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不気味令嬢は、氷の貴公子に溺愛される  作者: 青海きのこ
第2章ノクス編

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第8話 魔の森

「奥様、お足下にお気をつけください」


西の森へ到着すると、ノクス領の騎士たちが8名待ち構えていた。


「奥さま、本日は西の森への同行を担当させていただきます。何でもお気軽にお申し付けください」


騎士たちを代表して、榛色の瞳の騎士が一歩前へ出て挨拶をした。その瞳の色に覚えがあった。

「あ」と言う顔をすると、彼は嬉しそうに微笑んだ。


「覚えていただき恐縮です。奥さまがノクスへいらした際に治療いただきました。あのときの御恩は生涯忘れません」


残留瘴気に苦しんだ騎士だった。他の騎士たちの顔も見覚えがある。皆、あの診療所にいた負傷した騎士たちだろうか。


「良かった。その後も無事に回復したのね」

「はい。古傷まできれいに。全て奥さまのおかげです。私は二度奥さまに命を救われました。この命に代えても奥さまをお守りする覚悟です」


騎士は大真面目な顔でエマに礼を述べる。


「そっ……そんな。命は大切になさってください」

「お優しいお言葉、痛み入ります」

「お名前を伺っても?」

「ジャン・スミスと申します。宜しければ、ジャンとお呼びください」

「ジャン、ですね」


エマがジャンに微笑むと、ジャンは嬉しそうに頬を赤らめた。

ヴィクトールはそんな騎士の様子にピクリと眉を寄せ、ルシアンは「なるほど」という顔で彼を見た。


「君がディベリア出身の騎士か」


騎士は急にルシアンに話しかけられ、驚きに目を見開いたが、恭しい態度でルシアンに向き合った。


「はっ。父の故郷がディベリアですので幼少期はディベリアで過ごしましたが、いまは母の故郷であるルーク王国の人間としてノクス領の護衛の任についております」

「息災のようで何よりだ。君の奇跡の回復の話は、私の側近を通して聞いた」


騎士は自分の回復の話がまさか皇太子の耳に入っているとは知らなかったのであろう。

驚きに目を見開いた後、慌てて気まずそうにヴィクトールを見た。ヴィクトールの顔は騎士たちの上司の顔をしていた。


「――……君の回復の件は、気にしなくていい。エマの力を君が意図して漏らしたとは私も思ってはいない。いまはもうこうして公のものとなっているわけだし。それよりも、今日は同行を頼む」

「――はっ」

「エマの身の安全には細心の注意を払ってくれ」

「――はっ」

「ただし、エマのエスコートは私が担当する。分かってはいると思うが、エマに名を呼ばれているからと言って騎士と主人との距離を見誤るな。特に、エマの身体には手を触れないように……」

「――……はっ」


最後の忠告の際、ヴィクトールの瞳には絶対零度の光が宿り、騎士を射抜くように睨みを利かせていた。騎士たちはヴィクトールに一糸乱れぬ動きで、ヴィクトールに最敬礼を捧げた。


