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不気味令嬢は、氷の貴公子に溺愛される  作者: 青海きのこ
第1章アステリア編

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【番外編④】ヴィクトールの贈物

第1話~第6話辺りの話と関連します。あわせてお読みいただけると嬉しいです。

【番外編④】ヴィクトールの贈物


「婚約?」


怪訝な顔をしているヴィクトールにカイルは頷いた。


「そう、お相手はエメリン・リュクノール侯爵令嬢」

「リュクノール……ということは」

「ケイティの姉君だ」


その名を聞いた瞬間、突然の婚約の理由が全て分かった気がした。


「なんだ、ヴィクトール。言いたいことでも?」

ヴィクトールは、黙って首を横に振った。

「君なら断らないと思ったんだ」と、カイルはヴィクトールに微笑を浮かべた。


「身分、能力、容姿、どれをとっても申し分ない。加えて君は私にとっても知己。君以上に信頼できる男はいない。ノクス辺境伯からの懇願も無視はできない。君ももう結婚を考える相手がいたっておかしくない」


カイルは自分に都合の良いことばかりを、並べ立てる。

ケイティは今年で卒業する。卒業と同時に結婚するために、ケイティの姉君を片付けておきたいのだろう。ケイティさえいればいいと思っている男の発想だ。そして、ヴィクトールを選んだのは……。


ケイティへの思いは、大したものではないというのに――。


別にカイルから奪おうなんてことは一度も考えたことはない。

ただ、一緒にいて好ましい女性だと少しだけ密かに思っているということくらいだ。


それなのに……。本当に心の狭い男だ。


ヴィクトールはため息をついた。


「断るのか?」

「王命だろう?」


断らせるつもりなど、端からなかっただろうに。

それにしても、こんなことに巻き込まれるケイティの姉君も気の毒だ。

そう頭に過った瞬間に、そういえばケイティの姉のことを何も知らないことに気がついた。


「エメリン嬢、と言ったか。どんな方なんだ?」


まさかとは思うが、常日頃ヴィクトールに纏わりつくような令嬢ではあるまいな。

ヴィクトールとして、いずれは結婚をしなければならない立場だということは分かっていた。だから、この婚約の話だって仕方ないとは思っている。しかし、相手がヴィクトールの苦手なタイプだったら……。


「知らん」


カイルは平然とヴィクトールに言ってのけた。


「は?」

「私だって、会ったことはほとんどない」


皇太子だということを忘れて、殴ってやりたくなった。


「絵姿は君の執務室に持って行かせた。と言っても、15歳のデビュタントのときのものだが。あまり人前に出て来ない方なんだ。私だって彼女がデビュタントのときに夜会でちらっと挨拶をしたくらいだ」


ケイティ以外の女性は、どうでも良いとでも言わんばかりの態度だ。


「安心しろ。ヴィクトールが苦手なタイプではないはずだ」

「と、いうと……――?」


ヴィクトールは、苛立ちを抑えながら努めて冷静に問うた。


「姦しいタイプではない。静かだ。まあ、大人しいというか。とにかく、君の仕事を邪魔したり、引っ掻きまわしたり、そういうタイプではない」


本当にそうなら良いが……。

とにかく、ヴィクトールにとって令嬢と言えば、うるさく纏わり付き、仕事の邪魔でしかない。冷たくすると、これ見よがしに涙を浮かべたりするのも勘弁してほしい。そんなタイプだったら、さすがの王命と言え遠慮願いたいところだ。


まあ、ケイティの姉であるわけだし、そんなタイプは想像しにくいが……。姉妹といえど性格が似ているかは分からない。


「ああ、ヴィクトール。分かっているだろうが、嫌われるなよ」

「は?」

「君を嫌う女性はそういないだろうが、何せヴィクトールはご令嬢に冷たい。そこは、唯一の欠点だ。とにかく機嫌を取れ。合わなければ離婚しても良いから、結婚にはなんとか漕ぎつけろ」


