第21話 嵐の予感(ヴィクトール視点)
エマを伴って夕食の席につくと、同じタイミングでルシアンが現れた。
本当はあのまま寝室に籠りたかったが……。
エマが皆との夕食には顔を出すべきだと言うのだから、仕方ない。乱れた服を元に戻し、何食わぬ顔で食堂へやってきた。
まあ、まだ夜は長い。
夕食後にも、存分にエマを味わえば良い。
ルシアンはヴィクトールの頭の中が見えているような、意味ありげな視線を向けた。
「ずいぶん、仲良く話ができたようだな」と言いながら、ルシアンが席についた。
「おかげさまで」とヴィクトールは平然と答えたが、エマは俯いて顔を赤らめた。
エマは恥ずかしそうに、ルシアンを見ると
「殿下にはご心配をおかけして……。ありがとうございました」と頭を下げた。
その様子にルシアンは満足気に頷いた。
「エマのためなら、お安い御用だ。何か困ったことがあれば、すぐに言いなさい」
ルシアンの申し出に「はい」とエマは素直に答えた。
その様子にヴィクトールは、眉根を寄せた。
――確かに今回はルシアンに感謝しない部分がないではないが……。
そんな素直な反応は、私にだけ見せればいいのに――。
「エマの困りごとは、夫である私が対応しますからどうぞお構いなく」
「“エマの困りごと”が何を言っているんだ。――……全く、困った奴だな。私は、今日は手が痛くて政務が捗らなかったというのに……。自分はずいぶんとすっきりとした顔をして。なあ、ユマーノ」
後ろに控えるユマーノは、微妙な表情をしながら主人に同意した。
ルシアンは今朝ヴィクトールが叩いた手を大げさに擦った。
「誰かの馬鹿力がなぁ……」
「――今朝の件は、失礼いたしました」
「宜しい。今回の貸しはでかいからな」と、ルシアンはヴィクトールを刺すのを忘れなかった。
少し遅れて両親が現れて、いつもの夕食の風景になった。
◇◇◇
「え? クラリスが?」
エマは聞きなれない名前に、きょとんと私を見た。
「ヴァレンシュタイン家に依頼したものを、クラリスが運んでくれるそうだよ」と、父が言った。
西の森や魔獣の調査のために、ヴァレンシュタイン領の土壌や植物採取を依頼していた。
母の生家であるため、公にしにくいことも依頼し合う仲だ。
すぐに対応してくれるのは有難いが――。
「何もクラリスが持って来る必要は……」
「結婚式も来られなかったから、ヴィクトールたちのお祝いもしたいそうだよ」
「遅かれ早かれ来るとは思っていたけれど……」
母は複雑そうな笑みを浮かべた。
母にとっては、クラリスは可愛い姪だ。
幼少期は、クラリスがノクス家の“娘”のように振る舞っていたこともある。
エマとの婚約が決まらなければ、家格や年齢のバランスから見ても、ヴィクトールと婚姻を結ぶのはクラリスの可能性が高かった。周囲の貴族たちも、勝手にそう思っている者が多かっただろう。
正直に言えば、ヴァレンシュタイン家から何度かそれとなく打診もあった。
しかし、ヴィクトールが頑として首を縦に振らなかった。
子どもの頃からクラリスを知っているヴィクトールは、自分と合うとはとても思えなかった。
もちろん、貴族の結婚は割り切らなくてはならない部分もあるが、それにしてもクラリスでなくても良いだろうと思っていた。
厄介なのは、クラリスだけはそうではなかったということだ……。
ヴィクトールとエマの結婚式にも、来られなかったのではなく、来なかったのだ。
エマとの突然の婚約に機嫌を損ねていると、母が困ったように話していたのは記憶に新しい。
クラリスとしては、ヴィクトールの婚約者候補のつもりでいたのだろうが。
勝手に機嫌を損ねて、周囲が振り回されるのは良い迷惑だ。
母は気遣うように、チラリとエマを見た。
「エマ、クラリスは私の兄の子どもで、ヴィクトールにとっては従妹なの」
「そうなんですね」
「子どもの頃から、ヴィクトールにも懐いていて、よくここにも遊びに来ていたのよ」
エマは母の言葉に頷くと、「私も仲良くなれるように頑張りますね」とほほ笑んだ。
「ええ……そうなるといいんだけど――」
――難しいだろうな。
クラリスを知っているものたちは皆内心そう思っていた。
典型的な貴族令嬢のクラリスが、そこから最も遠いエマと親しくするとは思えない。
しかも、自分が収まると勝手に思っていたヴィクトールの婚約者の座を奪われているのだ。
嫌な予感しかない。
ルシアンは王都で面識があるだろうし、年齢的にはレイヤードもアカデミーで一緒だったのだろう。
複雑な顔をしている。
「その――……悪い子じゃないのだけど……いろいろと、面倒で……」
母は言葉を選べば選ぶほど、どう伝えればよいかが分からなくなったようで、黙り込んだ。
母の懸念は、最もだ。
――ああ……クラリスが来るのか。大人しくしていればいいが……。まあ、無理だろうな。
一人事態を分かっていないエマは、静かに食事を続けていた。
どう考えても、エマと合うタイプには思えない。
仕方ない。さっさと帰るように促すしかないな……。
両親の内心も、きっと同じようなものだろう。




