第2話 祝宴(ヴィクトール視点)
「本日は不肖の息子と、晴れてノクス家の一員になってくれた愛らしいエマとの婚姻にお越しいただきありがとうございます」
――ずいぶん、エマ贔屓の挨拶だな。
自分の父ながら、あからさまな挨拶に苦笑いする。両親までもが、この日を待ち望んでいた。
隣に座るエマは少し恥ずかしそうにはにかんでいる。
清楚なウエディングドレスも愛らしかったが、イブニングドレスに着替えたエマには悩殺されるかと思った。ドレス選びは母とエマに任せていた。エマのイブニングドレスは、ヴィクトールの瞳の色に合わせた上品な仕上がりになっていた。準聖女認定式のイブニングドレスとは違い、首周りはレースで隠されている。華やかでもあるし、何と言ってもあのときみたいに肌が見え過ぎない仕上がりなのが最高だ。この配慮は母の仕業か。いつもヴィクトールに何かとうるさく言う母ではあるが、このときばかりはヴィクトールは心の中で感謝した。
「本日はノクス領名物の山の幸をご用意致しました。ぜひ皆さん、心ゆくまでお楽しみください。乾杯!」
父の挨拶に、全員がグラスを掲げた。
エマは反対隣に座るルシアンとグラスを合わせている。
二人の笑顔を交わしている様子を見ると、ヴィクトールの気持ちは落ち着かない。
大きな円卓を本日ゲストたちが囲み、和やかな雰囲気に包まれている。
――ルシアン殿下は、心から尊敬する、友人です。
準聖女認定式での、エマの言葉を思い出していた。
二人の視線のやり取りから、何か特別な心のやり取りを感じていた。
しかし、“友人”だと言うものを、しつこく聞いてエマを困らせたいわけではなかった。
だからあのときは、根掘り葉掘り聞きたい思いを……ぐっと飲み込んだ。
祝宴の席次とて、本当はエマの隣になど座らせたくはなかった。
しかし、カイルをエマの隣に座らせ、ルシアンをヴィクトールの隣に座らせるというのも。
最後までルシアンの席次が決まらなかったが、最後は父に「少しは我慢しろ、ヴィクトール」と一括された。父に一括されるなど、幼少期以来だ。
「おい、ヴィクトール。隣国の皇太子に殺気を出すのはやめてくれないか。外交問題に発展したくない」
隣に座るカイルが完璧なマナーで彩り鮮やかな前菜を口にしながら、ヴィクトールに小声でささやく。
「別に何も言ってないだろう」
「目が言っている。少し話しているだけだろう。どこまで心が狭いんだ」
もっともらしくカイルはヴィクトールに説教しているが、カイルには言われたくないセリフだ。
カイルとて、ケイティのことが絡むと自分本位で狭量な男になるではないか。私に言えた立場か。
「これは羊か? 全然臭みがないな」
「本当。柔らかいですね」
「さすがはノクス領の品だな」
エマはヴィクトールの様子に気付かず、呑気にルシアンと食事の感想を話している。
隣に座るユマーノにも声をかける。エマの態度はホストとしては間違っていない。
間違ってはいないが……。
「どうかしたか、ヴィクトール」
「氷の貴公子」モードの顔で二人を観察しているヴィクトールに、微笑を浮かべる。
――何がどうかしたか、だ。絶対に分かってやっているだろう。
「食事がお気に召したようで何よりです」
ヴィクトールは、ルシアンに微笑みを返した。
「ああ、大変気に入った」
ヴィクトールとルシアンの間で笑顔が交わされているにも関わらず、不穏な空気が漂う。
仕方がない、という様子でカイルがルシアンに声をかける。
「ディベリアは、やはり海の幸ですか」
「そうだな。山のものは輸入品が多い。ノクスのものも入って来ているが、現地の新鮮さとは違うな」
「ディベリアは海が美しいんですよね」
エマがルシアンに微笑みかける。
ヴィクトールはその様子にまたピクッと反応する。
エマの表情は明らかにリラックスしている。
以前は令嬢の笑顔を張り付けていたのに……。
そんな男にまで気を許して……――。
本当にエマは、何も分かっていない。
「ああ、エマはディベリアに来たことはあるのか?」
「いえ。私はリュクノール領内に籠ってばかりいましたから。実を言うと、ノクス領もまだ全て巡れていないので、早くどんな場所なのかこの目で見たくて」
絶妙なタイミングで、ヴィクトールに「ね」と、エマは声をかけた。
その仕草だけで、溜飲が下がるのが分かった。
――我ながら、単純な男だな。
カイルがいち早くヴィクトールの変化に気付き、口元が僅かににやついていたが、無視した。
カイルは自分のことを棚に上げて、ヴィクトールの変化を面白がっている。
「ああ。式も終わったことだし、近いうちにノクス領内も見て回ろう」
ヴィクトールは甘い視線でエマにそう囁いた。
「楽しみです」と、エマはヴィクトールに微笑んだ。
ヴィクトールは誇らしげにルシアンに笑みを浮かべた。
すると、ルシアンはエマに「今度はぜひディベリアに来てくれ」と提案した。
「ディベリアですか?」
「ああ。私もそろそろ本国に帰国しようと思っている。エマが来るなら、私が国内を案内しよう」
「それはありがとうございます。でも、ルシアン殿下のお手を煩わせるなど大変恐縮ですから」
エマが答える前に、ヴィクトールがルシアンに答えた。
エマだけでディベリアに行かせるわけがないだろう。
わざと、エマの名だけを出しやがって。
「ああ、気にするな、ヴィクトール。エマは私がきちんとエスコートする。ヴィクトールは政務も忙しいだろう? 結婚準備ではエマをずいぶん放置していたと聞くし……」
――放置だと? 誰がそんなことを言った?