さっきからコイツは何を言ってるんだ……。

私と姉君の人生をなんだと思っている。

「自分本位」が服を着て歩いているような発言を連発するカイルを睨んだが、全く意に介していない。


「そうだな。贈物はマメにしろ。令嬢はそういうものを喜ぶ」

「……」

「君の瞳や髪の色なんかが使われている宝石なんかどうだ? なんだ、ヴィクトール。ずいぶん物騒な目を向けて来るな」

「いえ……カイル殿下のお気遣いに感謝いたします」


ヴィクトールは、腸が煮えくり返るのを抑え、執務室へと急いだ。


◇◇◇


あんな身勝手なヤツがこの国の統治者になるのかと思うと非常に腹立たしい。

が、カイルがそう悪い人間ではないことも知っているので、本気で怒れないでいる。


ケイティのことが絡むと、ああなることは分かっている。


――恋とはそういうものなのだろうか……。


ヴィクトールはいまいちカイルの心情が理解できないでいた。

ケイティに抱く感情で、ヴィクトールはあんなに心がかき乱されることはない。

そもそも令嬢に心を動かされることがない。


執務室に置いてあった婚約者の顔を眺める。


癖のある銀髪に、紫の瞳を見たとき、「不気味令嬢」という渾名を思い出した。

心無い貴族から、確かそう呼ばれていた。

しかし、あどけなさの残る絵姿を見ても、不気味とは思えなかった。

どちらかと言えば、愛らしい顔立ちだ。

形の良い鼻、小さな口、この国では忌まわしいといわれる紫の瞳は神秘的にも見える。

この令嬢と婚約するのか……。絵姿を見ていても、あまり実感が湧かなかった。


「贈物……ね」


カイルの言葉を思い出していた。

本当に自分勝手なヤツだ。

令嬢に人気のロマンス小説も読めなどと抜かしやがって……。


カイルのアドバイスは腹立たしくは思ったが、婚約者の絵姿を見ていると、彼女は哀れのように思えた。よく知らない男と急に婚約をしろと言われ、納得しているのだろうか。


そのとき、コン、コン、コンとノックが聞こえた。

返事をすると、ケイティが現れた。


「ケイティ」


執務室で二人になっているなんてカイルに知られたら、大変なんだが……。

と思いながらも、先程のカイルに復讐をするのも良いとも思い、ケイティを招きいれた。

ケイティには聞きたいこともある。


「ヴィクトールが、お姉様と婚約するって聞きました」


カイルのヤツ……――。


ヴィクトールだって、まだ正式に返事をしたわけではない。

それに、相手の返事もあるだろう。何を考えているんだ。


「まだ正式ではないけどね」

「ヴィクトールがお相手なら、お姉様も安心だと思って」

「そう?」


ケイティは姉とあまり交流はないようだが、姉のことを心配はしているようだ。

それは彼女とて、どこの馬の骨とは分からぬ男よりは、ヴィクトールの方が安心だろう。


「それ、お姉様の絵姿?」

「ああ、15のときだって?」

「デビュタントのときね! きれい」


ケイティは眩しそうに姉の絵姿を見た。確かに綺麗だ。まあ、絵姿は大抵本人よりも美しく描くと相場は決まっている。三割引き程度に考えておいた方がいいだろうな。


「そういえば、姉君はいくつなんだ?」

「え? 二十歳よ。そんなことも聞いてないの?」


――三つ下か。


「ああ。贈物をしろ。ロマンス小説を読めとは言われたがな……」


うんざりしたようにヴィクトールが言うと、ケイティは楽しげに笑った。


「ヴィクトールがロマンス小説って」

「令嬢に人気のものを読めということだ。ケイティ、持っているか?」

「……今度、持って来ます」


ケイティは少し恥ずかしそうに言った。


「あと、姉君がどういうものをお好きか知っているか?」

「好きなもの……」


ケイティはうーんと考え込んでいた。


私の婚約者殿はずいぶん謎に包まれている。


◇◇◇


「え……? これを、私に……ですか?」


驚いたように目を見開いてエメリンは聞いて来た。

他に誰に渡すというのか。


リュクノール家のタウンハウスに赴き、婚約の挨拶をした際にエメリンに贈物を渡した。

母に聞いて王都で流行の宝石店で誂えたものだ。

さすがに私の瞳や髪色は恥ずかしいから、本人の瞳の色に合わせた。

それなりによく仕上がっていると思うが……。


贈物を渡したエメリンの顔は、嬉しそうに受け取ってくれたが、何となく違和感がある。


「こんな素敵なものを……。ノクス卿、お気遣いいただき、本当にありがとうございます」


箱を空け、嬉しそうに微笑む。が、その笑顔の奥に何かがある。考えすぎか?

