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不気味令嬢は、氷の貴公子に溺愛される  作者: 青海きのこ
第1章アステリア編

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【番外編⑦】カイルの吃驚(きっきょう)

第35話と関連するエピソードです。

「ヴィクトール様、これ、私が刺繍したものなんです」


令嬢がおずおずと花の図案が刺繍されたハンカチをヴィクトールに差し出した。

ヴィクトールはハンカチに目も触れず、「そうですか」といかにも関心がなさそうに答えた。令嬢はそれでも諦めず、「これ、受け取っていただけませんか? ヴィクトール様に使っていただきたくて、私……」と、目を潤ませながらヴィクトールにハンカチ差し出し続けた。


ヴィクトールはそのご令嬢にもハンカチにも一度も目を触れない。

なんなら、令嬢が話しかけても歩みも止めない。


「結構です。急いでいますから」

「ヴィクトール様!」


ご令嬢は諦めきれず、ヴィクトールに懇願するように腕を掴んだ。

隣を歩く私はヴィクトールの脇を肘で突いた。

ヴィクトールは、はあと聞こえるようにため息をつき、一応立ち止まった。


「何ですか。急いでいるのですが……」


ご令嬢はヴィクトールの態度にめげずに、改めてハンカチを差し出す。

あざとい上目遣いでヴィクトールを赤い顔で見つめる。


「この図案、ヴィクトール様のことを考えてデザインしたんです。ヴィクトール様の瞳の色と……それと私の瞳の色も合わせてみました。恥ずかしいですけれど、ぜひお使いいただきたくて」


しつこく声をかける令嬢に、ヴィクトールは無表情のまま「ですから結構です」と、きっぱりと伝えた。その瞬間、ご令嬢の瞳には涙がうるうると浮かんだ。


ヴィクトールはその様子を見て、慰めるでも慌てるでもなく、再び大きなため息をついた。


――お前、さすがにそれは……。


その瞬間、ご令嬢はぽろぽろと涙を流し、「ひどいですわ。受け取るくらいしてくださっても……」と恨みがましい言葉を口にしながら駆けて行った。


◇◇◇


「もう少し令嬢に優しくできないのか」

「優しく、とは? ハンカチを受け取ればいいんですか? どこの誰とも分からないご令嬢が刺繍したハンカチを」


ヴィクトールは無表情に答えた。

カイルは頭を抱えた。


「それなりに、うまくやれないのか……」

「以前仕方なく受け取った際は、次から次へとご令嬢が現れて一生で使い切れないハンカチを受け取るはめになりました。それで断ったら、受け取ったご令嬢と受け取らなかったご令嬢で喧嘩をはじめ……。その結果、平等に受け取らないという対応で統一しています」

「分かった、分かった」


幼馴染のヴィクトールは頭も良く、剣の腕も立つ。

男同士の付き合いにおいて困ることは一度もなかった。ヴィクトールの有能さは間違いなかった。今まで彼に苦言を呈すことなど何もなかったというのに。

なんだって、ご令嬢にだけこんなに冷たいのか……。

ヴィクトールはアカデミー入学後、顕著にご令嬢に冷たくなった。


「そんなに纏わりつかれるのが嫌なら、誰かと婚約でもしたらどうだ……。そうすれば周りも諦めがつくというものだ」

「相手がいません」

「君がその気になればすぐに見つかるだろう」


貴族たちは、アカデミーで婚約者探しをするものも多い。

少しでも条件の良い相手を探す令嬢たちにとって、ヴィクトールは打って付けの人材だった。見目良し、家柄良し、能力良し。冷たいところがあるが、超優良物件にも関わらず、まだ婚約者もいない。そのため、野心家のご令嬢が次々ヴィクトールに玉砕を続けている。


「氷の貴公子」とはよく言ったものだ。


「私にベタベタとやたらと纏わりつかない、すぐに泣かない、放っておいてもすぐに怒らないご令嬢がいれば、ご紹介ください」

「考えておく……」


全く、この調子では先が思いやられる。辺境伯の後継なのだから、いずれは婚姻を結ぶ覚悟はあるのだろうが、今のヴィクトールからは想像もつかなかった。


◇◇◇


しかし、人は変わるものだ。

2ヶ月前、ケイティの姉君エメリン・リュクノール嬢との婚約が成立した。

私がケイティと結婚するためにも、姉君には結婚いただかねばならなかったし、ヴィクトールにもそろそろ相手が必要だと思っていた。側近を手放すのは惜しかったが、いつまでも私の手元に置けるわけでもない。


ケイティの姉君がどういう方は知らなかったが、どうせあの男はどんな令嬢にだってあの態度なのだから、誰が相手だって変わらない。だったら、ケイティの姉君でも良い。ヴィクトールは、ケイティには態度が柔和だ。だったら、姉君もそう邪険には扱わないだろうと予想していた。


ところがどうだ。久しぶりに顔を見たヴィクトールは、婚約者をずいぶん気にかけているのが分かった。まず、二人のいでたちに驚いた。婚約者の髪飾りにはヴィクトールの瞳の色の宝石があしらわれている。贈り物をしろと言ったが、まさかこんなにきちんとしたものを贈るとは想定外だった。ヴィクトールのカフスやチーフは、婚約者の瞳や髪色を思わせている。


