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不気味令嬢は、氷の貴公子に溺愛される  作者: 青海きのこ
第2章ノクス編

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第30話 誘拐

「……んだって二人も……」

「仕方ないだろう。ずっと護衛がついていたんだから」

「だからって余計なヤツまで……」

「高位貴族なんか連れて来たら厄介なことになるのも分からないのか」

「始末するのだって厄介だ」


くらくらする頭の片隅で、聞きなれない男たちの口論が聞こえてきた。

私たちに配慮してか、声のボリュームこそ大きくはなかったが、そのトーンは明らかに怒気を含んでいた。


――一体、どのくらいの時間が……。


そっと薄目を開けると、クラリスの顔が目に入った。

クラリスはまだ眠りの中にいるようだ。

身体を動かそうとしたが、動かない。

手を後ろ手に縛られて横たえられているのが分かった。

先ほどの薬の影響か、なんだか意識もまだ朦朧としている。


――あのとき無理矢理かがされたのは、レイマ草のような香りがした。


レイマ草には意識を朦朧とさせる効果がある。麻酔として医療にも用いられる薬草だが、幻覚作用も酷く使用法を間違えると中毒にもなる危険な薬草だ。


ここは……一体、どこなの?

身体に痛みは感じないので、拘束はされたようだけれど、乱暴をされたわけではなさそう。

薄暗くて、時間がよく分からない。

どのくらい意識を失っていたんだろう……。


ヴィクトールの顔が浮かんだ。


どうしよう……。きっと、心配している。

なんとか、ここから逃げる策を考えなければ……。


「始末するって言ったって……」

「このままディベリアに連れて行くか」


――ディベリア? ディベリア帝国の、人って……こと?


「ん……」


クラリスが小さな声を上げた。


――まずい。もう少し、彼らの目的を知りたかったけれど……。クラリスが目覚めてしまいそうだ。


クラリスの小さな吐息に男たちが反応して、私たちの様子を見に来た。

私は静かに目を閉じた。


「起きたか?」


男たちは注意深く私たちの様子を観察しているようだった。

私は瞳を閉じたまま、なるべく呼吸をゆっくりとした。

男たちの声は5人……だろうか。

ほかにもいるのかは、よく分からない。

殺すつもりなら、もう殺しているだろうし……。

高位貴族を誘拐したことを面倒がっているところを見ると、身代金目的でもなさそうだ。


――では……一体、何を……?


「エマ様……」


男のザラッとした手が、エマの頬を撫でた。

男の口ぶりから、私が誰だかは分かっているようだ。

それもそうか。ノクス邸の厩舎で誘拐されたのだから。

狙われていたとみるのが妥当だろう。


「本当にお美しいな。俺たちの聖女は」

「おい、気軽に触るな。ネイト様に殺されるぞ」

「いいじゃないか。見ていないんだから。役得ってヤツだろう」


男の手がエマの頬を繰り返し撫でている。


――気持ちが……悪い。


それに“俺たちの聖女”って、一体……何?

ただ、今の言葉ではっきりした。

彼らの目的は、“私”だ。

クラリスを逃がす方法は、まだありそうだ。


私はいま起きた……という様子で、ゆっくりと……目を、開いた。


「ん……。ここ、は……」と、あえて声をあげながら起きた。


クラリスの方を確認すると、目を閉じたままだった。

もしかしたら、エマ同様に寝たふりをして状況を把握しているのかもしれない。

高位貴族の彼女のことだ。誘拐されたときの振る舞いも学習していることだろう。


「エマ様!」

「ほら、お前が触ったりするから」


男たちはエマが目を開けると、歓喜の声を上げたり、エマを無遠慮に触っていた男への非難の声をあげた。


「ここは……?」


手を縛られているので、自由に起き上がることができない。

でも、この様子からして、エマに乱暴狼藉を働くようには思えなかった。

エマの頬を撫でていた男が、慌ててエマの身体を起こした。


「縛ったりしてしまい、申し訳ございません」と、頭を下げる。


想像していた通り、男たちは5人いた。

農民のようないでたちの男が3人と、司祭服のようなものを着ている男が2人。

見慣れないのは、その司祭服が聖光教会のものと違い、黒い制服だということだった。


エマは男たちを刺激しないよう細心の注意を払いながら、あえてきょとんとした顔を見せた。


「あなた方は……一体?」


エマの質問に答えられないのか、エマの頬を撫でていた男は困ったように黒い司祭服を着た男を見た。

この中では最も年長の、威厳のありそうな男だった。


「私どもは、あなた様を真の配偶者のもとへお連れするお役目を任されているものです」

「……真の、配偶者?」

「はい。あなた様はルーク王国の王命に従い、この国の一介の貴族と無理矢理結婚させられ、不遇な立場に置かれております。ご安心ください。私どもがすぐにあなた様をネイト様のもとへお連れいたしますので……」

「ネイト……様?」


エマがその謎の人物の名を口にすると、男たちは嬉しそうに微笑んだ。


――一体……何を、言っているの?


