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不気味令嬢は、氷の貴公子に溺愛される  作者: 青海きのこ
第2章ノクス編

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第12話 新たな脅威

「え? そんなに、ですか?」


昨日の鑑定結果を伝えたところ、レイヤードは驚いた顔をした。

義母も少し驚いていたようではあったが、なんだかすぐに納得していた。

義父とルシアン殿下にいたっては、分かっていたようにまるで動じた様子はない。


エマは幼馴染であるレイヤードの反応が最も親近感が湧いた。


――そうよね、レイヤード。そう思うわよね。


リュクノール領で、高位貴族らしい社交もほぼなく、令嬢らしい教育もほぼなく、伸び伸びと個性を伸長してもらっていた。レイヤードもそんな牧歌的な教育とともにあったから、エマの力が特殊だとは思っていたが、そんな強大なものだとは思いも寄らなかった。


「西の森の土壌分析の結果ですが、森の入り口付近と5キロ、10キロ地点のものと比較すると、森の奥ほど瘴気の影響があることが分かりました。植物も同様の結果ですので、おそらくこのことと魔獣出没の減少は何らかの関係性があるのではないかと考えています」


エマは研究所で分析された3つの土壌分析結果を提示した。


「なぜ森の瘴気が減少したのか、ということだな」と、義父はエマを見た。

「はい、そうです」

「魔獣出没率が低下したのは、約半年前。エマがノクス領に現れて、騎士に中和魔法を用いた時期以降だ」というヴィクトールの発言に、義父は深く頷いた。ヴィクトールが言わんとしていることを察しているようだ。

「エマが騎士に放った中和魔法が、騎士を超えてノクス領の瘴気を払ったと私は考えています」


エマは自分の魔力の間接的な関わりを想定していたが、魔力量が明らかになったいま、直接的に関わっていたと考えるのが妥当だ。コントロールできている力ではないので、あまり自覚も実感もないけれど。


「診療所から西の森まではおおよそ50キロ。ノクス領のおおよそ3分の1か……」


義父がぽつりとつぶやいた。


「そのくらいまでのエリアは、無自覚に瘴気を中和できるということなんだな」


義父が大きく息を吐いて、何かを考えているように両手で目を覆った。


「飽くまでも仮説ですから、診療所から西の森までの土地の変化も調査してみるつもりです」

「まあ、それはやっておいた方が良いな」


義父がエマを鋭い視線で見つめた。


「エマ、君を研究者として信頼して尋ねるが、君はこの現象をどう見ているんだ?」


義父の発言に、一気にみんなの視線がエマに集中した。


「それは……――」


――う、答えにくい……。けれど、研究者としての見解を求められているのだから、きちんと冷静に事実を分析しなければ。


「最も可能性が高いのは……――。ヴィクトールが言うように、私の中和魔法が、植物や土壌だけではなく、魔獣の瘴気にも影響した可能性かと思います」

「……やはり」

「私も自分の力のコントロールについて、よく分かっていない状況ですので申し上げにくいのですが、昨日の鑑定の際に私の身体に巡った力は……確かに、今まで感じたことのないものではありました」

「そうか」

「この力をコントロールできれば、もしかしたらノクス領の魔獣の問題にもお力になれることがあるかもしれません」


義父はエマの言葉に、労わるような笑みを浮かべた。


――自分のことを知ることが怖いとも思ったが、なんとなく分かってしまった今は、この力が皆のためになるというのなら、私は……逃げてはいけない。ヴィクトールや義父母はもちろん、ノクス邸で親切にしてくれる使用人、パレードに来てくれた領民の人たちの姿を思い浮かべると、そんな風に思うことができた。私の力で、彼らを救えるのなら……。それに、私は一人ではない。


ここに集まっている人たちの顔を見た。私は、産まれてから今までずっと多くの人に支えられて生きてきたんだわ。


「それに魔獣についても、不思議に思うことがあって……」

「なんだ?」


遠慮なく言いなさいと、義父がエマに声をかけた。


「枢機卿が魔獣を操ったというのが……どういうことなのかとずっと考えておりました」

「闇魔法で操ったという話だったね」


二カ月前にアステリアを襲った狂気の夜を思い返していた。

アステリアは、魔獣に襲われ一瞬にして戦場と化した。

魔獣たちの獰猛な雄叫び、流血。

魔獣に傷つけられた傷跡は、ケイティの治癒魔法やエマの薬の効果で多くは癒えたが、あのときの恐怖や壮絶な痛みが消えるわけではない。あの日の恐怖を抱えている者もいまもなおいるだろう……。

