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不気味令嬢は、氷の貴公子に溺愛される  作者: 青海きのこ
第2章ノクス編

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第9話 新たな呼び名

西の森から領主館へ戻る頃にはすっかり日が傾き始めていた。

検証は明日にしなさいとヴィクトールに苦言を呈されたが、ここは妥協できなかった。


「下準備だけはさせてください」

「明日でいいだろう」

「どんどん作業が遅れてしまいますから」


譲りそうにないエマの態度に、ヴィクトールは呆れたようにため息をついた。ユマーノはルシアンの帰りを心待ちにしていたようだ。政務が溜まっているのだろうか。ユマーノがルシアンに耳打ちをすると、ルシアンはため息をついた。


「ルシアン殿下は先にお部屋へお戻りください」

「本当は私も同行したいが、政務も溜まっているようだ。すまんが先に失礼する」


ルシアンはユマーノを連れだって屋敷へと戻った。


エマの雑嚢を持ったヴィクトールが「作業は温室でいいのか?」と声をかけた。

ヴィクトールの申し出にエマはパッと顔を明るくした。


「できれば、汚れても大丈夫な風通しの良い場所が良いです」

「--分かったよ」


結局、農具庫の一角を使用することにした。

エマは採取した土を乾燥させるため、雑紙の上でよく混ぜたうえで広げた。


「これをどうするの?」

「このまま風通しの良い場所で乾燥をさせてから、篩にかけてから分析します」


呆れていたヴィクトールも、珍しいものを見るようにエマの作業を見ている。

手際よく土を混ぜるエマの横顔を見て、ヴィクトールは彼女が単なる守られるだけの存在ではなく、この領地を救う知恵を持っていることを改めて実感し、誇らしく思う。

エマはヴィクトールのそんな視線にはまるで気付かず、騎士たちが採取してくれた植物も同じように広げて置く。適切に乾燥させておかないと、分析もどんどん遅れてしまうのだ。ヴィクトールを待たせてしまっているいま、とにかくスピード作業だと無心に進めていた。


一通り今日採取した土や植物を広げ終わったら、再びエマはヴィクトールに抱きかかえられた。


「きゃあ!」


――今日は何度ヴィクトールに抱きかかえられれば良いのか。


「もう終わっただろう」

「分かってます。もう屋敷に戻りますから」

「君が私の言うことを聞かないから悪いんだ」


ヴィクトールが抱きかかえたまま、農具庫を出ると大分夜が更けてしまっていた。

エマはそのままの恰好で、屋敷の中まで運び込まれてしまった。

屋敷に入ると、二人の帰りを待ち構えていた義母に「エマ、ずいぶん汚れてしまっているじゃない。一体何をしていたの」と叱られてしまった。「ヴィクトール、あなたがついていながらなんでこんなに……」と、ヴィクトールまでも義母の流れ弾に道連れにしてしまった。


◇◇◇


「エマ、今日は大分疲れただろう」


その日の夜、ヴィクトールは、心配した様子でエマの顔を覗き込んだ。風呂上りのヴィクトールの身体からシトラスの香りがふわっと漂い、ドキッと胸が高鳴る。


「帰りはヴィクトール様に抱かれていましたから、それほど疲れはありません……」

「そう?」


エマはずっとヴィクトールに抱きかかえられていたことを恥ずかしく思い出していた。

ヴィクトールはエマを抱きかかえて帰路を歩いたにも関わらず、全く疲れを感じさせない。


――鍛え方もそうだけど、身体の構造も何から何まで違いすぎるわ。


ヴィクトールはベッドに座るエマの横に座り、「少しマッサージをしようか」とネグリジェの上から白い足をそっと撫でた。ヴィクトールの手の動きにピクッと身体が震える。そのエマの反応を面白がるように、ヴィクトールはエマの足を持ち上げた。


「ヴィクトール様!」

「なに?」

「……おやめください」


エマが足を引っ込めると、「マッサージをしようと思っただけなんだけど」と、ヴィクトールが残念そうな顔をする。そんな顔をされると自分が悪いことをしている気になるが、このまま乗せられてしまってはエマの身体がいくらあっても持たない。


「結構です」


ネグリジェの中に足を引っ込めて身体を小さくすると、ヴィクトールがくすくす笑う。


「分かったから、そんなに警戒しないでよ」

「だって……ヴィクトール様が……」

「ねえ、エマ。“それ”なんだけど、そろそろ敬称もなくしてくれると嬉しいんだけど」

「――え?」

「ヴィクトール、でいいよ」


ヴィクトール様の美しい微笑がエマを見つめる。


「もう私たちは夫婦なんだから、“様”なんてつけなくていいだろう?」

「でも……――」


――ヴィクトールの言うことは最もだけど、急に呼び名を変えるのは、恥ずかしい。


「ジャンのことは呼び捨てていただろう」


騎士のことを言われて、ハッとした。でも、騎士とヴィクトール様では違う。


「彼はずいぶん君に見惚れているようだったな。ただの恩人への顔ではなかった」

「そんなこと……」

「そんなことない?」


ヴィクトールはエマを追い込むように視線を絡ませる。


「レイヤードのことだって呼び捨てだ」

「それは……幼馴染ですから」

「私は君の夫だ」


ヴィクトールがエマの髪を優しく撫でる。


「他の男は呼び捨てにできて、夫を呼び捨てにできないなんて、おかしいと思わないか?」

「それは……」


ヴィクトールはエマがネグリジェの下に隠した足を引っ張り出し、太ももを優しく撫でた。


「きゃっ、ヴィ、ヴィクトール様!」

「ヴィクトール、だよ。エマ。ちゃんと呼べるまでは、やめられないな」


ヴィクトールは、美しい微笑を崩さぬまま、逃げ場を塞ぐようにエマの足を撫で続けた。


「ヴィ……」

「ん」

「ヴィ、ヴィクトール……」


――やっぱり、恥ずかしい。


体温が上がるのを自分でも感じる。顔を下に向けると、ヴィクトールの手がエマの足の拘束を離した。

やっと解放されたと思って安心したのもつかの間、満面の笑みを浮かべたヴィクトールは今度は覆いかぶさるように手を絡ませてエマをベッドに押し倒した。


「きゃ……離してくださるって言ったのに……」

「離したよ、足は……」

「ひどい」

「さ、もう一度言って」


唇が触れるほどの距離でヴィクトールが再びエマに迫る。


「ちょっと……ヴィクトール様……あ」


ヴィクトールはエマの唇を貪ると、「様はいらないって言っただろう? お仕置きが必要だな」と怪しく微笑むとエマの首元に顔を埋めた。


「ちゃんと呼べるようになるまで、離せないな」


ヴィクトールは赤面するエマの耳元で囁いた。


――この人は、私がこうして困るのを楽しんでいるんだわ!


エマは楽し気に自分を拘束するヴィクトールを恨みがましく睨んだ。


「そういう顔は逆効果だよ、エマ」


ヴィクトールの瞳が、にやりと獣のようにエマを捉えた。

お読みいただきありがとうございます。


ストックが溜まりましたので

お休みの日は複数話投稿できそうです。

リアクション、ブクマ、ご評価などいただけますと励みになります。よろしくお願いします!

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