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不気味令嬢は、氷の貴公子に溺愛される  作者: 青海きのこ
第2章ノクス編

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第15話 妄想

ヴィクトールの愛馬は、美しい白毛の馬だ。大きな黒目が愛らしく、よく躾けられていて大人しい。


「かわいいですね。たてがみも素敵」

「ルーメンは大人しいから、触りたければ触っても大丈夫だ」

「いいんですか?」


目を輝かせると、ヴィクトールがくすっと柔らかく微笑んだ。


「ルー、エマだ。エマ、首元を撫でてやるといい」


ヴィクトールのアドバイス通り、首元を撫でるとルーメンは気持ちよさそうに目を細めた。


――かわいい! リュクノール領では動物は飼っていなかったから、新鮮だわ。


ルーメンに夢中になっていると、背後からふわっと大きなストールをかけられた。

振り返ると、ヴィクトールが甲斐甲斐しくストールを巻き、ストール用のピンで器用に固定してくれた。ルーメンと同じ、真っ白なシルク素材のものだ。ストール用のピンにはアクアマリンがあしらわれていた。こんな上質なものを、日常的に身につける生活を、エマはまだ知らない。


「これは……?」

「馬車と違って、乗馬での移動は冷える。風邪を引いたら困る」

「でも、ヴィクトール様には乗馬用のブーツやグローブまで揃えていただいたのに」

「ヴィクトール、だ」


ヴィクトールはエマの唇に指を立てた。

まだ、新しい呼び名になれずこうして指摘されている。


「こんなにいただいてしまって……」

「気にしないでくれ。経済を動かすにもたまの贅沢は必要だ。高級品を買う者がいないと、店もつぶれてしまう」


エマは昨夜、“お詫び”としてヴィクトールから贈り物をされていた。

深刻な顔をして贈り物をしてくるヴィクトールを見て、「やり過ぎてしまった」と反省していた。

むやみやたらと“跡”を残すことだけ、控えていただければ良かったのに。

こんなことになってしまうとは……。

確かに昨日は、ヴィクトールと向き合うと、笑ってしまいそうになるので時折目を反らしていた。

その仕草が、ヴィクトールは大きな拒絶――まだ怒っている、と受け止めていたようだ。


昨夜は眉を下げながら「私から目を反らさないでほしい」と懇願されてしまった。


予想以上の反応に、良心が痛んだ。

それに……――。

革製のブーツに揃いのグローブ、シルクのストールにアクアマリンのピン……。

一体私への謝罪にいくらかけたのか。

リュクノール家では、贅沢品を買うことは少なかった。

祖父母は贅沢や必要以上の社交も好まなかったし。

(ただ、研究費には大きな予算は割かれていたけれど……)

ノクス家も領民思いで他領よりも税率も低く抑えられている。それに、高位貴族の家としては質素倹約を旨としているようではあった。が、義母やヴィクトールの贈り物攻撃は、エマにとっては異次元の買い物だった。


――怒った振りもほどほどにしないと、私の身がもたないわね。


ルーメンに乗せてもらい、西の森までの土地の土壌を採取しに行くことになっていた。

供は引き連れているが、ルシアンは政務のためにいない。


――なんだか、こうやって二人で外にいるのは久しぶりだわ。


ノクス観光もエドワードやルシアンが同行していたし、西の森へもルシアンが一緒にいた。

別に邪魔に思っているわけではないけれど、こうやって二人で一緒に出掛けるのは嬉しい。

周りの目を気にすることもないし……。


ルーメンを颯爽と乗りこなすヴィクトールの顔を眺めた。


遠くを見つめるアイスブルーの瞳は魅力的だ。

ストールのピンにあしらわれたアクアマリンよりもキラキラしている。

まつげも長い。


子どもの頃に読んだ絵本の中の王子様のような、ヴィクトールの姿はいつ見てもうっとり見とれてしまう。


――おとぎ話やロマンス小説みたいな出来事は、私には起こるわけがないと思っていたから遠ざけていたけど……。分からないものだわ。こんな素敵と結婚しているなんて。


それに、ヴィクトールは見た目だけ素敵な王子様ではない。

アステリアでの魔獣討伐のときは、剣も、魔法も超一流だった。

お仕事だって、カイルに請われて側近をしていたわけだし。

ヴィクトールは鬱陶しがっていたけれど、あれだけ女性にモテるのも頷ける。

何より……――。


エマは真剣な表情を崩さないヴィクトールをまた盗み見た。


――このヴィクトールが、自分に甘い態度なのが何よりもエマの心を満たしていた。

人前での口づけや“跡”は恥ずかしいし、困る部分はあるけど、それだけ情熱的な目を向けられることはエマの胸を高鳴らせた。

だからこそ、真剣に拒否できず、ずるずると跡を残すことを許していたわけだし。

今も、あんなにたくさんでなければ、つけてほしいとすら思っているのも否定できない。

本当は、ヴィクトールのことばかり、責められない。

いつもならエマの視線に気が付いて見てくれるのに、今日はずっと遠く見ていて視線が絡まない。

ヴィクトールの手綱を握る手に、ぐっと力が込もるのが分かる。


――私、ちゃんと……ヴィクトールのことが、好きなんだわ。


そんなことをぼんやり考えていたら、ルーメンがゆっくりと止まった。


「着いたよ」


ヴィクトールが貴公子の微笑みでエマを見つめた。

畑作業中の領民に親しげに挨拶し、付近の土壌を採取した。

領民たちはエマとヴィクトールの行動に興味深気に遠巻きに見ていた。

不思議なのは、何を思ったのか時折祈るようなポーズまでしていたことだ。

ヴィクトールもそれには怪訝そうだったが、害はないと思ったか好きにさせていた。


西の森のときと同様に、エマが動く前にさっさと指示を出され、お供の騎士たちがサンプル採取を行ってしまう。


――この調子じゃ、指示以外することがないわ。


「エマ、この付近の植物も採取するか?」


ヴィクトールの質問よりも、唇の動きにエマが気を取られてしまう。

ヴィクトールの唇が、視界に入る。


――キス、したい。


そういえば、昨夜もキスをしてくれなかった。

いつもは何度も口づけをしてくれるのに。

今日は二人きりなのに。

ルーメンの上でも、必要以上に身体に触れられることもなかった。


――いつもは、あんなに触れてくれるのに……。


「エマ?」


ぼんやりしているエマを不思議そうにヴィクトールが見る。


――私ったら、何を……。みんな私のためにこんなにやってくれているというのに。


エマは自分の妄想していたことが急に恥ずかしくなって、顔が熱くなるのが分かった。


「はっ……はい! お願いします」


挙動不審なエマを少し不思議そうに見たが、特に追及することもなく、騎士に新たな支持を手際よくしてくれていた。エマは自分の邪な思いを落ち着かせるために、休憩中のルーメンの首を撫でながら気持ちを落ち着かせていた。


――私、おかしくなったのかしら……。


考えまいとすればするほど、ヴィクトールとの口づけのことばかりを考えてしまっていた。

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