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不気味令嬢は、氷の貴公子に溺愛される  作者: 青海きのこ
第1章アステリア編

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【番外編⑤】侍女ナタリーの考察

第6話噂、第7話診療所や第10話アステリアに関連するエピソードです。

「ナタリー、手が赤くなっているわ」


指にあかぎれを作っていた私に、お嬢様は塗り薬を差し出した。

私の横にちょこんと座ると、塗り薬を指に丁寧に塗ってくれた。


「あかぎれが酷いところにこうやって塗るの。朝晩塗ると効果が早いわ」


お嬢様からいただいた薬で、驚くことに私の指はあっという間に元に戻った。

もっと驚いたことは、その薬が10歳の少女が作ったものだと知ったときだった。


あの小さな身体で、一体どんな能力を秘めているのか。


ナタリーがリュクノール家の侍女になったのは、12歳の頃だ。

しがない子爵家の三女として、ナタリーには良縁など期待できなかった。それでも、リュクノール家に行儀見習いに来て、あの愛らしいお嬢様に出会えたことは、ナタリーの人生で最高の幸運だった。お嬢様の幸せは、ナタリー自身の喜びでもあった


出会った頃、お嬢様は10歳だった。


ふわふわの銀髪、紫色の瞳、真っ白い肌。


「お嬢様は本当にお人形のように愛らしいですわ」

「そんなことを思うのはナタリーくらいよ」


髪を解かしながらうっとりしていると、お嬢様は呆れている。


「そんなことは……」

「ケイティの方が本物のお人形のようよ」


お嬢様は齢10歳にして、何かに諦めたように小さく呟いた。


お嬢様の自己肯定感の低さの原因は明らかだった。

妹・ケイティ様の存在だ。

ケイティ様は、類まれな光魔法の能力により、次期聖女としての呼び名も高い。

周囲のお貴族様は、常に妹君と比較されるようなことを平気でおっしゃる。


その結果、あんなに素晴らしいお力を持ったお嬢様が、領主館に引きこもるような生活を続けるようになってしまっていた。


「お嬢様、そんな恰好をなさってどうされたのですか? そのズボンはエドワード様のものでは?」


成長されても、お嬢様はご自分の容姿に無頓着だった。

着古したシャツに、エドワード様のズボンを着用している。


「薬草摘みに行こうと思って」


ナタリーは、「またか……」と思った。

エマのお出かけと言えば、薬草摘み、薬草摘み、たまに領地の畑の観察。

年頃のご令嬢であるのに、薬や魔法の研究ばかり。


「お嬢様、たまにはお洒落をして城下町になんて出られたらどうです? 人気のカフェがあるようですよ」

「そうなの」

「ええ、とても可愛いお菓子があるみたいで……」


ナタリーがニコニコと説明していると、お嬢様は嬉しそうに笑って「たまにはナタリーも行って来るといいわ」とおっしゃった。


――そういうことではないのに……。


トレラー卿もそれを良しとするように、お嬢様を外に出そうとする様子はないし……。

お嬢様が何か特別な力をお持ちであることは、薄々感じていた。しかし、トレラー卿が『民間療法の研究』と説明されていたため、深くは詮索しなかった。侍女として、主人の秘密を守ることも務めだと心得ていたから。


「エマ、森へ行くなら、僕も一緒に行く。危ないだろう」

「ありがとう、レイヤード。エドワードも行く?」

「うん、二人が行くなら行こうかな。あんまり遠くに行かないでよ」

「分かってるわよ」

「本当かな。いっつも、勝手にどっか行っちゃうんだから」


エドワード様やレイヤード様も、一緒になって森へ薬草摘みに行ってしまう。


「ナタリー、暗くならないうちに戻るから。心配しないで。あなたも本当にたまには城下町へ行ってらっしゃい」


お嬢様はニコニコと手を振った。

そのお姿は、愛らしいし、お優しいけれど、本当にこのままで良いのだろうか。

ナタリーはいつも歯がゆい思いでエマの傍にいた。


◇◇◇


それにしても、デビュタントの日は、何度思い出しても胸糞が悪い。


「今日はとびきりに素敵なレディにしますね!」


ようやくお嬢様を着飾れる機会が来たと嬉しく、私は天にも昇る思いだった。


「ふふふ、なんだかナタリーは私より張り切っているみたい」

「当たり前ではありませんか。お嬢様が漸くドレスを着てくださるのですから。もう、いつになったら、エドワード様のズボンではなく、ご令嬢らしいドレスを着てくださるのかと首を長くして待っていたのですよ」

