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不気味令嬢は、氷の貴公子に溺愛される  作者: 青海きのこ
第2章ノクス編

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第6話 ノクス観光(ヴィクトール視点)

「さすがノクス領は広大ですね!」


エドワードは馬車からノクス領に果てしなく広がる農場を見ている。エドワードとエマは好奇心旺盛なところがよく似ている。さきほどから車窓から見える風景に、何かと興味を持ってくれている。


「義兄さま、あの山が白霧山ですか?」

「ああ。さすがにまだ山肌は白くはなっていないがな」

「ノクス領は険しい山は少ないんですよね」


なだらかな白霧山を見ながら、エマがヴィクトールに同意を求めた。

ヴィクトールは少し驚いたようにエマを見ると、目を細めた。


――ノクスのことに関心を持ってくれていたんだな。


「そう。ノクスはなだらかな丘陵地帯が多い。短期間によく勉強しているな、エマ」

「ノクス領にいたとき、時間があるときは図書室を使わせていただいていたので」


ヴィクトールの賛辞にエマが照れ笑いをする。


「ああ。ヴィクトールがエマを放置していたときに、時間があったのだな」


ルシアンがすかさずヴィクトールに視線を向ける。


――本当にしつこい男だな。


「ルシアン殿下、そうではないと申し上げたではありませんか」


エマがルシアンを窘めてくれる。


「ああ、そう言っていたな、エマ。君を困らせるつもりはなかったんだ。ただ、君は優しいから。ヴィクトールが今後も君に失礼な態度を取らないようにと思ってな」

「ご心配は無用です」


エマがルシアンにきっぱりと告げる。

ルシアンはエマの服装にチラリと目をやり、「ずいぶん君に無理もさせていそうだし」と添えた。

今日のエマは立ち襟の白いブラウスに、紺色のハイウエストのスカートを着ている。

母の若い頃のものを借りたようだ。

エマは気が付いていないようだが、首周りが少し緩いので、角度によっては“跡”が少し見えてしまっている。そんな二人のやり取りをエドワードが興味を持ったようだ。


「なんか、姉さんと殿下も変な関係だね」

「変な関係ではありません。ただのお友達です」

「へえ。ただのお友達ね」

「何よ」

「別に。姉さんのお友達は初めてだなと思って」

「そうなのか」


ルシアンは嬉しそうにエマに笑む。


「姉は引きこもりでしたからね。レイヤードは、友達って言うか……姉にとっては“弟”って感じでしょうし」

「では、私がエマの“初めて”、ということだな」


ずいとルシアンがエマに顔を近づけ、満足そうな顔をする。


「ま、まあ……」

「変なところを強調するな。それに私の妻に近すぎる」


ヴィクトールはルシアンの距離感に不快になり、ルシアンを牽制するため、エマの肩を抱く。


「相変わらず、心の狭い男だな」

「狭くて結構。ルシアン殿下、友人としての節度を持って接してください」


ルシアンは、面倒そうに「分かった、分かった」と繰り返した。


――絶対分かってないだろ。


反省しないところは似たもの同士だが、ヴィクトールは自分のことは棚にあげて内心毒づいた。

車窓からは麦畑が広がっている。緑に色づく麦の穂が揺れる。畑作業中の領民たちが、ノクス家の馬車に気付き嬉しそうに手を振る。ヴィクトールもそれに応えるよう手を振る。


「エマ、折角だ。領民に君を紹介しよう。エドワード殿、ルシアン殿下、少しお待たせする」


ヴィクトールは、エマの手を取り馬車を颯爽と降りた。

畑作業中だった領民たちは、まさかヴィクトールたちが下りて来ると思わなかったのだろう。

驚いているようだったが、歓迎してくれている。


「ヴィクトール様! エマ様!」

「作業中にすまないな。先日もお披露目したが、私の妻・エメリンだ」


エマは領民たちに笑顔で挨拶をした。


「今年の出来栄えはどうだ?」

「おかげさまで、順調でございます。西の森の魔獣の被害が劇的に減ったおかげです」

「そうか、それは何よりだ」

「エマ様がノクスにお越しになってから魔物が減少したと、みんな噂しております」

「いえ……。それは、偶然かと……」


エマは感謝する領民たちに、慌てて否定した。

領民たちの生の声を聞かせたくて、会わせて良かったな。

否定しながらも、領民の感謝の声に嬉しそうに微笑むエマを見て、ヴィクトールは満足した。


「エマ様は本当にノクス領の聖女様でございます。ありがとうございます」

「そんなこと……。本当に」

「あるんだよ、エマ。君はノクス領に現れた聖女だと言われているんだから」

