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不気味令嬢は、氷の貴公子に溺愛される  作者: 青海きのこ
第2章ノクス編

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第20話 昼下がりの融和

正直言うと、今日は全然研究所での作業に身が入らなかった。

ヴィクトールは、変わらない様子で所員の説明を受けたり、確認をしたりしているというのに、私と来たら……。


馬車の中でのヴィクトールの予想外の告白を思い出したり、情熱的な口づけを思い出したり、今夜のことを妄想したり、なんだかずっと落ち着かず、ソワソワしてしまっていた。


――こんなこと、今までなかったのに……。


ヴィクトールと出会ってから、エマは自分自身が知らなかった”自分”に出会っていた。


「エメリン様、この数値ですが……」


白衣姿の所員――リカルドがエマに何度も声をかけてきていたようだが、夢見心地でぼんやりしまっていた。


「……リン様、エメリン様?」

「……え?」

「どうか、されましたか?」


――どうか……?


エマの頭の中を占める不純な妄想を見られた気持ちになり、カァッと顔が熱くなった。


「エメリン様、大丈夫ですか? お熱でもあるのでしょうか?」

「ち……違うの。大丈夫。全然……元気なのよ」


慌ててエマが笑顔を見せたが、リカルドはいつものエマとの様子の違いを不思議に思っているようだった。研究者らしく理知的な容姿のリカルドは、メガネの弦を上げながらエマの顔を覗き込んだ。


「目も潤んでいるようにも見えます。ヴィクトール様にお伝えしますので、今日はお休みになられた方が……」


リカルドは心配そうな顔でヴィクトールを呼びに行こうとしている。


――やめて! こんなことで……。


「だ、だめ! リカルド……本当に、なんでもないの」


反射的に、リカルドの白衣の裾を掴んで引き止めていた。


「え?」

「あっ……ごめんなさい」


慌てて手を離した。


「いえ」

「あの……本当に、私は大丈夫だから。心配させてごめんなさい。ちょっと……その、気になることがあって……それで……上の空になってしまっただけなの。だから、ヴィクトールの手を煩わせるようなことではないの」

「それならよいのですが……」


リカルドはまだ少しだけ心配そうにしている。

エマはリカルドを安心させるため、リカルドが手に持っているデータを受け取り資料をよく見た。


「魔獣のデータね」

「西の森の植物のデータと、アステリアで魔獣が出没した付近の植物のデータ比較です」


アステリアの魔獣出没地域についてのサンプル採取も、カイルの力を借りて秘密裏に行っていた。


「瘴気の量が異常に高いものが時折あるわね」

「はい」

「特にアステリアのもの……」

「そうなんです。もちろん、通常程度の瘴気と見られるものもあるのですが……」


アステリアで見た魔獣は大型のものが多かった。

体内に取り込む瘴気の量は、身体の大きさにも比例はするだろうが、群を抜いて高い粘液のものがある。


――通常の魔獣と思われる粘液と比較すると、十倍では効かない量……。


「これほどの瘴気を体内に宿すことができるのかしら」


あまりに多量の瘴気に当てられれば、身体ごと崩壊することも考えられる。


「……通常の魔獣ではない、個体が存在する、ということ……?」


私たちの目には同じように見えている魔獣の中に、変異株があるのだろうか。

西の森のデータにも、森の奥に行くと”変異株”と思われる魔獣の痕跡がいくつか見られる。

奥に行けば、この”変異株”の調査が進む……? 

もしかしたら、生存個体に遭遇することもできるかもしれない。


「じゃあ……」


リカルドは、エマの言葉を察したように首を振った。


「エメリン様、それはお許しは出ないと思います」


西の森の奥深くのデータは、ヴィクトールが騎士たちを派遣してサンプルを採取してくれた。エマ自身が行くことは、頑として許さなかったのだ。


「……でも」

「私も、心配です。もし、エメリン様の御身に何かがあったら……。ノクスの騎士たちは魔獣討伐にも慣れていますし、特殊訓練を受けている者たちです」


確かにリカルドの言うことは一理ある。

餅は餅屋、ということだろう。

私が行っても足手まといになるのも目に見えている。

でも、直接森の奥を観察できれば気が付くこともあるかもしれない。


とりあえず、機嫌がよいときを見て一度相談してみるのも……。

エマはリカルドの進言を受け止めながらも、密かにヴィクトールの攻略方法も考えていた。


◇◇◇


帰りの馬車の中では、ようやくヴィクトールと二人に慣れて嬉しかった。

迷うことなく、自分からヴィクトールの腕に身を寄せた。

ヴィクトールはそんなエマに驚いたように目を見開いたが、目を細めると少し照れたように車窓を見た。

そんな仕草が、甘えることを受け止めてくれているのを感じて、エマの中にも湧き始めた“独占欲”が満たされていく。


二人だけの時間がもっと続けばいいのに……。


そう思っていると、馬車はノクス邸に辿り着き、ゆっくりと停車した。


――あっという間だったわ。お屋敷についたら、また夜まで待たなきゃいけないのね。


名残惜しそうにエマがヴィクトールの腕を離し、ヴィクトールのエスコートの手を取った。

すると、グイッと強い力で引かれた。

バランスを崩して倒れそうになるのを、ポスッとヴィクトールの胸に抱きとめられた。


――え?