男たちはエマにとっては訳の分からない話を、たった一つの揺るがない真実であるように語った。


「ちょっと……お話が見えなくて……。ネイト様って言うのは?」

「闇月教会の教祖です。私たち、闇属性のための教会です」

「闇属性のための……教会?」


――はじめて聞く名前だった。


「皆さん……、闇属性の……方なの?」

「はい。エマ様と同じ」


農民のようないでたちの男の所作も妙に洗練されている。

もしかしたら、この人たちはディベリアの貴族なのかもしれない。


クラリスの様子をチラッと見た。

クラリスは薄目を開けて様子を見ている。やはり、寝たふりを続けているだけのようだ。

クラリスにだけ分かるように、そっと目配せをした。


――……相手の心の隙を狙うんだ。


ふと、ルシアンの言葉が頭に過った。

男たちは救いを求めるように、エマを見ている。


「……そう。私と同じ、闇属性なんですね……」


エマが目を伏せながら、男たちにそう言った。

男たちはそんなエマに同士を得たと言うように、嬉しそうに微笑んだ。


「……皆さん、苦労、されたんですね」


エマは男たちを労わるように見た。

一人ひとりの瞳の奥を見つめるように、じっと……。


――彼らの隙は、おそらく闇属性者なら一度は感じた“劣等感”。誰にも言えない“孤独”。だからこそ、仲間との連帯を強く求めている。


エマは男たちに仲間であると誤解させるように、微笑んだ。

男たちはそんなエマの瞳に吸い込まれて行くようだった。

もしかしたら、レイマ草の中毒者でもあるのかもしれない。

エマの不慣れな闇魔法に簡単にかかったように、ぼんやりとした瞳をしてエマを見た。


あと、一押し……かしら。


「手の……縄を……、解いて、下さらない?」

「でも……――」

「逃げたりしないわ。だって……、私たちは……仲間、でしょう?」


エマの頬に触れていた男が戸惑ったように、司祭服の男を見る。

司祭服の男は首を振ったが、男は気の毒そうにエマを見た。

一番、この男がかかりそうだわ。

その男だけをじっと見ながら、眉根を寄せた。


「痛いの……。お願い。縄を外せるでしょう?」


男はぼんやりとした目で、エマの指示に従うように小刀でエマの縄を切った。


「おい!」と周りの男が声を上げたが、「縄を解くだけだ。痛がっている。エマ様がかわいそうだ」と言った。その言葉に、他の男も強く言えないような様子だった。


――完全とは言えないけど、少しは、効果はありそうね。


エマは、人生で初めて闇魔法の精神操作を使った。


――こんな魔法、使う機会なんて来るとは思わなかったけど。ルシアン殿下に伺っておいて助かったわ。


エマは縄を解いてくれた男の頬を撫でた。

男の髭でざらっとした触り心地だった。ヴィクトールとは、全然違う感触に嫌悪感が走った。

しかし、やり遂げるにはこうするしかない。

男はエマにさらに魅了されるように、ぼんやりと見ていた。

ほかの男たちも、その仕草を見てエマを先ほどよりもぼんやりとした目で見ている。


「ねえ……――。ネイト様に会うときは、この女も連れて行くの?」


男たちは横たわるクラリスを見た。


「この女は……」

「一緒にいたくないわ。ノクスに置いていってほしいの」

「しかし……――」

「まだ寝ているのだから、何も分かっていないと思うし……」


エマは髭の男をじっと見た。この男は完全にエマの言うことを聞く。

問題は司祭服の男か……――。


エマは先ほどから皆に指示を出している司祭服の男をじっと見つめた。


「こんな女を一緒に連れて行ったら、ネイト様もご気分を悪くされるんじゃない?」

「いや……まあ……」


先ほどの話からも、クラリスの誘拐が完全に誤算だということは分かっていた。

彼らだって、クラリスをどうにか問題のないかたちで逃がしたいに違いない。


「今だったら大丈夫よ。気づかれないわ」


エマは司祭の耳にそっと囁いた。

司祭は怯えた目をしてエマを見た。エマは彼を安心させるように微笑んだ。

司祭はエマの目を見て、ぼんやりとした顔をした。相手の意思が、沈んでいく感覚がした。


――かかった……? でも、効き目は長くないかもしれない。なんとかすぐに……クラリスを解放しなければ。

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