突然の恐怖に巻き込まれたロイのような子どものことを思うと、胸が締め付けられる。


あのときの魔獣たちの姿を忘れることができない。

エマは義父の問いかけに静かに頷いた。


「はい。アステリアに集まった魔獣は、通常の魔獣の動きとは異なっていましたし、確かに枢機卿が魔獣を操っているようにも見えました。でも……――。闇魔法で操れるのは、本来、高度な精神を持つ存在のはずです。それが、獣である“魔獣”にどうして効いたのか、ということです」


魔獣は瘴気と一体化した獣が姿を変えたかたちだと言われていた。元は獣である魔獣に、操られるほどに高度な精神の隙――人間のような恐怖や不安、劣等感などがあるとは思えない。いくら枢機卿が闇魔法に長けていたとて、それだけで片付けられる事象とは思えなかった。


「確かに、一理あるな」義父はエマの発言に同意した。

「実は今回採取したサンプルに魔獣の粘液と思われるものや、不自然な魔力の痕跡が混じっていたものもあって……。魔獣の研究サンプルはとても少ないので、もう少し調査をしてみたいと考えています」

「エマ!」


ヴィクトールが厳しい声でエマを咎めた。


――やっぱり……。


エマはヴィクトールに叱られる覚悟だったが、予想通りヴィクトールはこれ以上ないほど不機嫌な顔をしている。


「魔獣の調査だなんて、危険すぎる。私は……賛同できない」

「私もそれはどうかと思うわ」義母までヴィクトールの味方になってしまった。

「でも……――」

「ダメだ」「ダメよ」


取りつく島のない様子のヴィクトールや義母に、義父も少しエマに同情した顔をした。


「ヴィクトール。お前の心配も分かるが、エマは子どもではない。立派な研究者だ。冷静に考えれば、自分がすべきことは何かが分かるんじゃないか」


義父はヴィクトールに諭すように言った。


「--父さんは、エマに甘すぎます」

「お前ほどではないよ」

「私は……」


ヴィクトールは自覚があったのか、そのことについては否定しなかった。


「とにかく、魔獣の調査は土壌調査とは違う」

「お前がずっと一緒に行けば良いだろう。このことはノクス領にとっても重要なことだ。次期ノクス辺境伯として、お前とエマが責任を持って調査しなさい」

「お義父さま……!」

「父さん!」


エマがパァッと顔を明るくして義父を見た。その横でヴィクトールは肩を落として項垂れている。

義父は義娘の笑顔に目尻を垂れたが、「あまり無理なことはしてはいけない。うるさいかもしれないが、ヴィクトールと相談しながら進めなさい」と釘をさすのも忘れなかった。


「ヴィクトール、よろしくお願いします」


ぺこりと頭を下げると、はあと大きなため息をつかれてしまった。


「……まったく。エマ、くれぐれも……勝手な行動は慎むように」

「はい!」

「私も鍛錬を強化しないと……」

「エマ、本当にあまり危険なことをしちゃだめよ。危険なことは全部ヴィクトールにやらせるのよ。いい?」


義母は言い聞かせるようにエマの手を取った。


「は……はい。大丈夫です……」


――一体、私はお義母さまにどんな人間だと思われているのかしら。


「それにしても……。リュクノール領も、リンドン領も、魔獣の出現率が低かったのは……エマのおかげだったんだな」


レイヤードがしみじみと呟いた。


「まだ、確定したわけじゃないのよ」

「いや、でも。考えれば考えるほど、今まで気づかなかったのが不思議なくらいだ。リンドン領は、ずっとエマの力の恩恵を受けていたんだな」


レイヤードは感謝するように、エマを見て目を細めた。


「エマ。俺にも調査の協力をさせてくれ。今まで、エマに受けていた恩に少しでも報いたいんだ」


レイヤードの目には少しだけ、後悔が滲んでいるように見えたのは気のせいだろうか。


「エマの力が明らかになったのは良いことだが、今後の対策が必要だな」


ずっと黙っていたルシアンが、初めて口を開いた。

義父母やヴィクトールの目が光ったのが分かった。

皆、私の力に呑気に喜んでいなかったのはこのためだったのか……。


「これだけの力があると分かれば――エマを“手に入れたい”と思う者は、確実に増える」


ヴィクトールは忌々し気に眉を寄せた。

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