【番外編②】ルシアンの決断(ルシアンの求婚 アナザーストーリー)
第39話 ルシアンの求婚関連エピソードです。
ルシアン…ルーク王国隣国の大国ディベリアの第二皇太子。
カイル…ルーク王国王太子。ヴィクトールの幼馴染。
ケイティ…ルーク王国聖女。エマの妹。
“もし”なんて、考えても意味はない。
ずっとそう考えてきた。
そんなことを思うくらいなら、現実的な決断をすべきだ。
限られた時間の中で、決断しなければならないことは数多くある。
にも拘わらず、変えようのない“もし”などに引っ張られるなど、無意味もよいところだ。
――分かっているのに……。
エマと出会ってから、ルシアンは“もし”と考えることが増えた。
もし、私が、ルーク王国の人間だったら。
もし、私が皇太子ではなかったら。
もし、ヴィクトールよりも先に彼女と出会っていたら。
どの“もし”も、変えようのないことだった。
もし、帝国の力を使って彼女を抱え込んだら……。
ユマーノが私の本音を知ったら、全力でエマに脅しをかけたかもしれないな。
考えてはならない“もし”までもが、時折頭を過る。
エマを手に入れたいと考えたのは、あの力に魅力を感じたからだ。
ケイティはカイル殿下の婚約者だが、エマは言ってはなんだが王国の一貴族の婚約者に過ぎない。私だったら、奪える。――そう思っていた。あの時までは。
ケイティとカイルのような絆は、王命で交わされた婚約には存在しないと見越していた。
王宮勤めのときから、ヴィクトールが女性に冷たい男なのは承知していた。
しかも、あの男がエマの妹に密かに懸想していたことにも感づいていた。
だから、エマをこっちに振り向かせることは自信があった。
聡明な彼女には、私との婚姻が、いかにメリットがあるかを納得させれば良いと思っていた。
――誤算、としか言えないな。敵を甘く見ると、碌なことはない。戦術を見誤った。
ヴィクトールが、あんなにもエマに執着していたとは……。
彼女への思いは、皇太子としての打算から始まった。
皇族の結婚など、そういうものだと思っていた。
それなのに……――。
エマのことを知れば知るほど、喉から手が出るほど手に入れたくなった。
エマの美しさ、聡明さ、いじらしさ、懸命さ……。
そのどれもが、ルシアンの奥底に沈んでいた何かを刺激した。
本当は無理矢理にでも奪い去ってしまいたかった。
でも……――。
ヴィクトールと一緒にいるときの、彼女の笑顔を見ると、どうしてもそれができなかった。
ヴィクトールを見つめる瞳、ヴィクトールに揶揄われて赤らめる頬。
そのどれもがルシアンの衝動を掻き立てた。
そして、その瞳が自分に向けられていないことにも、嫌というほど分かっていた。
こんなことをいつまでも考えるのは、ルシアンらしくなかった。
準聖女に認定された彼女は、神々しい美しさだった。
民衆に向けて手を振る姿を見ると、彼女以上に私の正妃に相応しい女性はいないと思えた。
こんなに執着したことなど、一度もなかったというのに。
そういうものに限って、手に入らないとは……皮肉なものだな。
◇◇◇
準聖女認定式の夜会のことだった。
「そんなことおっしゃらず、ぜひ一度私とダンスを」
断られているにも関わらず、しつこい男たちがエマに群がっていた。
珍しくヴィクトールも彼女の傍にいない。
気乗りしない夜会だったが、僥倖だったか。
「エマ」
ルシアンが声をかけると、エマがほっとしたように顔をあげた。
「ルシアン殿下」
その名にぎょっとしたように、エマにまとわりついていた男どもが身を縮めた。
「どうしたんだ?」
「あ、その……」
「まさか、疲れて休んでいる女性に、ダンスを無理強いしている……なんてことは、ルーク王国の紳士に限ってはないだろうな」
嫌味を口にしながらにっと微笑むと、男たちはルシアンへの挨拶もそこそこに立ち去っていた。
