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不気味令嬢は、氷の貴公子に溺愛される  作者: 青海きのこ
第2章ノクス編

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第3話 初めての夜

身体中が心臓になったかと思うほどだった。

ナタリーに夜の支度を整えてもらい、夜着をまとった。


――こんな薄手の夜着なんて……。


ナタリーが用意してくれていた夜着では、肌が透けて見えてしまっている。

胸周りも大きく開いてしまっているし……。

準聖女の認定式のイブニングドレスの露出でも、あんなに気にされていたのに、こんな装いではヴィクトール様がなんと思うか……。


ナタリーに「これでは……」と訴えたが、そういうものだと返されて取り合って貰えなかった。

「すべてヴィクトール様にお任せすれば大丈夫だ」とナタリーには言われたけど……。

エマは不安に襲われていた。

リュクノール領にいるときは、花嫁修業らしいことはほとんどしなかった。

刺繍や、ダンスの練習も、自分には必要のないものだと思っていたから練習にも身が入らなかった。

夜の営みも、知識としては教えてもらったけれど……。

正直よく分かっていなかった。年頃の仲の良いご令嬢のお友達などがいれば良かったのだろうけど。

エマの周りには、弟のエドワードと幼馴染のレイヤード、侍女のナタリーくらいだ。エドワードとレイヤードは問題外だし、ナタリーは時折ロマンス小説の話などは聞かせてくれていたけれど、夜の営みの話などは話題には上らなかった。さすがに今夜は不安がピークに達し、ナタリーに聞いたが、ナタリーはヴィクトールに任せればよいということを繰り返すばかりで……。


「こんなに美しい奥様なのですからご心配なさらずとも大丈夫です。奥様はこちらにお座りになって、ヴィクトール様がお越しになるのをお待ちください」


ナタリーは子どもに言い聞かせるように、優しく言った。

エマは不安を隠しきれなかったが、ナタリーの言葉に黙って頷いた。

ナタリーは“お嬢様”から、“奥様”へと呼び方を変えていた。

長年お嬢様と呼ばれていたので、その呼び名はまだ耳に馴染まない。


――ヴィクトール様がいらっしゃったら、本当にただ座っていれば良いものなの? 何かご挨拶などは……? 


ナタリーを疑うわけではないけれど、本当にこんな夜着が普通なの……?


一人でヴィクトールを待っていると、次々不安が募って来る。


その瞬間、夫婦の寝室の扉がノックされた。

いつもの規則正しいノックなのに、心臓が飛び跳ねる思いだった。


「は……はい」


エマが返事をすると、夫婦の寝室に繋がるヴィクトールの私室の扉が開いた。


ヴィクトールは丈の長いシルクの上着に同素材のパンツを身に付けている。

その姿を見た瞬間、自分の夜着に不安を感じ、なるべく見えないように手で前を隠した。


――やっぱり、こんなに透けた素材、私だけだわ……。ナタリーを疑いたくはなかったけど、おかしいと思ったのよ。どうしよう。こんな格好で待っていては、ヴィクトール様に引かれてしまうのでは……。


最近のヴィクトールは、エマを見たらすぐに笑顔を見せてくれる。

それなのに、今日に限って「氷の貴公子」然とした姿のままエマに近付いて来た。


――こんな格好しているから、呆れられているのかも……。


「エマ」

「……はい」

「その恰好……」

「すみません。こんな格好をして……。いつもはこんな夜着ではないんです」

「なんで謝るの?」

「だ、だって……」


ヴィクトールはエマの両腕を捕らえ、エマの夜着姿をマジマジと見ている。


――こ……こんな格好を見られるなんて……。


ヴィクトールに抑えられている手を解こうとしたが、がっちりと抑えられてしまっている。


「は、離してください……」

「どうして? すごく……素敵なのに」


ヴィクトールは、うっとりしたような顔でエマを見ている。


――素敵? はしたないのではなくて……?


「え? だって、ヴィクトール様。イブニングドレスのときは……」

「それは他の男も見るから言ってしまっただけで、イブニングドレスだって美しかったよ」


ヴィクトールの手が、エマの脚をそっと撫でた。


「やっ」と思わず声が上がり、身体がびくっと跳ねた。

「何が、嫌なんだ?」

「だ、だって……足を……急にお触りになるから」

「足以外だって触るよ。エマの身体で私が知らないところはないようにしないといけないだろう?」

「――え?」


――そういうものなの? 遥か昔に家庭教師に習った夫婦の営みを思い出そうとしたが、頭が真っ白になっていた。でも、ナタリーはヴィクトール様にお任せすれば大丈夫だと言っていたし。


「震えてる」


ヴィクトールがエマの耳にそっと囁いた。

ヴィクトールは身体の震えが止まらないエマを落ち着かせるように、温かい腕でエマを包んだ。

ヴィクトールに触れられたところが、物凄く熱を持っている。

身体も自分のものではないみたいで、震えが止まらなかった。


「怖い?」


――怖い、と言われれば怖い気もするし……。怖いというわけでもないような気もするし……。エマとて、ヴィクトールと本当に夫婦になることを、待ち望んでいた。でも、分からないことだらけで、不安、というか……。


