第22話 台風襲来
「ヴィクトール!!!」
豪華な馬車がノクス邸前に停車したと思うと、馬車の豪華さに引けを取らない華やかな美女が下りてきた。クラリスは、当たり前のようにヴィクトールのエスコートの手を取る。
その両者の自然な姿から、これが彼らの当たり前なのだと感じる。
エマは貴族として当たり前のエスコートを目の当たりに、少し胸がチリッとした。
義母の姪というのも頷ける。
クラリスはスラッと背が高く、背の高いヴィクトールともバランスが取れている。
二人が並ぶと見事に美男美女のカップルのように見えた。
華やかなプラチナブロンドはサラサラで艶がある。
サファイアブルーの瞳は、ヴィクトールや義母の瞳の色にも似ているものの、より色に深みがある。
旅着だとは思えないほどの豪奢なドレスは、彼女の豊満な身体を妖艶に引き立てていた。
――美しい……女性……。
クラリスの出迎えに屋敷のものは全て外で待っていたが、クラリスはヴィクトールしか見えていないのか。久しぶりの再会にヴィクトールの首に腕を絡ませている。ヴィクトールは「やめろ、クラリス」とクラリスの手から逃れようとしているが、その抵抗は王宮の令嬢たちへ向ける冷淡な拒絶とは違い、どこか“慣れ”の滲むものだった。
しばらくヴィクトールにじゃれていたクラリスも、義父母には令嬢の見本のような挨拶をした後、無邪気な笑顔で義母にも抱きついていた。クロードや使用人たちにも親しげに声をかける。クロードたちもクラリスの訪問を喜んでいるように見える。ノクス邸に留まっているルシアンを見て少し驚いた顔をしたが、面識があるのだろう丁寧な挨拶の後は親しげに話しかけていた。
――子どもの頃から……ノクス邸によく出入りしていたって、昨日お義母様も言っていたじゃない。皆と親しくて当然だわ。
ヴィクトールも、義父母もエマを紹介しようとしてくれていたが、クラリスの勢いに押されて中々挨拶の場面が訪れない。
――久しぶりに会う方が多いんだもの。その方への挨拶が先になるのは当たり前のことだわ。
クラリスの様子に、言い知れぬ不安感が募っていた。
その瞬間、妖艶なサファイアブルーが、ようやくエマの方を振り返った。
――よ……ようやく、ご挨拶ができるわ……。
皆の視線がエマとクラリスに集中しているのを感じた。
――私も……きちんと、仲良くしなければ……。
エマはおずおずと、スカートの裾を持ち上げるために両手をかけた瞬間――。
「レイヤードじゃないの!」
エマの後ろに立つレイヤードに声をかけた。
「……ヴァレンシュタイン公爵令嬢、お久しぶりです……」
「嫌だ、レイヤード。クラリスで良いって言っているのに。相変わらず生真面目な人ね。あなたもノクス家にいたのね!」
嬉しそうにクラリスが、エマの後ろに立つレイヤードに声をかけている。
――レイヤードも……クラリス様と親しかったの?
エマはスカートの裾を持った手をどうしたら良いか分からず、一度上げかけた裾を、下ろすこともできずにいた。微かに指先が震えるのを感じた。
「クラリス!」
ヴィクトールがエマの肩を力強く抱き、グイッと自分の胸に抱き寄せた。
レイヤードとの話に夢中になっていたクラリスが、ヴィクトールの声に振り返った。
ヴィクトールの腕に抱かれる状態で、エマは初めてクラリスと向き合った。
クラリスの美しい瞳に映る自分が不安気な顔をしているような気がしたが、弱気になってはいけないと背筋をスッと伸ばした。
ヴィクトールがエマの肩を抱きながら「私の妻のエメリンだ。みんなは“エマ”と呼んでいる」と、紹介した。エマは、今度こそとスカートの裾を軽く持ち上げて一礼した。
「エメリン・ノクスと申します。どうぞお見知りおきを」
先ほどまでエマが見えていないのではないかと思うようなクラリスであったが、今度が頭のてっぺんから足のつま先まで観察されているのを感じた。
――何か……おかしい、かしら。
クラリスの様子にすぐに不安がもたげるが、エマはなんとか社交用の笑みを張り付けた。
「あなたが……聖女のお姉さまなのね」
「はい。ケイティともご親交が……?」
「まあ、それなりには……。聖女のお姉さまも昔から有名ですもの。――本当に、噂通りの方なのね」
クラリスは、エマににこりと華やかにほほ笑んだ。
その笑顔に、なんとなく嫌なものを感じた。
「クラリス、どういう意味だ」と、ヴィクトールが眉根を寄せてクラリスを見た。
「どういうって……本当に美しい方だと思って。先日準聖女にも認定されたでしょう。エメリン様、私もエマ様とお呼びして宜しいかしら?」
「喜んで」
「私のことはクラリス、と。ヴィクトールの奥さまなんだもの。私にとってはお姉さまのような存在だわね。あ、でも年は同じだったかしら」
ふふふ……と笑うクラリスに、エマは反応に困り、とりあえず愛想笑いを浮かべた。
「いつまでも外にいるのもなんだ。そろそろ屋敷に入ろう」と義父が声をかけた。
「そうね」と、エマの肩を抱くヴィクトールの腕に手をスッと絡めた。
「なんだ、クラリス」
「あら、今日はエスコートしてくれないの? いっつもしてくれるのに……」
「うるさい」
ヴィクトールはクラリスの手から逃れるように腕を離し、エマの手をぎゅっと握った。
その様子を見てルシアンがスッとクラリスの手を取った。
「私のエスコートでも、我慢してくれるかな?」
「まあ、ルシアン殿下。光栄ですわ」
「では、クラリス嬢。屋敷へ」
ルシアンは、紳士的な笑みを称え、クラリスを華麗にエスコートした。
ヴィクトールを見るその目は、「貸しだぞ」と言っていた。
「エマ、大丈夫か?」
クラリスが先を歩いてから、ヴィクトールがエマの耳元にそっと囁いた。
エマはこくんと頷いた。
「ごめんなさい。うまく……できなくて」
「すまないのはこちらの方だ。本当にじゃじゃ馬で。君に失礼な態度を取って申し訳なかった」
エマは首を振った。どうしたらよいか戸惑ったのは確かだが、ヴィクトールが心配してくれているのもよく分かる。別に、ヴィクトールが悪いわけではない。ただ、私が、もう少し上手に立ち回れれば……。久しぶりに自己嫌悪が襲って来るが……、今はそんなことを考えている場合ではない。
「なるべく早く帰らせる」
「そんな……。皆も嬉しそうだし」
「嬉しくなんかないよ。皆、気を遣っているだけだ」
「そんな……」
「とにかく、少しだけ……我慢をさせる」
ヴィクトールはエマを守るように優しく包んだ。
その様子をルシアンにエスコートされて屋敷に入るクラリスがじっと見ていた。
クラリスの瞳は、ぞっとするほど憎しみに満ちたものだった。