「そうだったの」

「はい。お嬢様ほど愛らしいご令嬢はそうはいませんわ。きっと今日は素敵な方にもお会いするかもしれませんよ」


自分も参加したことがないデビュタントの夜会に、ナタリーは胸を弾ませていた。

ロマンス小説のワンシーンのようなことが、お嬢様の身にも起こるに違いないと思っていたから。


「そんなにうまくいくかしら……」

「うまくいきますとも。年頃のご令嬢のお友達だってできるかもしれませんよ。エドワード様やレイヤード様とお遊びになるのも結構ですけど、ご令嬢同士お買い物などにお出かけになるのもきっと楽しいですわ」


心配そうにナタリーを見るお嬢様に自信を持たせ、笑顔で送り出した。

お嬢様は不安そうではあったけれど、どこか期待も宿して出掛けられた。

これをきっかけに、お嬢様にも少女らしい楽しみが出来るとばかりに思っていたのに……。


帰宅したお嬢様の顔は真っ青になっていた。

私を気遣って、楽しそうに振る舞おうとしてくれていたが、明らかに顔色が悪かった。


一体何があったのか……。


壁際で一人立ち尽くすお嬢様、令嬢たちの冷笑、誰一人として声をかけない男性たち――王宮勤めの知人から聞いたその光景に、ナタリーは自分の浅はかさを呪った。デビュタントは少女の憧れだと、思い込んでいた。だって、ナタリーが読んでいたロマンス小説にはそう描かれていた。お嬢様はあんなに愛らしいのだから、絶対に素敵な出会いに巡り合って恋に落ちて……。なんて、勝手な妄想をしていたのが恥ずかしかった。お嬢様が抱え続けるものの重さを、侍女を5年やって初めて気が付いた。


こんなことなら、デビュタントに希望を抱かせるような話をしなければ良かった。

ナタリーは自分がしたことを、悔いても、悔いても、悔やみきれなかった。


◇◇◇


「ノクス卿が、辺境に来てほしいとおっしゃっているの」


突然決まった婚約者の領地に、お嬢様は急に招かれていた。

ほとんどリュクノール領で過ごしていたお嬢様は、少し心配そうにしていた。


「結婚準備をするのに必要みたい」

「そうでしたか……。では、私もご一緒しても宜しいでしょうか?」


そう伺うと、お嬢様はほっとしたような顔をされた。


「いいの? ナタリー」

「もちろんです」

「良かった。レイヤードも護衛で一緒に来てくれていると言ってくれているんだけど、ナタリーも来てくれるのは本当に安心だわ!」


お嬢様は私の同行を心から喜んでくれているようだ。

本当に素直で、優しくて、愛らしい主人だ。

この主人の良さが、どうして分からないのか。


お嬢様のご婚約者となったノクス卿は「氷の貴公子」と呼ばれる方だ。

相当見目麗しい男性だとは聞いていたけれど、女性には冷たいとも聞く。お嬢様には幸せな結婚をしてほしいけれど、そんな冷たい方で大丈夫なのかしら……。


しかも、婚約早々に辺境にお嬢様を呼びつけるなんて。


お噂に違わず、女性に甘くない方なのかも……。

お嬢様はその申し出に嫌な顔もせず、一週間以上慣れない馬車に揺られ赴いていた。お嬢様がノクス家で粗末な扱いを受けないようにと願っていた。


そして、そこでお会いした氷の貴公子は……。

ヴィクトール様を前にしたときは、心臓が止まるかと思った。


息を飲むほどの美しさだった。

あんなに美しい男性がいるのね。ナタリーは一目で目が奪われた。少し無表情のようにも見えるけれど、お嬢様への気遣いも感じる。ご政務に熱心に取り組まれている様子も、お嬢様の未来の夫としては好ましいようにも思える。ちょっと素っ気ないと言えばそうだけど、女性にだらしがない男よりずっと良いわ。


