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不気味令嬢は、氷の貴公子に溺愛される  作者: 青海きのこ
第2章ノクス編

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第19話 口づけ

二人きりの車内は、張り詰めたような妙な沈黙に包まれていた。

最近はずっと隣同士で座っていたが、今日は向き合うかたちで座っていた。

目を合わせるのが、少し恥ずかしい。

ヴィクトールの耳が赤くなっているのが分かった。

何からどう切り出せばよいか逡巡したが、胸に手を当てて意を決し、声をかけた瞬間――二人の声が重なった。


「エマ」「ヴィクトール」


お互いの名を、お互いに呼んでいた。

その瞬間、気まずいと思っていた視線が絡み合って、思わず笑ってしまった。


――ああ、一体何をしていたのだろう……。


「ヴィクトール、意地を張ってしまってごめんなさい」

「いや、私の方こそ。変な態度で君を困らせたようで……」


エマは大きく首を振った。


「――私が……その、“跡”のことで、意地悪をしてしまったの」

「意地悪?」


ヴィクトールがきょとんとした。エマは恥ずかしそうに口を開いた。


「その……――。“跡”を人に見られるのは、恥ずかしいのは本当なの。その、服選びに困るのも。いつもあなたに翻弄されてばかりだから、ちょっとお灸を据えようと思って。怒っている振りをしてしまって……」

「いや、でもそれは私が悪い。反省している。私のつまらない独占欲で……」


ヴィクトールが叱られている大型犬のようにしょんぼりとした。


「そうじゃないの!」

「――……え?」

「その……そうじゃなくて。その……ヴィクトールが、私が怒ったあと……態度が変わったでしょ?」

「あ、ああ……?」

「口づけをしてもすぐ離れてしまうし、“跡”もどこにもつけなくなってしまったし、いつもどこか触れてくれていたのに全然触れてくれないし……」


エマは恥ずかしくて、きょろきょろと落ち着かないように顔を動かしていた。

ヴィクトールはそんな落ち着かない様子のエマを、まっすぐに見つめていた。


あのときのヴィクトールを思い出して、自分の言葉に悲しくなってしまう。


こんなことを言うのは、はしたないのは分かっている……。

でも……そういう自分も、彼に知ってもらいたい思いもあった。


「それが……とても寂しくて……。あなたの“跡”に困るとあんなに言ったのに、身体中からあなたの“跡”が消えていくのが、すごく……怖くて……――」


――寂しかった。


ヴィクトールに告白をしながら、自分が感じていた不安の輪郭を掴んでいくような感覚した。


エマの身体を黒い影が覆ったと思った瞬間、ヴィクトールが立ち上がって馬車のカーテンを閉めた。


「……え?」


明るい陽射しが隠れたと思ったら、ヴィクトールがエマの隣にスッと座った。

ヴィクトールは、逃がさないと言わんばかりに、エマの顎に手を触れた。

強引に上を向かせると覆いかぶさるように唇を寄せた。

ヴィクトールの舌がエマの口内に遠慮なく侵入し、息が絡み合う。


「あ……んっ……」


エマから吐息が漏れたが、解放される素振りはない。

エマを存分に味わうようにヴィクトールがエマの唇を離さない。


――嬉しいけど……息が……。


「ん……あっ……ヴィ……」


背中をトンッ……と叩くと、ようやくヴィクトールが唇を解放した。

ヴィクトールの腕に包まれる安心感と、突然の口づけの深さに身体の力が抜けていく。

瞳に映るヴィクトールの唇は、唾液と、エマの口紅も少し付いてしまっている。


ヴィクトールは、腕の中でぐったりとしているエマを抱いた。


「ごめん……。我慢が……。エマがあんまり可愛いことを言うから……」


ヴィクトールは、エマから視線を反らした。


「――エマに……嫌われるのが何より怖かったんだ。私は独占欲の強い男だし、君が傍にいるとすぐに際限なく触れてしまう。エマが怒っている様子を見て……このままだったら、愛想をつかされるのではないかと……思って……」


――……え?


今度はヴィクトールが気まずそうに告白を始めた。


「令嬢は余裕のある紳士的な男性を好むと思って……――」


ヴィクトールの言葉を聞いて、今まで不思議に思っていたことが、ストンと腑に落ちた。


――あの、行動は……そういう、意味だったの?


「私は……あなたが、私に興味を失ったのかと……」

「そんなことあるわけないだろう!」

「でも……――」


情けないヴィクトールの顔を見ると、前より愛おしく感じた。

ヴィクトールも同じように感じてくれていたら、嬉しい。


「ヴィクトール、口紅が……」と言うと、ヴィクトールはぐっと手の甲で乱暴に拭った。


――……リップは透明なものに変えてもらおうかしら。どうせ、私のものもすぐに剥がされてしまうのだし。


静かに馬車が停車するのが分かった。


ヴィクトールが小さくため息をついた。


「もう着いたのか……」


その反応にくすっと笑ってしまう。


――いつもの、ヴィクトールだ。


「……“責任”があるのでしょう?」

「……――分かっている。仕事はするさ」


――私だって、もう少し二人の時間を楽しみたかった。


ヴィクトールは名残惜しそうに私の唇を指でなぞると、「二人になるのは夜まで、我慢するよ」と囁いた。ヴィクトールは車内のカーテンを開け、何事もなかったかのような顔をして、馬車の前で待っていた所員に笑顔で対応した。


ヴィクトールは紳士の顔でエスコートのために手を差し出した。


エマは差し出された手を握りながら、「私の方が……待てないかも……」と密かに思っていた。

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