第26話 成果(ヴィクトール視点)
夕食後、父の執務室で三人は神妙な顔をして家族会議を開いていた。
「思った以上に……面倒な子ね」
「全くです」
「ごめんなさい。私の姪が」
「君が悪いわけじゃないよ」
「でも、あれじゃエマがかわいそうで……」
母は今にも泣きだしそうな顔を両手で覆っていた。
クラリス襲来の一日は、久しぶりに地獄のような気分を味わった。
馬車から降りて早々、エマをことごとく無視し、孤立しているかのように振る舞う。
ルーメンの騎乗を巡っては我儘を通し、夕餉の時間はエマに対して無礼極まりない言動を繰り返す。
しかも始終ベタベタと身体に触れてくるのも、腹立たしい。まるでエマに見せつけているようだ。
子どもの頃から気性の合う従妹ではなかったが、それなりの関係性ではあった。
貴族令嬢らしい我儘は言っていたが、こんなに困らせることはなかった(気がする)。
眼中になかっただけ、と言えばそうだが……。
「あの子も……可哀そうと言えば、可哀そうなのよ」
母は姪にも多少の同情を寄せているようだ。
「あの子も公爵家の娘でしょう? 年頃から考えれば、カイル殿下も相手としては申し分ないのだけど……」
――カイルは早々にケイティが射止めていた。
「あの子もプライドが高いから。自分と釣り合いが取れる相手と言ったら、あなただと思っていたんじゃない? 子どもの頃から、ずっと」
――ノクス家に遊びに来るクラリスは、ヴィクトールへの好意は隠そうとはしていなかった。
ヴィクトールとしては、そんな彼女の恋心に気持ちが動かされたことは一度もなかったが……。
「ヴィクトールは、つい半年前まで特定の相手なんていなかったわけだし。令嬢に冷たいと言っても、クラリスにとっては、自分は少し特別だと言う意識はあっただろうし」
「婚約の申し出は何度も断っていたはずです」
「それはそうなのだけど……――」
「半年前に急に決まった、たかが政略結婚だと思いたいんでしょう?」
「まさか、こんなにヴィクトールが変わるとは思わないだろうしね」
「本当そう。私だって、この子があんなに妻にベタベタする夫になるとは思いも寄らなかったわよ」
「確かにな。パレードのときも領民の前であんなに何度も口づけて……」
――なんだか、風向きがおかしなことになってきた。
「いまはクラリスの話です」
「割り切れない思いって言うのがあるのよ……」と、母は呟いた。
「だからと言って……エマにあんな……」
「それはそうなのよね……。エマは何も悪くないのに……。ああ、もう」
「とにかく、早めに帰ってもらえるようにそれとなく働きかけよう」
「あれ以上、エマに何か害を及ぼすようなことをするのであれば、私が直接言います」
「ヴィクトール、それは……」と、父はクラリスにも同情的な立場を取った。
子どもの頃からの恋心を見ていた二人は、非情になれないようだ。
――そんな調子だと、あの我儘女にのさばられる。それだけは避けたい。
解決の糸口は見えないまま、家族会議はお開きになった。
◇◇◇
寝室に入ると、いつものようにエマがベッドの横に座って待っていてくれていた。
今日は読書をしていたようだ。ヴィクトールを見ると、慌てて本を私室へ戻しに行った。
エマの可憐な姿が、ヴィクトールの疲れた心を癒していく。
「エマ……。待たせてごめん」
部屋から戻るエマに、ヴィクトールはもたれ掛かるように肩に腕を回した。
「大丈夫よ。打ち合わせがあったのでしょう? ヴィクトールも疲れているんじゃない?」
エマはそう言って小首を傾げた。
クラリスの嫌がらせに疲れているはずなのに、私の妻は女神なのか。
いや、聖女か――。
エマの肩に顔を寄せると、ふわふわの髪から甘い香りが漂う。
――ああ……癒される。疲れが吹き飛んでいく。
「ヴィクトール……」
「ん?」
目を閉じながら、エマの髪の香りに癒される。
「その……今日は、疲れてる?」
エマの声音に、先ほどにはなかった緊張の色が滲んだ。
「ん? どうかした?」
身体を起こしてエマを見ると、エマが自分の夜着の前を寛がせた。
赤らんだ頬で、チラッと上目遣いにヴィクトールの方を見る。その視線は妙に妖艶で……。
ヴィクトールは、エマの動きから目が離せなかった。
ゴクッ……。
堪らなくなって、獣のように喉がなるのが分かった。
エマはそっとヴィクトールに近付いてくると、惚けているヴィクトールの唇を食んだ。積極的にヴィクトールの舌に自分の舌を絡ませるような口付けは、エマからは初めてだった。
――な……何が、起こって……――?
エマの唇が離れたかと思うと、ヴィクトールの耳元でエマがそっと「……触って、ほしいの」と囁いた。その視線が、チラッと下の方を向いている。
――なに? 疲れすぎて幻影でも……。
エマはヴィクトールに見せるように、寛がせていた夜着をそっとはだけさせた。可憐な夜着を脱いだ愛らしいエマは、ヴィクトールを翻弄する大人の妖艶さを湛えていた。
妖艶な聖女がヴィクトールの手を取ったかと思ったら、その手を自分の露わになった胸に押し付けた。
ヴィクトールの手に馴染んだ白磁のような形のよい胸に手が触れ、口元が思わず緩むのが分かった。聖女の胸の頂は、ヴィクトールの指が少し触れると待っていたように素直に花開いた。その瞬間、ヴィクトールの身体中の熱が一点に集中したのが分かった。
「あ……――」
ヴィクトールの鼻から血が垂れていた。
「やだ、ヴィクトール。大丈夫?」
「ああ……ごめん。ちょっと……のぼせたのかな」
エマは慌ててヴィクトールの鼻血を布でふき取ってくれた。
甲斐甲斐しく世話をしてくれているエマは、いつもの愛らしいエマに戻っていた。
――な、情けない……。こんなことで鼻血を出す男が、辺境伯家の跡取りでいいのか。
お読みいただきありがとうございました。
今日はもう1話投稿します。