――ヴィクトール様……、なんていう注意事項をおっしゃるの。


そのあまりの過保護さと独占欲に、エマの耳は真っ赤に染まってしまった。


「相変わらず、独占欲が強い男だな」


隣でルシアンが、心底呆れたようにつぶやいた。


魔の森に入ってからというもの、騎士たちはエマの一挙手一投足を常に気に掛けてくれている。

よく教育されているのは分かるのだが、エマは少し居心地の悪さを感じていた。

ヴィクトールが、エマの手をずっと握りエスコートしてくれているし。

ちょっとした木の根にも一々「お気をつけください」と声をかけられるし。

草木が身体に触れないようにと、すぐに払われてしまうし。

小型の魔獣は騎士の一太刀で払われているにも関わらず、エマはがっちり守られているし。


――こんなお姫様扱い、本当にやめてほしい……。


リュクノール領では、エマは泥だらけになっていても誰にも気にされていなかった。

今日も森へ行くということだったので、ヴィクトールの子どもの頃のパンツと、シャツ、首元を隠すためのスカーフにブーツといういでたちで、お姫様とはほど遠い。

エドワードやレイヤードと出掛ける際は、いたずらで必要以上に汚されていたというように。

こんなに細心の注意を払われるのは……。むず痒い。


「光が全然入って来ないのですね」


足元に這う根が時折、生き物のように蠢いた気がした。


「ああ、これでも少しはマシになった方なのだが、日中でも薄暗いな」

「ディベリアでも魔獣の出没率が高い森はここほどではないが薄暗いな」

「そうなんですね」


ルシアンも興味深げに森を観察していた。

“魔の森”と呼ばれる西の森は、魔獣の出没率が高いことでよく知られている。


――日中でこの暗さ……。確かに薄暗い気味の悪さがあるわ。この森全体に瘴気が滞留しているのかしら。


「あの……」

「どうした? エマ」


ヴィクトールはエマの呼びかけに足を止めた。


「この辺りの土壌と植物のサンプルを持ち帰っても宜しいですか?」


入口の植物よりも色味が少し変わった気がした。木々が密集して陽の光が入りにくいというだけではない。そもそも、葉の色もずいぶんと暗くに見える。


「ああ、もちろんだ」


エマが持参した採取用の道具を入れた雑嚢は、西の森に到着早々騎士たちに預かられてしまった。


「どの辺りの土壌を採取すれば宜しいでしょうか?」


騎士たちがキラキラした目で、スコップを持ちながらエマを見つめる。

ヴィクトールも騎士たちの様子に小さくため息をついた。


――や……やりにくい。いや、完全なる善意なのは分かっているのだけど……。


リュクノール領で自由気ままに動いていたエマにとっては、この大名行列のような視察は慣れない。


――本当は自分でやりたいのだけど……。


ちらっとヴィクトールを見ると、顔に「頼みなさい」と書いてある。貴族としてはエマの行動が変わっているということは重々承知している。


「申し訳ありませんが、この辺りの土壌と、あと植物を。土壌は、深度の差を見たいので分かるようにしていただけると助かります、植物も根の状態も、後は樹木の皮、葉もほしいです」

「承知しました、奥さま。お任せください」


騎士たちはエマの指示を受け、やたらと生き生きと土壌と植物の採取に取り掛かった。


「どこで採取したものか分かるように、袋への明記は細かく書くように!」


エマが指示していないことまで、的確に伝令してくれている。


エマは手持無沙汰に、魔の森全体を見回していた。

鳥の声一つせず、遠くで響く低い唸り声のような風の音だけが聞こえる。

土の匂いが、どこか金属を含んだように重い。

生きているはずの森なのに、息をしていないような感覚があった。

入口から2時間歩いて来た。エマに合わせてゆっくりと進んでくれていた。

森の散策に慣れているエマと言え、疲労を感じていた。お姫様扱いは恥ずかしいけれど、嬉々として採取を手伝ってくれる騎士たちには正直助けられた。

ここまでは10キロないくらいだろうか。地図で見た西の森はかなり広かった。

従軍経験があるというルシアンも、魔獣討伐に慣れているノクスの騎士たちも、ヴィクトールも平然としている。


「ヴィクトール様、西の森の奥地はどの辺りまで続くのでしょうか」

「ここは南北にかなり広い。60キロはあるだろうな」

「60キロ……」


――まだまだこの先に、魔の森について解明できることが隠されているかもしれない。


エマは身体に疲労を感じながらも、森の奥を見つめていた。じっと考えていると、ヴィクトールが目を眇めた。


「エマ、ダメだぞ」

「……え?」

「これ以上奥は本当に危険だ」


――まだ何も言ってないのに……。


ヴィクトールは、「ダメだ」とエマに繰り返した。ルシアンにまで「諦めろ」と諭される始末……。研究者として扱われていない気がして、少し悔しい。


――そんなに私は信用ないってこと?


エマの反論は一切許されぬまま、エマの身体は急に宙に持ち上げられた。


「きゃあっ! 何をなさるんですか」


エマの身体は、ヴィクトールに抱きかかえられていた。


「あとは来た道を戻るだけだ。ずっと歩きっぱなしだ。足が疲れただろう」

「だ、だ、大丈夫ですから、下ろしてください……」

「ダメだ」

「ヴィクトール様! 歩けますから」


――確かに疲労は感じていたけれど歩けない程ではないのに。こんな、子どもみたいな扱い……。心配されているのは分かるのに、それとこれとは別だ。


「それだけじゃない」

「え?」

「エマが勝手にいなくなっても困るからな」


エマが見つめていた森の奥を見つめながら言った。


「いなくなりません。子どもじゃないんですから」

「レイヤードの話では、領地では君の奔放な散策にずいぶん悩まされていたようだからな」

「そんなっ……。子どもの頃の話ですから」


――レイヤードったら、いつの間に余計なことを……。


エマの抵抗は空しく、帰路はヴィクトールに抱きかかえられ往路よりも素早いスピードで入口へと戻っていた。恥ずかしかったが、自分がかなり足手まといになっていたことも分かったので、エマは入口へと戻るまで大人しくヴィクトールに抱かれていた。

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