――小物だな。そんな覚悟でエマを狙うとは。身の程知らずも対外にしろ。
「ルシアン殿下、ありがとうございました」
エマは魔獣討伐の辺りから、ルシアンへの警戒心を解いてくれている。
戦闘中に子どもを預けてくれたのも、私への信頼の証だと感じていた。
昏睡状態のヴィクトールの看病の際も、私の心配を素直に受け止めてくれていた。
あのとき、私はヴィクトールがこのまま目覚めなかったら……と、頭が過ったなんてこと考えもしなかっただろうな。
もし、ヴィクトールがいなければ、きっとエマは私を選んでくれる。
「エマ、ヴィクトールはどうしたんだ?」
「あ……」
エマの視線の先には、令嬢に囲まれているヴィクトールがいた。さすがのヴィクトールも令嬢を殴るわけにはいかないだろうし、まあ、抜け出るのには時間がかかりそうだな。
「――なるほど」
「ヴィクトール様は、本当におモテになるんですね」
「まあ、王宮勤めのときは、きゃあきゃあ言われていたな」
ルシアンが肯定すると、エマはしょんぼりしたような顔をした。
いや、あの男の執着をまだ分かってないのか。
あんな令嬢たち、束になったところでエマに敵うわけがないのに。
まあ、そういうところもエマの愛らしいところではあるが……。
「エマ、外に出ないか?」
「でも……」
「ヴィクトールがあの状態じゃ、また変なヤツが声をかけてくるぞ」
ルシアンの言葉に、エマは嫌そうに眉を顰めた。
「別に私がいるんだ。危険はない」
「……そう、ですよね」
エマはルシアンの提案ににこっと微笑んだ。
危険はないなんて、白々しいこと、よく言えたものだと我ながら笑ってしまった。が、エマはルシアンの言葉を素直に受け止め、ヴィクトールに外へ行くと伝えている。
エマはエスコートのために差し出されたルシアンの手を取った。その仕草に躊躇いはなかった。令嬢の壁に阻まれているヴィクトールを見ると、アイツは私の“危険性”を適切に感じ取っているようだった。
――フン。たまには指を加えて見ていればいいんだ。
ルシアンはヴィクトールにふふんと微笑むと、見せつけるようにエマをエスコートした。
◇◇◇
それにしても、今日のエマは妖艶だ。
スカートはヴィクトールの髪色を意識した濃紺で、白い肌によく映える。
もし、その色がルシアンの黒髪と同じだったら、あしらったパールが夜空のようにもっと美しく映えただろうが……。そんな負け惜しみのようなことまで考えてしまう。
エマとヴィクトールの話をしながら、私たちが初めて出会った場所まで歩く。
悔しいが、ヴィクトールの話が一番エマを和ませる。
「エマ、覚えてる?」
ルシアンは庭園の東屋で立ち止まった。
「え?」
「ここで君たちはお茶会をしていた」
“偶然”通りすがって、求婚をして君を手に入れるはずだった。
エマはあの日のことを問うと少し複雑そうな表情をした。
「もちろん、覚えています」
「あの日、言ったことも?」
エマの瞳を覗き込むと、紫の瞳が戸惑いに揺れていた。
――私は君の保護者じゃないんだ。あんまり安心されても困る。
「……も、もちろん」
エマはルシアンの様子が変わったことに気付いたようだ。久しぶりに動揺を感じる。
「忘れられているかと思ったよ」
「そんな……」
エマのスカートのように、美しい星空を見上げた。
もし、私が皇太子ではなかったら……。
君を無理矢理にでも、連れ去るのに。ルシアンは自分の中の衝動を感じた。
でも、自分の運命が変えられないということも知っていた。
私は、ディベリアの皇太子だ。ディベリアのために、身を投じる責がある。
「エマ、あの光の柱のことは、ディベリアでもかなり話題になっているようだ。ディベリアだけじゃない。隣国から君と繋がりを持ちたがる声は広がるだろうな」
エマは、ルシアンの言葉にドキリとしたような顔をした。