ヴィクトールは、公務でも日々腹の探り合いをしている。

僅かな変化には敏いつもりだが……。何か気に入らないものだったのか?

それとも、ロマンス小説に出てきた男のようなことを囁けばよかったのか?


ヴィクトールは不思議に思い、エメリンをじっと見た。


絵姿とは違う二十歳のエメリンは、絵姿よりもずっと――美しかった。

五年の歳月は少女を女性に変えていた。あどけなさは消え、銀髪と紫の瞳が妖艶な美しさを醸し出している。だが、その美しさとは裏腹に、彼女は嬉しそうに受け取った贈物に戸惑っている。笑顔を作って必死に耐えているようにも見える。女性にこんな態度を取られたことは初めてだった。


――やはり、婚約が嫌なのか。


確かに、私が知っている令嬢とは大分違うタイプのようだ。素直で何を考えているかすぐに分かるケイティともタイプが違う。

ヴィクトールの視線に、顔を赤らめているのを見るに、嫌われてはいなさそうな気もするが……。

正直、嬉しそうにもあまり見えない。


まあ、それもそうだろう。急に決まった婚約なのだから。

ここから関係を作っていけば良い。


「エメリン嬢」

「はい」

「私達も婚約者になったんだし、名前で呼んでくれないか」


ヴィクトールが微笑みながら提案すると、エメリンは赤くなって俯いた。

その仕草はとても可憐だった。


「はい……」

「ヴィクトールと呼んでほしい」

「はい。分かりました」


エメリンは身を縮めながら、「お気遣いいただき……」ともう何度目か分からない礼を繰り返した。


嫌われているわけでは、ないんだよな……?


◇◇◇


ノクス領に呼びつけたのは失礼かと思ったが、エメリンは特に怒ることなく受け入れた。


闇魔法の件は予想外だったが、ノクス家にとっては良い誤算ともいえる。

魔獣がよく発生する辺境では、彼女の力は役に立つ。

別に彼女を利用しようということではないが……。


仕事の邪魔をしないどころか、ヴィクトールにとっては本当に「良きパートナー」になりそうだ。

ヴィクトールはエメリンのことを知れば知るほど、興味を持つようになった。

生活している様子を見ても、使用人の話を聞いても、エメリンの態度は“令嬢の猫かぶり”でも無さそうだ。まあ、あの母があんなに気に入っているのだから、その点は心配する必要もないのだろうが。


先日、母にエメリンを放置するなと言われたが、別に放置しているつもりはない。

エメリンは仕事に理解があるようで、「気にしないでほしい」と言っていた。

ヴィクトールが贈る花もずいぶん喜んでくれているようだった。


ヴィクトールとて、エメリンとの結婚準備を進めるため、早く終われるよう政務にも力を入れている。

今日だって連日の魔獣討伐で疲弊した身体を引きずって、エメリンに会いに……。


エメリンのいるはずの離宮に赴いたら、エメリンはいなかった。

使用人に聞くと「庭を見に行った」という。

慌てて庭に行くと、温室から楽しそうな笑い声が聞こえた。


ほら、エメリンは別に怒ってなどいない。母の取り越し苦労だ。

と思って温室の扉の前に立つと、エメリンのスカートの汚れを甲斐甲斐しく落とす男が目に入った。エメリンは私にやるように恐縮した態度は見せていない。しかも、その男はあろうことか、私の婚約者の顔に触れている。エメリンも嫌がる素振りはないし、ぼんやりと男を見つめてさえいる。エメリンを「エマ」と当たり前のように呼ぶ姿も苛立たせた。何より許せないのは、それをエメリンが普通に受け入れていることだ。