――……この方は、良いかもしれない。


ノクス辺境伯も、夫人も、高位貴族であるにも関わらず大変気さくなお人柄だ。しかも、お嬢様のことを大変気に入ってくださっている。家令のクロード様の指揮のもと、使用人たちの統率も取れている。


レイヤード様は嫉妬心からなのか、ぶつぶつ文句を言っていたけれど。この方なら、お嬢様を新しい世界へ連れ出してくれるかもしれない。デビュタントの日以来、ナタリーもエマに変な期待を持たせることが罪になることはよく理解していた。しかし、エマを思えば思うほど、エマの現状を歯がゆく思っていた。


お嬢様の態度を見ていると、ヴィクトール様を嫌っているわけではなさそうだけど……。時折ヴィクトール様に顔を赤らめる様子を見ると、脈はあるような気がした。何せあれだけの美丈夫! お嬢様とて乙女心が刺激されるはず!


ナタリーはヴィクトールと対面して、根拠のない自信に包まれていた。


◇◇◇


「ナタリー、ちょっといいか?」


離宮で仕事をしていたら、ヴィクトール様が人目を盗むように声をかけてきた。

ヴィクトールの低音は、大したことを言われていなくとも、思わず背筋が伸びた。

お嬢様がすぐに顔を赤らめてしまうのは、とてもよく分かる。


「あ、はい。もちろんです。どうかなさいましたか?」


ヴィクトールは、ナタリーを応接室に連れて行った。


人払いまでされて、一体何なのかしら。

まさか、お嬢様の身に何かが……。

ナタリーは、ヴィクトールの慎重な態度に段々と不安が募った。


「あの……ヴィクトール様、お嬢様に何か……」

「いや、そうではない」

「それでは……私が、何か……」


私が何か気に障ることでもしてしまったのだろうか……。


「いや、仕事中にすまなかった。その……ちょっと聞きたいことがあったものだから」

「聞きたい……こと? 私にですか?」


ナタリーはヴィクトールの真意を図りかねた。


「君はエマの侍女をして何年になる?」

「今年で10年です。お嬢様が10歳のときから侍女としてお仕えしております」

「そうか。君はずいぶんエマに信頼されているようだ」

「身に余るお言葉です」

「そこで君には、エマがリュクノール家でどのように過ごしてきたのかを教えてほしい」

「はあ……」

「エマの好きなこと、好きなもの、嫌いなこと、嫌いなもの、些細なことでも構わない。君が知っている全てを包み隠さず知りたい」


ヴィクトールは、まるで取り調べのような様子でエマのことを聞いてきた。

表情もずっと変化はない。つまり、無表情だ。

ヴィクトールのアイスブルーの瞳が厳しく光ると、背筋が伸びた。


「も、もちろん……。私が知りうる限りですが……」


ナタリーは、戸惑いながらエマの子どもの頃から今までを話していた。

ヴィクトールは熱心にメモを取りながら相槌を打つ。


「リュクノール家にはトレラー卿の研究所もありますので、そこでお嬢様はよく薬の研究もされていて」

「そんなに小さな頃から。トレラー卿が指導されていたのか?」

「はい。トレラー卿はエドワード様には領地経営のことを指導なさっていましたが、お嬢様には薬や魔法のことばかり指導されていたように思われます」

「そうか。ところで、図書室をよく利用しているようだが、どんなものを好んでいるんだ?」

「本ですか? そうですね。植物や魔法関連のものはよくお読みです。地図などもお好きみたいです」

「――ロマンス小説なんかも……読むのか?」

「ロマンス小説、ですか?」

「ご令嬢はお好きだというだろう? どんなものが好きなんだ?」

「お嬢様は……あまりロマンス小説はお読みになっていないかと思います」

「読んでない?」

「はい。何かございましたか?」

「いや……別に、何でもない」


ヴィクトールはナタリーの話に少し怪訝な顔をした。


「それと……」