「ヴィクトール様のこんな笑顔を見られるのも、聖女様のおかげです」

「確かにそれもそうだな」


ヴィクトールは、領民ににっと笑うとエマの手を取って馬車に戻った。


「作業の手を止めさせてすまなかった。それでは何か困りごとがあれば、すぐに言ってくれ」

「ありがとうございます」


領民たちは、馬車が小さくなるまで礼をし続けた。


「ノクス領は本当に安定していらっしゃるのですね」


エマは領民たちの姿に感心したように言った。


「領主と領民の関係性が、良好なのは見習いたい点だな」


珍しく、ルシアンも同意した。


――こいつも、褒めることがあるんだな。意外だ。


ディベリア帝国はルーク王国とも国土の面積も、民族の種類の多さも違う。統治は何かと苦労することは想像に難くない。ルシアンが皇太子として国民思いなのは、実は分かっていたから、冷やかしや社交辞令ではないことは分かっていた。


「ずっと安定していると言いたいところだが、ノクスは魔獣の影響が強い。ここ数カ月、魔獣の発生率が激減しているから、畑も順調に進んでいるだけです。いつもは、働き手は魔獣討伐に取られ、畑は壊され、割と困ったことも多いです。」

「そうだったのか……」


エマは何かを考えるように、西の森の方角をじっと見ていた。


「あっちの奥に見えるのが“西の森”ですか?」


エドワードは、暗く広がる森を指さす。


「ああ。“魔の森”と言う名の方が、よく知られているかな」

「魔獣の出現率低下ね……。ヴィクトール、何か分かったことはあるのか?」

「それが今のところは全然」

「ふむ」

「あの……」

「ん? どうした、エマ」

「西の森の方へ行くことはできるのでしょうか?」

「「え?」」


思わず、ルシアンと声がはもってしまった。


「その、実は……。リュクノール領でお祖父さまと魔法の実験していたのです。魔獣の減少と私が中和魔法を用いたことが何らかの可能性があるのかどうかを」


――リュクノール領で、そんなことをしていたのか。


「偶然で片付けるには、確かにずいぶんとタイミング合っています。騎士様に発した私の魔法が何らかのかたちで間接的に影響を与えた可能性も否定できません。間接的でも魔獣の出現率を低下させることができるのであれば、実験をする価値があるかと思っております。リュクノール領では、魔獣が多く発生する森はもとよりございません。そのため、机上のもので終わってしまっていて……」


――確かに、エマの力との関係が分かれば、今後の魔獣出現についてもある程度コントロールができるようになる。しかし、西の森に軽はずみに近づくのは……。


「義兄さま、姉さんは領にいる間も、ずっとここのことを考えていたみたいですよ。お祖父さまと実験ばかり繰り返して……。ご存じでしょうけど、言い出したら聞かないですから」


呆れたようにエドワードは言う。


――確かに、診療所で出会ったときも、犯人捜しのときも、そうだったな。


いつも大人しいエマなのに、妙に行動力がある。懐かしいエマの姿を思い出して微笑ましく思う。確かに、止めたところで言うことは聞かなさそうだな。私の奥さまは。


「確かに、興味深いな」


ルシアンもエマの話に、耳を傾けている。


「実は、私はここにいる間にエマに中和魔法の指南を受けたいと思っていたんだ」

「え? 私に、ですか?」

「ああ、私もエマのような“中和”を使えるようになれば、魔獣討伐で傷つく国民を救う助けができる」


ルシアンの瞳は曇りがなかった。


「もしも、森の浄化にも役立つということであれば、ディベリアの魔獣出現も低下させられることができるかもしれない」


エマは、ヴィクトールに判断を委ねるように、こちらを見た。


――くそ。これだから……。憎めない男だ。


「――……分かりました。ルシアン殿下。エマが良いなら許可します」


エマはとうに答えが決まっているように、ルシアンに微笑んだ。


「――ただし。ルシアン殿下、適切な距離は、守ってくださいね。エマは私の妻ですから」


ヴィクトールは、ルシアンに冷たい瞳を向けるのも忘れなかった。


「分かっている。ありがとう。ヴィクトール、エマ」


ルシアンは、珍しく不敵ではない笑顔をヴィクトールに向けた。


「あと、エマ。西の森の件は分かったが、少し父とも相談させてくれ」

「よろしくお願いいたします」


まあ、父もエマには甘いし、近いうちに行くことにはなるのだろうなと、ヴィクトールは考えていた。

全く、誰も彼も、エマに弱いのも考えものだ……。

ヴィクトールは内心ため息をついた。


「今日はエドワード殿もいるわけだし。ノクスの景勝地をもう少し案内させてくれ」

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