように、身体中にキスを降らせた。
彼を優しく包み込みたかった。彼の不安を少しでも拭い去りたかった。
彼の温もりで、あの男たちに触れた自分を清めたかった。
その夜、私たちは明け方まで何度も何度も静かにキスを重ね、お互いの温もりを確認した。
そうしていないと、暗闇に落ちていってしまいそうで怖かった。
朝日が昇ったときに、漸く少しだけ眠ることができた。
窓からは白霧山のなだらかな稜線が見えていた。
◇◇◇
「闇月教会は、ディベリアで勢力を持ち始めているカルト教団です」
翌昼、みんなが食堂に集まっていた。皆の顔は一様に疲労を隠せない様子だった。
ルシアンは神妙な顔をして告白を始めた。
「闇月教会は、聖光教会に対抗してできたような宗教団体で、闇属性を崇めている。ノクスに留まらせていただいていたのは、闇月教会のことを調べるためだった」
ノクスに闇月教会の布教が広がっていたのは、言うまでもない。エマの存在だ。
今思えば、エマに拝むようなよく分からない行動を取る領民が一部いたことを思い出す。
あれは、闇月教会の布教の影響だったのだろうか……。
「ユマーノにも調べさせて、闇月教会の潜伏先が西の森付近だということまでは分かっていたんだが……。まさか、こんな……実力行使に出るとまでは思っていなかった。私の読みが甘かった。申し訳ない」
ルシアンは皆に丁寧に頭を下げた。
「ルシアン殿下がそこまで調べてくださっていたから、すぐに義娘たちを追うことができたんです。そんなにご自分をお責めにならないでください。ヴィクトールについて行っていただいたのも、非常に助かりました」
「いや。それは――当たり前のことだ。我が国のことで、迷惑をかけて……」
「もう、謝罪は――」
「ルシアン殿下には……――感謝している」
ヴィクトールが、ルシアンを見て言った。
「アステリアのときも、今回も、あなたには助けてもらったと思っている。謝罪されることはない」
ルシアンは、ヴィクトールの言葉にふっと口元を緩めた。
「君からそんなことを言われる日が来るとはな……」
「正直、さっさとディベリアへ帰れと思っていたが、今回ばかりは助かった。エマに魔石を持たせていなかったのも、私の油断だ」
効力を失った髪飾りを大切にするエマが愛おしくて、新しい魔石の準備を怠っていた。
せめてルシアンの魔石を嫉妬せずに持たせていればよかったとも思った。
「違うわ……。全部、私が軽率に行動したから……――。本当にみんなに迷惑を……」
銘々が自分の非を口にしていた。
「なんか……謝って、ばかりだな」と、ルシアンがぼそっと口にした。
「ああ、不毛なやり取りだな」と、ヴィクトールが答えた。
「不毛とか……そういう問題なの?」と、エマが言うと……少しずつ皆の顔に明るさが戻っていった。
アレクシスが場をまとめるように、「まあ、じゃあ今回はみんなが少しずつ悪かった、ということでいいかな?」と、ウインクをした。
「それじゃあ、ここからが本題だ。エマ、クラリス、男たちに捕縛されている間、何があった?」
エマは男たちの話から分かったことを皆に説明した。
闇月教会の信者は、“ネイト”という男が、エマの真の配偶者だと思っていること。
司祭の様子を見る限り、“ネイト”への忠誠は強そうだということ。
“ネイト”は、ディベリアにいるということ。
闇月教会が“レイマ草”を用いている可能性があること。
「“ネイト”か……――」
ルシアンの指先が止まった。
ルシアンはその名を聞いて考え込んでいるようだった。
「闇月教会が最近急激に勢力を伸ばし始めた。原因は――……」
ルシアンは少し言いにくそうにしていた。
「私、ですね」
エマの言葉に、ルシアンは静かに頷いた。
エマとケイティが起こした“光の柱”の現象が、闇属性であることを公開し“準聖女”に認定されたエマの存在が、迫害され差別され続けた闇属性のものたちに光を与えたことは間違いない。
そして、その光は望まないかたちで利用もされていたということだ。
エマはいまや闇属性の象徴のような存在――。
だからこそ、闇月教会の謎の教祖がエマを花嫁として欲しているのだろう。
「レイマ草の影響も否定できない。……実は、ディベリアに中毒者が増えている話も聞こえて来ているし、秘密裏に他国に輸出しているという話も……。もしかしたら、ノクスにも影響があるかもしれない」
――レイマ草と、カルト教団……。いやな結びつきだ。それにしても、闇月教会の目的は一体何なのだろうか……。
「そういえば、クラリス様。レイマ草の影響は大丈夫ですか?」
クラリスは二度もレイマ草を嗅がされていた。
「ええ。二度目にかがされたときは、吸い込まないようにしていたから。私だって誘拐されたときの心得はあるよの」と、得意気に答えた。
いつもの調子に戻ったクラリスの様子に義父は微笑み、「そういえば土魔法も中々の腕前だったね」と褒めた。クラリスは義父の賞賛に気持ちを良くして「アカデミーでは魔法も得意でしたから」とほほ笑み、エマを見て「あなたとは違うのよ。あなた、何も考えず私を逃がそうとしていたでしょう?」と言った。
「何も考えていなかったわけでは……――」
「自己犠牲の上に成り立つ勇気ほど迷惑なものはないわ。きちんと力を使いなさいよ。私は土魔法を活用して、ルーメンの足音を感じたの。だから、あのタイミングで反撃をしたわけ。すべて、計算づくよ」
クラリスはエマを見下すように言った。
エマはそんなクラリスを尊敬するように、キラキラした目で見ていた。
「すごい……。あの状況下で、素晴らしい判断だわ。あの土魔法も、本当に驚きました」
「そうでしょう? 私、魔法もうまいのよ」
「私も少しだけ土魔法を使えるんですけど、土に栄養を与えるくらいしか……」
「何その使い方……? 農民なの? あなたは。何の役にも立たないじゃない」
「はい……。今回ばかりは自分の攻撃魔法の使えなさを恨みました」
「もう少し勉強した方がいいわよ」
「はい。そうします」
クラリスとエマのやり取りを見て、義母が「仲良くなったようで、良かったわ」と言った。
「別に仲良くなんかなってないわ!」
エマが眉を顰めて義母に言った。そんなクラリスを見て、義母は嬉しそうに笑った。




