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不気味令嬢は、氷の貴公子に溺愛される  作者: 青海きのこ
第2章ノクス編

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第10話 レッスン

「中和魔法を使うイメージなんですが……。なんていうか……、こう。身体の中の瘴気を捕らえて払うというか……。心の中で『治れ~』と強く祈るというか……」

「治れ~……?」


――は、恥ずかしい。


ルシアンはきょとんとして、エマのしているように手をかざす真似をする。真面目にやってくれればやってくれるほど、自分の不甲斐なさに臍を噛む。


――我ながら、ここまで説明が下手だったとは……。


ルシアンに繰り返される自分の幼稚な言葉に羞恥心が募る。項垂れているエマに、レイヤードが助け舟を出す。


「今まで気にしていなかったけど、闇魔法ってずいぶん……こう、観念的っていうか、抽象的なんだな。火魔法の使い方とはずいぶん違う」


レイヤードは火魔法、ヴィクトールは火と風魔法の使い手だ。火・水・風・土魔法の使い方は、目に見えるということもあり、割と物理的なイメージで使用可能だ。対して、闇・光魔法は観念的なイメージを深める必要があり、習得するのに時間がかかる。まして、闇魔法の研究は極端に数が少ない。闇属性所持者は公にしないことが多く、他属性と比較すると使用方法はかなり遅れている。


「そうだな。私も火と風しか使えないから、闇魔法の使い方は興味深い」


先日の戦闘を見る限り、ヴィクトールがかなり高度な使い手であり、魔力量も相当なものであることは明らかだ。そんな人に、こんな不甲斐ない姿を見られているというのも……。部外者二人の存在は、エマの羞恥心をさらに煽った。


「ヴィクトール様、レイヤードも、申し訳ありませんけど少し離れていてくださいませんか?」


ヴィクトールは「ん?」という顔でエマを見る。


「エマ、君がそんなに物覚えが悪いとは驚きだ」


エマは昨夜のヴィクトールの“お仕置き”を思い出して、首まで顔が赤くなった。


「ヴィ、ヴィクトール……。ちょっと、あちらに行ってください」


ヴィクトールはため息をつくと、エマの頬にちゅと音を立てて口づけをした。


「ヴィクトールさ……人前です!」

「嫌なら言いつけを守りなさい。ルシアン殿下、分かっているとは思いますが、これはレッスンですから。余計なことはゆめゆめお考えになりませんよう……」


ルシアンに睨みを利かせることも忘れずに、レイヤードを連れて離れた場所へ移動してくれた。


――はあ、ようやく少し緊張感から解かれたわ。


ルシアンをチラリと見上げる。ルシアンは確かにエマに好意を寄せてくれていたようだが、ルシアンがそれ以上に帝国のことを思っていることは分かっている。ヴィクトールもそれはよく分かっているはずなのに。中和魔法を学びたいという彼の思いに、邪なものなどあるわけがない。


「ルシアン殿下、ヴィクトール様が失礼を申しましてすみません」

「ヴィクトールと言わないと、今度はどこに口づけられるか分からんぞ」


ルシアンは楽しそうにくすくす笑っている。


「ル……ルシアン殿下まで揶揄わないでください」

「どうせあの男のことだ。ジャンにでも嫉妬して君をネチネチいたぶったんじゃないのか?」


ルシアンの想像が当たらずとも遠からずなことに動揺する。


「当たり、か」


エマの反応にルシアンはますます笑いだす。


「もう……」

「ああ、まずい。君のヴィクトールの目が険しくなっている。遊んでいると思われてレッスンが中止になると困る」


ルシアンは急に真顔を保った。その様子に今度はエマが思わず笑ってしまう。


「エマ、笑うな。真顔を保て。さまなくば、君は今夜も酷い目に遭うぞ」


ルシアンのもっともな警告に、エマも慣れないポーカーフェイスに徹することにした。


「先ほどのことですが、念じることよりも、瘴気を払う、瘴気に光を当てて和らげるイメージを持つことが良いかもしれません」

「和らげる」

「はい。中和を操るときは、思念を明確にイメージすることで効果が格段に変わります。祖父からは“闇を均す”とも教わりました。闇の中に“ほの暗い光”が見るイメージです」

「なるほど。大分イメージが湧いてきた」

「論より実践ですね。これは一昨日持ち帰った西の森の葉です。研究所に持ち込んで検査したところ、やはりこの暗く色づいたところには瘴気が影響しています」


乾燥させて固くなっている黒い葉を取り出した。


「この葉に、殿下の力を送ってみてください。闇を均す、光で和らげるイメージです」


ルシアンの手の上に黒い葉を置く。ルシアンは集中するため、目を閉じ頭の中でイメージしているようだ。ルシアンの手の上の葉は黒いままだった。しかし、しばらくするとルシアンの身体からほの暗い光が微かに見えた。