エマも懸念していたことなのだろう。
そう、君は君が思っている以上に価値がある。
「君の力は魔獣や瘴気に苦しむ国にとっては、喉から手が出るほどほしいものだ」
遠くから、ヴィクトールの声が微かに聞こえた。
もう令嬢たちの壁を突破したのか。
「全くせっかちなヤツだ。少しは配慮というものがないのか……」
ルシアンはそうつぶやくと、微かに笑い、突然エマに片膝をついた。
「ル、ルシアン殿下……!?」
ルシアンの行動にエマは驚いたように大きな目を見開いた。
「エマ、私と結婚してくれないか?」
可能性がないのは分かっている。
でも、心の中に隠し続けることはできなかった。
「はじめは国のために君の力がほしいと思った。君の力があれば、魔獣に苦しめられる民を救えると。でも、いまは…――。君を知れば知るほど、どうしようもなく魅かれるんだ。ヴィクトールのことは分かっている。でも、私の気持ちを君に知っておいてほしかった」
「……ルシアン殿下」
エマは驚きで言葉を失っていた。
――やはり彼女は自分の価値に疎い。
エマはルシアンの求婚に返事をしようと口を開いた。
が、それを邪魔するようにルシアンは言葉を紡いだ。
「エマ、返事は求めていない。ただ、君に、聖女としての、人としての価値を、きちんと分かってもらいたかっただけだ。私は同じ闇魔法の使い手として、君を心から尊敬している」
答えなんか、聞かなくても分かっている。
エマの口から、そんな分かり切ったことは聞きたくなかった。
私は新たな一歩など、踏み出したくなどないのだから。
このまま、君を密かに思う自由を許してほしい。
ヴィクトールのエマを呼ぶ声がはっきりと聞こえた。
「そろそろヴィクトールが青筋を立てて来るだろうから」
ルシアンは立ち上がり笑った。精一杯の強がりだった。
ヴィクトールは、忌々し気にルシアンを睨んだ。
――本当に、この男がこんなに執着していなければ……。
ルシアンはヴィクトールに最後の意地悪を言った。
「なんだ、ヴィクトール。ご令嬢たちとのダンスは楽しんで来なかったのか」
「誰とも踊るわけがないだろう」
「つれないな。彼女たちだって、君が結婚する前に一度思い出を作っておきたいだけだろうに」
フラれる側の気持ちも、少しは思いやってほしいものだ。
「そんなことはどうでもいい。ルシアン殿下、こんな人気のない場所にエマを連れ出すなんて、何を考えているんですか。変な噂が立ったらどうするつもりだ」
「別に私とエマは変な関係じゃない。むしろ、私はヴィクトールがご令嬢とご歓談中に、エマに群がる変な虫を追い払っただけだ。礼こそ言われ、あらぬ疑いをかけられるなど侵害だ。貴族の噂なんて、低レベルなものに振り回されなければいいだけだ」
ヴィクトールはぐっと押し黙り、しぶしぶと言った様子でルシアンに礼を言った。
「ヴィクトール、君は妙な想像をしているようだが、エマと私は変な関係ではない。――なあ、エマ。私と君は、良き友人だろう?」
ルシアンは、エマに微笑みかけた。エマにだけ、私の思いを知っていてもらいたい。
「はい。僭越ながら……。ルシアン殿下は、心から尊敬する、友人です」
エマは、ルシアンの言葉に応えるようにそう言った。
もう、それで満足だ。ルシアンは一人会場に戻った。
夜空には、美しい星々が瞬いていた。ルシアンはその夜空を見ながら、エマのドレス姿を思い出していた。
――心から、尊敬する友人か。
エマの言葉を心の中で反復していた。悪くはない。ルシアンは、そんな風に思えた。
考えても仕方がない“もし”を考えるのは、もう終わりだ。
私はディベリアの民のために、自分ができることを考える。
遠くディベリアの方角を仰ぎ、ルシアンは、エマの笑顔にそう誓った。
お読みいただきありがとうございました。
今週は番外編を投稿致します。
しばしお付き合いください。