なんと答えて良いか戸惑っていると、「ごめんね」とヴィクトールが囁いた。

ヴィクトールの声に、また、びくっと身体が勝手に反応した。


――ヴィクトール様を怖がっているわけではないのに。これじゃあ、怖がっているみたいに思われてしまう。


「エマ。怖くてもやめてあげられない。でも、なるべく優しくするから……」


そういうと、エマの胸の前のリボンを解いた。


「……きれいだ」


心許ない夜着も肌け、エマの素肌が露わになると、ヴィクトールがエマに覆いかぶさって来た。

「エマ」と私を呼ぶ声が、とても柔らかかった。

安心させるように、ヴィクトールが何度もエマの頭やこめかみに口づけを落とした。


「エマ、夢みたいだ。かわいいよ」


ヴィクトールがエマにそう優しく囁いた。


ナタリーが言ったことは間違いではなかったのかもしれない。

この夜着で正解だった。緊張で身体ががちがちになっていたエマは、ナタリーが言うようにヴィクトールに全てを委ねようと思った。


◇◇◇


――信じられない……。これが夫婦の営みだなんて……。


エマは、昨夜は気を失うように眠りについてしまった。薄れゆく記憶の中で、ヴィクトールが優しくエマに触れ、「今日は疲れただろう? ゆっくり眠りなさい」という声が聞こえたのを覚えている。


そして、朝目が覚めたら、ヴィクトールの顔が目の前にあった。


――ヴィ、ヴィクトール様のお顔が……。


ヴィクトールが昏睡状態のとき、彼の寝顔は何度も眺めていた。が、今日は彼の顔を見ると昨夜のことが思い出されて……。大変な醜態を晒してしまったわ……。


――どんな、顔をすれば良いというの?


ヴィクトールが目覚めないうちに、そっとベッドを出てしまおう。

一度自分の私室に戻って……落ち着いて考えたい。

そう思ってそっと身体を動かした瞬間、眠っていたはずのヴィクトールの手にガシッと抑えられた。


「どこへ行くの? 私の奥さんは」


ヴィクトールの目はパチッと開いた。

驚いて声を上げると、ヴィクトールは身を起こした。

「そんなに怖がらなくても」と私の態度に呆れたように苦笑いをする。


「こ、怖がったわけでは……。ヴィクトール様が寝たふりなんてなさるから、驚いただけで」

「だって、エマの寝顔をずっと見ていたかったから」と、朝から甘い言葉を囁いた。


エマの頬にさっと朱が差した。


――どうしてヴィクトール様は、普通にしていられるの?


ヴィクトールが上半身を起こすと、ヴィクトールの身体が朝日に晒され露わになる。

エマはついその引き締まった体躯に思わず見惚れてしまった。が、ヴィクトールの裸が丸見えになっているということは……。ヴィクトールの視線が、自分の身体に注がれていることに気が付いた。

昨晩、エマが眠ってしまってからヴィクトールが夜着を着せてくれていたようだが、あの夜着は心許ないものだ。エマは羞恥に顔が真っ赤になり、シーツで慌てて自分の身体を隠す。


「なんで隠すの?」

「あっ……当たり前です」

「もう、エマの全ては見せてもらったんだから、そんなに恥ずかしがらなくて良いのに」

「そういうことではありません! そんな、じろじろご覧にならないでください」

「エマだって私を見てたじゃないか」

「み、見てません!」


エマの慌てっぷりにヴィクトールが噴出したように笑う。


「そう? じゃあ、私の勘違いかな」


エマはヴィクトールから必死に目を反らした。

その瞬間、部屋の壁に15歳の自分の絵姿が飾られていることに気が付いた。


「なっ、これは……。なんなんです?」

「エマだよ。デビュタントのときのものだろう? 可愛いから飾ったんだ」


確かに15歳の頃に両親に言われて、自分の絵姿は描いてもらったことはあったけど。

なぜそれをヴィクトールが持っているのか。


「は、外してください!」


15歳の自分に、こんな自分を見つめられるなんて冗談じゃない。


「どうして? エマがリュクノール領に行ってしまっている間はこれを見て心を慰めていたのに」

「どうしてもこうしてもありません。恥ずかしいですから、剥がしてください」


昨日は余裕がなさ過ぎて、夫婦の寝室に何が置かれているかなんて考えもしなかった。

まさか、こんなものを飾っているなんて……。悪趣味以外の何物でもない。


「えー……」


ヴィクトールは残念そうに眉根を潜めた。


「じゃあ、新しい姿絵を描せようか?」

「え?」

「15のエマも可愛いけど、今の君はもっと美しい」


ヴィクトールが幸せそうに微笑み、小鳥が朝の訪れを告げるように鳴いた。

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