ルシアンの手の平に置かれた黒い葉が、僅かに色が変わっていくのが分かった。


ルシアンのおでこから汗が一筋滴り、目を開ける。ルシアンの手の平に置かれた葉の色が少しだけ鮮やかな緑に変わっている。


「ルシアン殿下! すごいわ!!」

「ああ……。なんとなくだがイメージが掴めて来た」


嬉しくて思わず葉が置かれたルシアンの手にきゅっと触れた。


「エマ……」

「あっ! 失礼しました。嬉しくてつい」

「いや、私は全然構わない……むしろ嬉しいんだが――」


ルシアンはちらりと視線を動かし、二人の様子をじっと見ているヴィクトールを確認した。

口元を笑っているが、目が全然笑っていなかった。


「今日はこれで終わりだな。いや、エマ。ありがとう。なんとなくイメージが掴めて来た。しかし、この中和魔法はずいぶん魔力が必要だな」


ルシアンは自分の手のひらにあった枯れ葉を陽に透かしている。黒く瘴気が滞留していたと思われる場所は完全ではないが、自然な色に変わり、普通の枯れ葉に近付いている。


「成果があったようだな」


近付いて来たヴィクトールがルシアンの持つ枯れ葉を見た。

ヴィクトールの顔には、社交用の笑顔が張り付いている。


「ああ、エマのおかげだ」

「そうか。さすがだな、エマ。教師としての実力もあるとは」


ヴィクトールは満面の笑顔でエマを見ているが、エマは背筋が凍った。


「ルシアン殿下の覚えが早いのですわ! 魔力量も私とは雲泥の差ですし」


急場しのぎであることは分かっているが、エマはルシアンに話の矛先を向けた。


「それなんだが……。エマ、君は正式に魔力の測定などは行っているのか?」

「え?」


この世界で魔法を使えるものは貴族が多い。貴族の子女は、魔力量の差こそあれ、魔法を使うことはできるとされている。その魔法を国や領地のために使用することは、貴族として義務だ。

とは言えみんなが公式に測定されるわけではない。家族で測定ができるものがいればそれで済ますケースもあるし、領地の教会の司祭などがその役割を担うこともある。

高位貴族や魔法に特化した家系の子女に関しては、大司教以上のクラスの聖職者に自分の魔力を送り、測定してもらうことになっている。測定者よりも魔力量が多い場合は、正確な測定が難しいケースもある。ケイティがその例だった。彼女の魔力量がどれほどのものかは、正確には分からない。


「私は教会では測定されていません」


エマの場合、産まれてすぐに“闇魔法所持者”だと祖父が気付いたからだ。

教会で測定され、公式になるわけにはいかなかった。


「というと……――」

「私の魔法の測定は祖父が」

「トレラー卿か。トレラー卿は確かに薬師として優秀だが……」

「魔法の測定者としては素人だな」

「そんなことっ」


ヴィクトールがズバッと言った。ルシアンも頷く。

エマに薬学も魔法も教えてくれたのは祖父だ。

確かに魔法の専門家ではないのは事実だけど……。

それでも、“中和”の考えだって祖父から学んだというのに。


「実は私もその点は気になっていたんだ」

「トレラー卿を疑っているわけではない。ただ、トレラー卿は君も知っての通り、薬学の権威であって、魔法についてはそうではないというだけだ」

「それは……そう、ですけど」

「君の能力は専門家に鑑定されていない。それは事実だろう?」

「まあ……それは」


ヴィクトールはエマを見つめる。


「エマ、君は魔力量が少ないと言っていたが……、それは誤った認識かもしれない」

「え?」

「いま中和魔法を初めて使ったが、まあ慣れないということを差し引いても、相当な魔力量が必要だと感じた。君はこの力を使って、騎士の一命を取り留めたのだろう? しかも、その後も他の騎士の治療にも当たっている」と、ルシアンが述べた。


ヴィクトールはルシアンの発言に深く同意した。こういうときは、本当に二人は気が合うようだ。


「あの光の柱の話を聞いたときも思った。ケイティの魔力量を借りたと君は言っていたが本当にそれだけだろうか」

「光と闇の融合……の場合、魔力量はほぼ同等と考えるのが筋のような気がするが」


二人はどんどん話を進めていく。確かに通常“融合”と言えば、同程度と考えるのが自然かもしれない。しかし、あれはケイティの魔力が成せる“不思議”と思っていたが……。


「研究者の君が、自分の力を“不思議”で済ませるなんて、おかしいと思わないか」


ヴィクトールの瞳がエマを射抜く。


「まあ、調べるべきだな」


ルシアンもヴィクトールに同意していた。

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