そんな二人の姿を目にした瞬間、ヴィクトールには抑えきれない激情が走った。


なんだ、あの男――。

エメリンが、あんな顔で男を見上げている。

胸の奥で何かが軋んだ。呼吸が浅くなる。この感覚は何だ。


「ヴィクトール様!」


温室の扉の前に立つ私に、気付いたのは庭師だった。

そこで初めて二人は私に気づいたのか、見つめ合っていた視線をパッとヴィクトールに向けた。なんなんだ、私は邪魔者なのか。ヴィクトールを見た瞬間、あの男はエメリンの「護衛騎士」として振る舞った。ただの護衛が主人の顔に手を触れ、「エマ」とあんな顔で呼ぶと思うのか。


エメリンは私に気づくと、ご令嬢の見本のような顔で挨拶をしてきた。

それもまたヴィクトールをイライラさせた。

さっきまであの男に向けていた笑顔はなんだったんだ。


苛立ちが抑えきれず、「ずいぶんと親しい護衛騎士をお連れなんですね」と冷ややかにエマに声をかけてしまった。エマは「彼は……幼馴染で」と私に言い訳した。

私には見せない笑顔を、あの男には向ける。私が少し触れただけで身体を強張らせたのに、あの男の手は自然に受け入れる。幼馴染だと? 私もケイティとは幼馴染だが、あんな風に触れたことなど一度もない。


――私は君の婚約者だというのに。


エメリンは、ヴィクトールの婚約者としての自覚が足りてないのではないか。


自分がエメリンを放置していたことは棚に上げ、ヴィクトールはエメリンに抑えきれない感情を抱いていた。


その日は一日中マグマのような苛立ちを抱えていた。


◇◇◇


エメリンの“弟”は、茶会以降は、やたらとヴィクトールを挑発することはなくなった。

しかし、護衛騎士にしてはずいぶん親しいのは、気に入らなかった。

そもそも、道中はともかくとして、ノクス家の中にいるのにあんなに傍に控えている必要があるのか。


レイヤードがいなくても、エマの身はヴィクトールが守る。


ヴィクトールは自分の魔力を込めたブルージルコンを見ながら、そう考えていた。


自分の瞳の色なんて恥ずかしいと思っていたはずなのに。

今はエマに“ヴィクトールの色”を身に付けてほしいと思っていた。

ヴィクトールの瞳や髪の色を見て、エマに自分のことを思い出してほしい。

いつも自分といる感覚でいてほしい。

それに……――。


診療所でエマを聖女と称える男たちや、エマの“弟”への牽制にもなる。

彼女が誰のものなのか、男たちにも忘れないでもらわなければならない。


エマを思いながら、すべての石に自分の魔力を込めた。

これで、エマの危険も護衛騎士よりも私が全て察知できる。

――婚約者なのだから、当然だ。

何か困ったことがあれば、護衛騎士よりもヴィクトールが頼りになると分かるはずだ。


ヴィクトールは自分の魔力を込めた魔石を持って、宝石商へと持って行った。

あの美しい銀髪に映える髪飾りを贈ろう。

彼女はどうも自分の見た目に劣等感を持っていそうだ。

私の最初の贈物が失敗したのは“あの色”が原因なのだろうと、ヴィクトールも気が付いた。

だから今回は、ルベライトにした。ピンクは可憐なエマにもよく似合う。


ヴィクトールは、気が付いたらエマに喜ばれる贈物を考えるようになっていた。

今度の贈物に彼女はどんな顔をするだろうか。


ヴィクトールはエマのリアクションを想像して、幸福な気持ちが満ちて来た。


贈物とは、贈り主がこんなに幸福になれるものなのだ。


ヴィクトールは、エマに出会って初めてそのことに気が付いた。


最初にカイルから勧められた贈り物は、義務だった。

だが今は違う。エマの笑顔が見たい。エマに喜んでほしい。それだけで、ヴィクトールの胸は満たされる。――カイルが言っていた「恋」とは、こういうものなのかもしれない。

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