エマの後ろに控えているレイヤードを睨みつけた。
レイヤードは、ヴィクトールの視線を否定するように何度も首を振った。
――では一体だれが、そんなことを……。
離れた席でエマの母と談笑する母が目に入った。母、か……――?
そういえば、ルシアンと楽し気に話していた姿を見たような気も。
本当にあの人、いつも余計な……。
「別に放置などしておりません」
「そうです。ルシアン様、一体どなたからそんな……」
エマがヴィクトールをフォローした。
ルシアンは「誰だったかな」と惚けた顔をした。
「まあ、エマ。ディベリアの海が見たくはないか? 珊瑚の砂浜も案内したい」
「珊瑚の砂浜ですか?」
「ああ、青い海に真っ白な砂浜だ。きっと君も気に入ってくれる。それにルーク王国とは気候も風土も違う。見たことのない植物も色々あるのではないか。薬草摘みに適した場所も探しておこう」
エマはすっかりルシアンの言葉に目を輝かせている。
再び苛立ちが募るが、表情には出さないよう自制する。
カッカッしていては、相手の思うツボだ。
「ルシアン殿下、ありがとうございます。ヴィクトール様のご政務が落ち着いた頃に、二人で伺わせていただきますわ」
エマがヴィクトールを振り返り、微笑みかける。
そう。エマはきちんと分かっている。ルシアンは、飽くまでも彼女にとって友人なのだから。
再び優勢に立ったヴィクトールは、ルシアンを見た。
ところが、ルシアンは余裕の微笑みを見せた。あの笑みのときは大体ロクなことを考えていない……。
「そうだな。新婚旅行で訪れるものも多い。ぜひ二人で来てくれ」
「ありがとうございます。そのときは、ぜひ」
ルシアンはうむと首肯する。
「そうだ、エマ」
「はい」
「この婚姻にあたって、私から君に贈り物がある」
――贈り物……?
ヴィクトールはルシアンの発言にピクッと反応する。
エマはその発言に恐縮しているようだが、ルシアンはユマーノから小さな箱を受け取り、それをエマに渡した。
「私と君の友情の証だ」
「これは……?」
「開けてみてくれ」
エマは促されるまま、ルシアンから受け取った小箱を開けた。
小箱の中には、ルシアンの瞳を思わせる宝石が入っていた。
「スフェーンだ。見る角度で色が変わるから飽きないだろう」
「こんな貴重なもの……」
エマは身を縮めている。
私はその贈り物に、思わずカトラリーから手を放し、音を立ててしまった。
驚いたようにエマがヴィクトールを振り返った。
「――失礼」
平静を保とうとしているが、ヴィクトールの手が、怒りに震えている。
「私の魔力も封じている。君の髪飾りの魔石はもう効果がないだろう。新しい魔石を入れれば、ヴィクトールも安心すると思ったんだ」
ルシアンは不敵に笑った。
エマは貴重な贈り物であることと、その宝石の色に受け取るべきかを迷っているようだった。
ルシアンの瞳を思わせる緑の輝き。友情の証とはいえ、これを身に着けることの意味を、エマは理解しているのだろうか。ヴィクトールの隣で、彼女の瞳が戸惑いに揺れているのが見えた。
「エマ、これはただの友情の証だ。深い意味はない。受け取ってほしい」
みんなが見ている中で、隣国の皇太子からの結婚祝いを突き返すわけにはいかない。
エマは、ルシアンの気持ちに感謝し、有難く受け取った。
ヴィクトールは、その魔石を忌々し気に見た。自分の色の魔石を寄越すなど、何を考えている。もう、平静を装う芝居を続けることは限界に達していた。
第二章は結婚した2人のより甘々な生活を綴る予定です。
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