が、今までのヴィクトールを知るカイルとしては、そんなに人間が簡単に変わるとは思えなかった。仕事ができるヤツではあるが、まさか婚約を仕事と割り切っているのか。あいつならありそうな話だ。


「ヴィクトールとの婚約、順調に進んでいるようで何よりだ」とカイルが微笑むと、エマは肯定も否定もせず、曖昧な笑みを浮かべていた。


5年振りにあったケイティの姉君は、相変わらず掴みどころのない女性だ。

ケイティは素直で天真爛漫、何を考えているか一目で分かるが、この方は……。

素直に話しているようで、何かを奥底に隠しているようにも感じる。ヴィクトールはエメリン嬢が私に話し終えるまで、信頼するように彼女を見守っている。

たった2ヶ月で何があったのか。二人の間に不思議な絆を感じていた。


その後も驚くことばかりだった。

あのヴィクトールがルシアン殿下の求婚に感情を露わにしたのには驚いた。しまいにはケイティの迷案にまで乗り、「明日結婚すればよい」などと血迷いごとを口走る始末。エメリン嬢に至っては、鬼気迫る様子にちょっと引いているではないか。


――お前は、誰だ? ヴィクトールの顔をした別人なのか? 確かに、嫌われるなとは言ったが……。まさか、ここまでするとは。ヴィクトールは優秀な男だったが、そこまでカイルの命に忠実なタイプでもなかったはず。適当にやり過ごすと思っていたが……。


どうやら、ヴィクトールはケイティの姉君に相当ご執心のようだ。

そう判断するのが、矛盾がない。

大丈夫かと思う一方で、判断力を失っている友を微笑ましくも思った。

戸惑っている様子のエメリン嬢には、彼の本気はまだ伝わっていないようだが……。


ルシアン殿下の求婚の件はなんとか策を練らねばならないな。ディベリアとの関係も考える必要があるが、外交問題は二の次だ。なんとかエメリン嬢をガードする術を模索しなければ。そうでなければ、私は優秀な臣下だけではなく、生涯の知己まで失う痛みを味合わなければならない。


◇◇◇


予想外は続くもので、エメリン嬢の行動力には、私も驚かされた。

ただの大人しい令嬢というわけではないことが、あの光の柱の顕出で明らかになった。

ヴィクトールがあんなに夢中になるのも、頷ける規格外のご令嬢だ。


そして、エメリン嬢を守るように“盾”になったヴィクトールに男としての覚悟を感じていた。

国としても、個人としても、彼を失う損失は測り知れなかった。

が、同じ男としては、彼の行動にエールを送りたくもあった。


「ようやく目が覚めたか、ヴィクトール」


エメリン嬢の献身的な看護の甲斐あって、1週間以上昏睡状態だった彼が目覚めた。


「ああ、あんまり実感は分からないが、心配をかけたみたいだな」

「まあ、私はお前が死ぬとは思っていなかったから、さほど心配はしていなかったが」

「なんだよ」

「エメリン嬢は非常に動揺していたな」


にやっと笑う。ヴィクトールも今回はずいぶん働いた。

たまには“褒美”をやっても良いか。


「エマが……?」

「ああ、ずいぶん献身的に看護に当たっていたぞ」

「献身的? ああ、ほとんど寝ずに看病してくれていたそうだな」


ヴィクトールは、エメリン嬢を思ってか、微かにはにかんだ。


「それしか聞いていないのか?」


案の定、エメリン嬢は話さないだろうと思っていた。

カイルはにやっとヴィクトールに笑った。


「何かあるのか?」と、私にヴィクトールは訝しんだ。


「1週間以上寝ていたにも関わらず、身綺麗だとは思わなかったのか?」

「は?」

「誰が君の身体を拭っていたと思う?」

「誰って……――。え? まさか……」


使用人か誰かがやっていると思っていたのだろう。

ヴィクトールの頬にさっと赤みがさした。


「そのまさかだ。エメリン嬢は、大変献身的に君の看護に当たっていたよ。傷の治りも早いだろう? エメリン嬢の薬の効果だろうな。本当に薬師としても優秀だな」

「あ、ああ……」


ヴィクトールは、私の発言に動揺を隠せないようだった。


「その薬も、どうやって君が飲んでいたと思う?」

「え? どうやってって……」

「それも聞いていないのか?」


カイルは不敵に笑った。


「口移しだ。エメリン嬢が自ら薬を含んで、君の口内に薬を……」


ヴィクトールは、その言葉に耳を真っ赤にした。


「エ、エマが……」


ヴィクトールが氷の貴公子らしからぬ、にやけ顔になっている。


「嘘だと思うなら、確認してみるが良い。本人に」


にこっと笑って、カイルは部屋を出た。

偶然ではあったが、良縁を結び付けたことに、カイルは密かに満足をしていた。

優秀な側近を手放したのは正直痛かった。いくらケイティとの結婚のためとて後悔がなかったわけではない。

――だが、あいつがあんな顔をするのを初めて見た。


私に感謝しろよ、ヴィクトール。

そして――…幸せになれよ。

これで第1章の番外編は一区切りです。次からは第2章を開始します。


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それでは引き続き、第2章お読みいただけますと嬉しいです!

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