第25話 勉強
つくづく自分は単純な人間だと思う。
ナタリーから借りた『大人の教本』を隠れて読む日が来るとは……。
クラリスに宣戦布告をされた夜、私室に戻った私を待っていたのは、優しいナタリーだった。
「奥さま、今日はお疲れでしょうから、ゆっくりお風呂でマッサージをいたしますわ」
ナタリーは、何も言わずとも察してくれているようだった。
もしかしたら、レイヤードが状況を報告してくれていたのかも……。
リュクノール領からついて来てくれた二人には、本当にいつも精神的に支えられている。
ナタリーのマッサージが気持ち良すぎて、何だか目尻から涙が浮かんでくる。
「まずい……」と思い、パシャッと自分の顔にお風呂のお湯をかけて誤魔化した。
突然のエマの奇行に、ナタリーは驚いたように手を止めた。
「あ、ナタリー。ごめんなさい。お湯かからなかった?」
「大丈夫です。お構いなく――」
ナタリーは再びエマの身体を丁寧にも揉み解してくれる。
――本当に、気持ちが良い。今日の疲れが一瞬で吹き飛ぶようだ。
「ありがとう、ナタリー」
「いえ。私にできるのはこんなことくらいですから」
「本当にナタリーには助けてもらってばかりだわ」
「とんでもございません」
エマはお風呂場で癒されながら、疲れの元凶を思い返していた。
――ヴィクトールの妻だというのに……子どもみたい。そんなんで、ヴィクトールは……満足できているのかしら?
妖艶なクラリスの姿を思い出していた。
豊満な胸に、くびれた腰、形の良い丸いお尻、すらりと伸びた足。
ヴィクトールと並んでも、均衡が取れていた。
対して、自分は……。
自分の裸体をマジマジと見る。
特別小さい……わけではないと思うけれど、あんなに手に余るような大きな胸ではない。
腰がくびれている、というよりは……全体的に薄っぺらい気がする。
ヴィクトールの大きな手に包まれると、余計に華奢に感じてしまう。
背丈も、体格の良いヴィクトールと並ぶと、確かに子どものようなアンバランスさ。
クラリスが言うことは、全く的を射ていないわけではなかった。
アカデミーに通っていない貴族子女は多くない。教養がないと思われても仕方ないだろう。
今日は社交に慣れないエマに、いつも誰かが手を差し伸べてくれていた。
行く行くは義母のような辺境伯夫人になるというのに、いつまでも社交下手を言い訳にして良いわけではない。大人の女性なら……そんなに庇護されてばかりではないだろう。
クラリスの言うことを全て真に受けるわけではないけれど、真摯に考えるべき点もあるような気がしていた。ノクス家のみんなは、優しい。私に“妻”や“義娘”として不足を感じていたとしても、おっしゃらないだろう。ルシアンとて、私には甘い感じがする。私に苦言を呈する人は、少ない。そういう環境の中で考えると、クラリスはキツイけれど、貴重な人物とも言えるかもしれない。
「ねえ、ナタリー……」
「はい、奥さま。どうかされましたか?」
「――……色香って言うのは……、どうすれば、出るものなのかしら?」
ナタリーは再び手を止めた。
「は? どうされたんですか? 奥さま」
いつもの初心なエマからは考えられない言葉が飛び出して、ナタリーは動揺した。
「どうって……。私、色気が……ないから。ヴィクトール様は、満足されていないんじゃないかと」
風呂で温まっているのだろう。火照った頬や、潤んだ瞳が、いつも以上に色香を放っていた。
日中のエマとのギャップがあるから、その妖艶さは尚更引き立った。
女性のナタリーですら、ドキッとしてしまうのだから、旦那さまは毎晩溶かされていると思いますけど……と内心ナタリーは思っていた。
「それは……大丈夫だと思いますよ」
そうでなければ、あんなに“跡”を残したり、昼下がりから情事に更けたり、明け方までエマを離さないなんてこと、有りはしないだろう……。エマの自己認識はどうなっているのか。
「でも、私……そう言ったことに疎いし、女性のお友達もいないから……。ナタリーにしか相談できないのよ」
エマは必死な顔でナタリーを見た。その姿が既に色香を放っていた。
「私……、ヴィクトール様をもっと満足させられる妻になりたいの」
――そんなことしたら、奥さま……部屋から出して貰えなくなるんじゃないかしら。
「その……飽きられたり、とか……」
絶対、ないと、ナタリーは断言できた。一体エマは何を心配しているのか。
「……私も、良い年だし……。もう少し……閨事の知識を身に付けた方が良いと思うの。ヴィクトールに教わるばかりじゃなくて……」
うーん……。それは……どっちに転ぶだろうか……。
ナタリーは返答に困っていたが、あまりに必死なエマを見捨てることもできなかった。
もしかしたら……と、念のため用意しておいた淑女教育の書籍類の中の『大人の教本』をエマに託した。まさか、この本を使うときが来るとは……。
不安気に夜着をまとっていたエマから、ずいぶん大きな成長(?)だ。
「ナタリー、夜着も……やっぱり、少し……大胆なものを……用意、すべき?」
エマはいつもの清楚なネグリジェに着替え、全身を確認しながら言った。
「奥さま、もちろんそう言った夜着をご用意することもできますが、この夜着も奥さまの可憐さが引き立ってとてもお美しいです」
「でも……――子どもっぽく、ないかしら」
ナタリーは小さくため息をつき、エマの耳にそっと囁いた。
「え!」
エマはナタリーのアドバイスを受け、顔を赤らめたが「……やって……、みるわ」と、強い決意を瞳に宿していた。




