第31話 救出
髭の男がエマを優しく抱きかかえた。
ヴィクトールの温もりを思い出して、背中がぞわっと総毛だった。
クラリスのことは、他の男が抱きかかえていた。
クラリスは完全に意識を失い、ぐったりとしている。
クラリスは依然意識を失った振りを続け、クラリスが目覚めることを恐れた男たちは再びクラリスにレイマ草を嗅がせていた。
――本当はレイマ草を何度も吸引させたくはないけど……。仕方ないわ。
小屋から出たとき、辺りがすっかりと闇に包まれているのが分かった。
遠くに見える白霧山の位置に、この瘴気……。
西の森付近にある、小屋に匿われていたようだ。
「森の前に捨ておきましょう」
エマは男に指示した。
「ここは、魔獣も多い“魔の森”。運よく、魔物が連れ去ってくれることもあるかもしれないわ」
入口の瘴気は薄いことは既に確認している。
森の入口付近であれば、人目にも触れやすいし、魔物が現れる率も少ない。
「しかし、エマ様……。ここは、最近魔物の出没が少ないと聞きます。入口近くでは増々魔物と出会うことはないのでは……?」
司祭がエマの言葉に反論した。
先ほどはとろんとした目でエマを見ていたが、もうエマの闇魔法から抜けかかっている?
暗闇の中で瞳の奥を覗き込むことが難しくなってきた。
仕方ない。ここは司祭に話を合わせよう。
「それもそうね。少し森の奥へ行った方がいいかしら?」
男たちは森の奥へ歩みを進めた。
――ヴィクトールは絶対に探してくれていると思うけど……西の森の奥で万が一魔獣に遭遇してしまったら……? 意識のないクラリス様をそんなところに捨ておくなんて……できない。
エマは心臓がドクドクと高鳴るのを抑えられなかった。
失敗、できない。
これ以上、奥に進むと瘴気が濃くなる。魔獣がいなくても……そんなところに長時間放置したら、クラリスがどうなるか。
「ねえ、この辺りでいいんじゃない?」
「しかし……――」
「これ以上奥へ行くのは、怖いわ……。それに、ネイト様にも早くお目にかかりたいし」
よく分からない“ネイト”という男の名に賭けた。
司祭はネイトの名に反応したように、「そうですな……」と立ち止まり、ネイトへの忠誠心なのか、無意識に胸に手を当てていた。
「おい、お前たち、この辺りにその女を捨ておけ」
男はクラリスを起こさないようにそっと地面にクラリスを置いた。
男の身体が離れた瞬間、グラッと一瞬土が盛り上がり、男たちの行く道を阻んだ。
「なんだ……!?」
グラグラと揺れ動く地面に男たちは、ハッと後ろを振り返った。
――ボコボコボコッ……。
クラリスが地面に力を込めて、土を操っているように見える。
クラリスは土属性だったの?
「お前……、目覚めていたのか!」
「エマ! 今よ!」
クラリスはエマに叫んだ。
エマはクラリスの声に答えるように、髭の男に「下ろして」と頼んだ。
エマの従順な従者と化した男は、そっとエマを下した。
「おい! 何してる!」
司祭は髭の男を恫喝したが、クラリスの土魔法の所為で前へ進めずにいた。
「エマ! 逃げなさい!」
クラリスの勝気な瞳がエマに訴えた。
この男たちと、クラリスを残して……?
でも、いまの私がクラリスを助けられる?
「エマ、早く!!」
迷っている時間はなかった。
とりあえず、クラリスの指示に従い、走るしかない。
どうしたら……。私に使える力で、クラリスを助けられるものは……。
走りながらエマは必死で考えたが、エマの使える力は強い攻撃魔法は1つもなかった。
――なんで……私、攻撃魔法の一つも使えないのよ。
攻撃魔法を学んでこなかった自分をこんなに呪う日が来るとは……。
男たちはクラリスとエマの方に別れて捉えようとしていたが、クラリスが土魔法で男たちの足元を揺らしてくれていた。でも、いつまでもクラリスの力が持つとは思えない。
エマはここにいない人のことを思った。
――ヴィクトール……!
その瞬間、馬の足音が聞こえた気がした。
まさか……。
物凄く大きな風が近づいて来るのを感じる。
私は、この風を知っている――……。
森の木を活用しながら、風魔法の力でヴィクトールが近づいて来る。
「ヴィ……」
涙が零れそうだった。
どのくらい先から気が付いていたのか、ヴィクトールは迷いなくエマを抱きしめた。
エマの指先が震えていた。
「ク、クラリス……が」
エマは震える声でヴィクトールに訴える。
ヴィクトールはエマに頷くと、物凄いスピードでクラリスの元へ駆けつけた。
「なんだ、お前!」
ヴィクトールは怒りに満ちた目で男たちを睨んだ。
「それは私の台詞だ」
ヴィクトールは一瞬男たちを吹き飛ばした。
倒れ込んでいるクラリスの手を引くと「大丈夫か」と聞いた。
クラリスは静かに頷いた。
ヴィクトールに少し遅れて現れたルシアンが、風を使いながらヴィクトールのもとへ運んでくれた。
ヴィクトールに吹き飛ばされた男たちは、一瞬で気を失っているようだった。
ヴィクトールは男たちを見下ろすと、足で男たちを踏みつけながら「森ごと焼き払ってやるか」と低い声で呟いた。火魔法を操り、手から炎を出している。枯れ葉が焼ける臭いがする。
「ヴィクトール!」
慌ててエマが抱きついた。
ヴィクトールの目は、明らかにおかしかった。
本当に森ごと焼きかねない……。そんなことをしたら、この人たちの命だけですまない。
エマは慌てて、炎を出している手に抱きついた。
「エマ、危ない」
その瞬間、ヴィクトールは正気に戻ったように、自分の火魔法をすぐに消した。
「大丈夫か?」
エマの顔を覗き込んできたヴィクトールは、いつものヴィクトールの顔だった。
エマは頷き、「助けてくれてありがとう」と抱きついた。
彼の温もりに安心して、涙が止まらなかった。
泣きすぎて、子どものように嗚咽が止まらなくなっていたが、ヴィクトールはエマが泣き止むまでじっと抱きしめてくれた。
エマが泣いている間、義父やレイヤード、ノクスの騎士たちも駆けつけ、失神している5人の男たちを捕縛した。レイヤードはエマの姿を見て、目を潤ませていた。
クラリスも力を使い果たしたのか、ぐったりと気を失っていた。
気を失ったクラリスを、義父が優しく抱き上げた。
西の森の入口には、ここまでヴィクトールとルシアンを連れて来てくれたであろう、ルーメンとノワールが大人しく待っていてくれた。
ルーメンに乗りながら帰路を走ると、暗闇に満ちた夜が明けようとしていた。
ノクス邸の扉を開けると、疲れたような様子の義母が立っていた。
エマとクラリスの無事を確認すると、二人を抱きしめてからずっと泣いていた。




