第24話 不穏な夕餉
「ノワールの色にルシアン殿下の色がぴったりと合っていましたわね。私、思わず見惚れてしまいましたわ」
乗馬を終えて、クラリスは上機嫌だった。
馬上のルシアンに、にこにこと笑みを浮かべて称える。
「クラリス嬢にそう言っていただけると光栄だな」
ルシアンはクラリスの言葉に笑顔で応えて颯爽と下りた。
ルシアンはエマの手を取るために振り返ったが、ヴィクトールがルシアンに先を越されまいとエマの手を握っていた。
確かに、ノワールの黒鹿毛とルシアンの黒髪はとてもマッチしている。
クラリスはそう言ったことによく気が付く女性なのだと思った。
高位貴族的な気遣いなのか。
「エマ様にもノワールがとてもお似合いでしたわ。本当に仲が宜しいのですね」
――どういう意味なのか、あまり好意的な言葉に取れないのは自分の狭量のせいなのか。
とりあえず、微笑を称えながら流した。
そう言われると、ルーメンの白毛にはクラリスのプラチナブロンドが映える気もするし、そういえばブルーの鞍の飾り刺繍は贈り主を思わせる金糸だ。
――……取り合わない方が、良いわね。
エマは「乗せてくれてありがとう」と、ノワールの首を撫でた。
ルーメンも、ノワールも、本当によく躾けられた賢い軍馬だ。
こんな諍いに巻き込んで申し訳ない。
ヴィクトールはエマの手を握りながら屋敷に戻ろうとしたが、またクラリスがヴィクトールの腕を強引に取っていた。ヴィクトールの腕に、豊満な胸が押し付けられている。ヴィクトールがクラリスの手を「やめろ」と解くが、クラリスはじゃれるようにふふふと笑っている。繰り返されるやり取りに、ヴィクトールがはあとため息をついて疲れているようだった。
――私も……なんだか、今日はとても疲れる。
◇◇◇
「それにしても、まさかクラリスが使者として来てくれるとは思わなかったよ」
「叔父様からのご依頼ですもの。当然ですわ」
「悪かったね。ここまで疲れただろう?」
「私も久しぶりにノクス領に遊びに来たいと思っていたので、ちょうど良かったのですわ。王都にいた頃はヴィクトールにはよく会えていましたけど、叔父様と叔母様には会えなくなってしまっていたでしょう」
「――ああ、そうだね」
義父とクラリスが話しているが、他は皆静かに食事を取っていた。
クラリスの鈴の音のような軽やかな笑い声が食堂に響いていた。
――クラリス様は、体力があるのね。なんだか、私はぐったりしていると言うのに……。
「それにしても、ここに来て驚いたわ。ルシアン殿下や、レイヤードまでいるんだもの」
「ああ、私もアステリアで二人と親しくなってね。ディベリアに戻る前に少し滞在させて貰っているんだ」
「特にエマ様と仲が宜しいと伺っていますわ。エマ様は準聖女にも認定されていますし、本当に素晴らしいお力をお持ちなのね」
意味ありげにクラリスがエマに視線を向けた。
「……そんな」というエマの声をかき消すように、義母が「そうなの。エマは本当に素晴らしいのよ。可憐で愛らしいし、努力家だし。クラリス、あなたも見たでしょう? あの光の柱を」と、ご機嫌に話し始めた。
「ええ、ヴァレンシュタイン領からも見えましたわ。本当に、何事かと思いました。そういえば、エマ様は私と同い年でしょう? アカデミーではお会いしませんでしたけど……?」
クラリスは首を傾げた。
「あ……それは、私はアカデミーには通っていなくて」
「え! そうでしたの。ごめんなさい。私、知らなくて……」
クラリスは大げさに驚いて見せた。
「いえ、いいんです。別に……」
「貴族の子女はみんな通うものだとばかり思っていたから」
「そんなことはないだろう。家庭教師をつける貴族もいる」
ヴィクトールは、クラリスの話に入る。
「そうね。エマ様、失礼いたしました。レイヤードにもアカデミーでお会いしたから、幼馴染のあなたもてっきり通っていたのかと。そう、あなたの弟君もちょうど私が在学中のときにお会いしたんだったわ。あなたの妹君は、ちょうど私が卒業した頃に入学して来て話題になっていたわね」
「……そう、なんですね」
「ええ、私もアカデミーでは首席を争っていたのよ。もちろん、あなたが通われていたら、敵わなかったでしょうけれど……」
「そんなこと……」と言うエマの言葉にかぶせるように、「それはそうだろうな」とヴィクトールが言った。
「エマとクラリスじゃ、比べる土俵が違いすぎる」
「ひどい! ヴィクトールったら。いつも私にばかり意地悪をするんだから……」
「別に君にばかり意地悪なんてしていない。私は自分に纏わりつく女性に平等に冷たいだけだ。――特別なのは、妻だけだ」
ヴィクトールが表情も変えずに平然と言い放つ。
エマはヴィクトールの“特別扱い”にカァッと顔が赤くなるのが分かった。
親しげに接していたクラリスも、そんなヴィクトールに一瞬言い淀んだ。
「まあまあ、ヴィクトール。そんな態度で接したら可哀そうじゃないか」と義父が、凍り付きそうになる食卓を仲裁した。
「そうですわよね、叔父様。本当に……ヴィクトールって、意地悪」
「不肖の息子がすまないね、クラリス」
「叔父様の所為ではないわ」と、クラリスももう一度ご機嫌に笑った。
その後もクラリスの話に耳を傾けながら夕餉は終わった。
ふと視線を感じて顔を上げると、さっきまで鈴の音のように笑っていた瞳が、氷のように澄んでいた。
「――皆に守ってもらってばかりなのね。ヴィクトールの妻だというのに……子どもみたい」
すれ違う瞬間、クラシスがエマの耳元にそっと囁いた。
幻聴かと思い顔を上げると、クラリスはニッと妖艶な笑みを浮かべた。
「そんなんで、ヴィクトールは……満足できているのかしら?」
エマを見下ろした目は、まるで自分が、未熟な娘扱いされているかのようだった。