ヴィクトールは何だか言いにくそうに、ナタリーを見ている。


「はい……。どうかなさいましたか?」

「その……。男性のことは、どうだ?」

「は?」

「彼女の身の回りにいた男のことを知りたい。――婚約者として」


ヴィクトールは、最初は言い淀んでいたが、開き直るようにはっきりとナタリーに言った。


「お嬢様の……周りの男性、ですか?」


ヴィクトールは真顔で頷く。

その瞬間、ヴィクトールの尋問の理由が分かった。

思わず、ナタリーは口元がにやつきそうになったが、なんとか真顔を保った。


「トレラー卿と、弟のエドワード様と、幼馴染のレイヤード様が親しい男性かと思います。お嬢様はお外に出ることは好みませんでしたので、あまり男性との接点はありませんでした。レイヤード様とも、エドワード様と一緒にお会いすることばかりですので、さほど親密な関係ではなかったかと」

「そう、私以外に婚約の話は?」

「なかったかと思います……。お嬢様も、その、ご家族も、あまり熱心ではなくて……」


そこまで言うと、ヴィクトールの表情がわずかに和らいだ。


やっぱり……――!


ナタリーはヴィクトールの取り調べを終え、恭しく退出すると、ニヤニヤを抑えられなかった。


ヴィクトール様は、完全にお嬢様に恋されているわ。


ナタリーの想像は確信に変わっていた。


◇◇◇


「一体何が良いのか……。全然分かりません」


男性用のカフス、タイ、ブローチなどを手に取りながら、お嬢様は頭を悩ませていた。

ヴィクトール様にいただいてばかりだから……と、お嬢様もヴィクトール様に贈り物を考えている。ノクス辺境伯夫人は、お嬢様の相談に快く乗ってくださっている。

本当にすてきな奥様で、ナタリーも安心していた。


「エマから貰ったものであれば、あの子はなんでも喜ぶと思うわよ」


ノクス辺境伯夫人は、「ねえ?」と私に同意を求めた。

私ももちろん、奥様のおっしゃることに強く同意した。

しかし、お嬢様は疑わしい目を向けている。

お嬢様の髪には、先日ヴィクトール様がくださった髪飾りが輝いている。


お嬢様が悩む姿を、ノクス辺境伯夫人は微笑ましくご覧になられている。

お嬢様は助けを求めるように、ノクス辺境伯夫人を見つめた。


「そうね……。あの子は、あまり装飾品を身に付けないから、どちらかといえば実用的なものの方が良いかもしれないわ」

「実用的……」

「あとは……そうね」


ノクス辺境伯夫人はお嬢様をじっとご覧になられた。


「紫……、もしくは銀のものがあしらわれていると良いのでは?」


ノクス辺境伯夫人の言葉が意味することが分かり、お嬢様は頬を赤らめた。


「そっ……そんなこと」

「それが一番喜ぶと思うわ」


ノクス辺境伯夫人は、「ねえ?」と私に再び同意を求めた。

私ももちろん、奥様のおっしゃることに強く同意した。


「だって、エマ。この髪飾りだって、あの子の瞳の色よ。婚約者なんだもの。相手の瞳や髪の色の贈り物はおかしなことではないわ。――むしろ、ヴィクトールは喜ぶはずよ」


ノクス辺境伯夫人はニンマリとほほ笑んだ。

お嬢様はまだ少し抵抗があるようではあったが、奥様のおっしゃることも理解できるようで、贈り物を選ぶ観点を定めたようだった。


そして、多くのものの中で一つを手に取った。


「……これに、します」


プラチナにアメジストがアクセントになっているカフス。


「いいわ! エマ。これは喜ぶわよ!!」


奥様の喜びように、お嬢様もはにかみ笑いを浮かべていた。


お嬢様が、男性の贈り物でこんなに悩まれるのは……。

ヴィクトール様がはじめてだ。


やっぱり、ヴィクトール様はお嬢様の特別な方になる。


お嬢様の幸せそうな顔を見て、ナタリーは確信を得ていた。

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