「エマが可愛いことをしてくるから、悪いんだよ」とそっと耳元で囁くと、使用人への帰宅の挨拶もそこそこに、そのまま半ば引きずられるように寝室へと向かった。


扉を閉めると、ヴィクトールがエマを軽々とベッドにポンッと放った。

その仕草は、いつもより少し荒々しい感じがした。

ベッドに横になるエマにすぐに覆いかぶさり、自分の服を手際よく寛がせている。

ヴィクトールの行動の意図が分かると、顔に熱が集まるのが分かった。


――……私もすぐに二人になりたいと思っていたけれど……。


自分も散々研究所で妄想をしていたので、ヴィクトールだけは責められない。

でも、まだ窓からは明るい日差しが入っている。

こんな日が高いうちから睦事に更けるなんて……そんなふしだらなこと……。

と思う一方で、自分も散々ふしだらな妄想をしていたことを思い出す。

エマの戸惑いを察したヴィクトールが不貞腐れた顔をした。


「車内で私がどれだけ我慢していたと思うんだ」

「え?」


――車内では車窓をのんびり見ていたのかと思っていたけれど……。


「あんな顔で……エマからくっついて来て」


咎めるようなヴィクトールに、エマはつい言い訳を口にする。


「だって、ヴィクトールに触りたくて……。だめだったの?」


優しい目で受け入れてくれていたではないか。


「だめなわけない」

「だったら……」

「でも、私の理性にも限界がある」

「――え?」

「車内でこうして触りたい衝動を、必死に耐えたんだ。もう我慢はできない。ちょっとだけだから……我慢してくれ」


ヴィクトールの手がエマのスカートの中にもぐり、素足を撫でた。

ブラウスのボタンも外そうとしているが、焦っているのか引きちぎられそうな勢いだ。


「ちょ、ちょっと……ヴィクトール」

「なんだ。もう、待てないって言っただろう」


服の上から胸の膨らみを捕まれ、噛みつかれた。

その刺激に身体が反応する。


「そうじゃ……なくて」


エマの言葉を抵抗と受け取っているのか、取り付く島がない。


「ヴィクトール!」


「なんだ」と珍しくイライラしたように動きを止めた。

ヴィクトールの目は獣のように、怪しい光を放っていた。


エマは自分の体勢を立て直すと、自分の服のボタンに手をかけた。


「自分で……脱ぐから、ちょっと待って……」


エマが自分の衣服を脱いでいる姿を見ると、ヴィクトールが少し落ち着きを取り戻したようだった。

エマの素肌が露わになると、ヴィクトールの手がエマの身体を張った。その手は優しい手つきに変わっていた。


「エマ……。ごめん。また、抑えられなくなって……。君に乱暴に……」

「ううん。びっくりしたけど、嫌なわけじゃなくて……。んっ……」


ヴィクトールがエマの身体を優しく刺激する。

ヴィクトールの手つきに気付くと翻弄されてしまう。

獣のようなヴィクトールは少し荒々しくて怖いけど……それでも、好き、なのだ。

自分のことを心から求めてくれているのが分かるから。


「私も……ヴィクトールに触りたいって、研究室でもずっと思っていて……」


恥ずかしいけれど、きちんと自分の気持ちを正直に伝えないと。

エマはヴィクトールに自分から口づけをした。

唇を離すと、惚けているヴィクトールがいる。


「恥ずかしいから……カーテン、閉めてもいい?」と聞くと、ヴィクトールは光の速さでカーテンを閉めた。そんなヴィクトールの挙動に、思わず笑いが零れる。


「なんで笑っているの?」

「だって……」

「あんまり意地悪しないでくれ。我慢できないって言っただろう?」と唇を尖らせた。

そんな仕草が可愛くて、愛しくて笑っていると、今度はヴィクトールが悪い顔で囁いた。


「――……昼間、君は研究室で何を考えていたの?」

「え……。それは……」


――言えるわけが、ない。


正直に自分の気持ちを伝えることは大切だと思ったけど、それとこれは別だ。

なんでも正直に言えば良いというものでもない。


「正直に教えて。エマが考えたことを……全部、してあげるから」


ヴィクトールが不敵な笑みを浮かべた。

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