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不気味令嬢は、氷の貴公子に溺愛される  作者: 青海きのこ
第1章アステリア編

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第35話 目覚め(ヴィクトール視点)

第35話 目覚め(ヴィクトール視点)


なんだか遠くから、エマに呼ばれたような気がした。闇の底に沈んでいた意識が、微かに揺れる。

ピクピクと瞼が痙攣する。光を探すように、重たい瞼が動いた。自分の身体ではないような、自由にならない感覚を感じながらゆっくりと目を開くと、今にも泣きだしそうなエマの顔が目に入った。


「……エ、マ…?」


ヴィクトールがぽつりとつぶやくと、一斉に歓声が上がった。

エマしか見えていなかったが、この部屋には皆がいたのか。


ヴィクトールは起き上がろうとしたが、まだ傷が痛むようだった。

「うっ…」と声を漏らしていると、エマは人目も憚らずぎゅっと抱きついていた。


「――エ、エマ?」


珍しくヴィクトールが動揺している。


「どうして、泣いて……」


ヴィクトールの胸が、エマの涙で濡れている。

一体何がどうなっているのか、目覚めたばかりの頭が追い付いていなかった。

エマとヴィクトールの様子を見守り、みんなが部屋をそっと出て行った。


「ヴィクトール様……良かった。……一週間以上、眠ったままだったんですよ」

「一週間…!?」


ヴィクトールが驚いたように、目を見開く。通りで身体重いわけだ。エマが潤んだ瞳でヴィクトールを見上げた。エマの白い頬に手を伸ばし、エマのこの柔らかな頬を魔獣の鉤爪が傷つけていたことを思い出した。愛おしそうにヴィクトールがエマの頬を撫でる。


「治ったのか……」

「ケイティの治癒魔法で……。ヴィクトール様の傷も、早く癒えるように魔力も薬も使っていたんですが……」


ヴィクトールの傷は大きく深く、中々治らないのだろう。まだ、痛みも残る。


「心配をかけたね」

「もう少し続ければ、良くなると思います」


エマはヴィクトールにニコリとほほ笑みかけた。

良かった。エマが、いる。

あの日の戦闘を夢の中でもずっと見ていた気がする。

魔獣討伐なんて、ノクス領でも何度も行っている。ヴィクトールにとっては日常だ。

が、エマを失う恐怖は一度も感じたことはなかった。

エマを失うと思った瞬間、冷静な判断ができなかった。

この身を呈してエマを守ったことに後悔はなかったが、大分心配させたようだ。

この一週間、どれほど辛い思いをさせてしまっただろう。


「エマ……ごめん」


エマは涙をこらえながら、首を大きく振った。


「ヴィクトール様、お疲れでしょう」


疲れを感じている気はしていなかったが、妙に瞼を重く感じ、ヴィクトールは再び眠りについた。

薄れゆく意識の中で、ヴィクトールの髪を優しく撫でるエマの手の温もりを感じた。


◇◇◇


「ヴィクトール様……、あまりこちらを見ないでください」


エマが顔を真っ赤にして、ヴィクトールの身体をタオルで清めてくれていた。

ヴィクトールが眠っている最中の、エマの献身的な看病を知ったとき、ヴィクトールは感動で胸が震えた。エマが、ヴィクトールの身体を拭い、口移しで薬を飲ませていたとは……。

エマが休んでいる最中に見舞いに来たカイルが、ニヤニヤ笑いで教えてきた。


それを聞いたヴィクトールは、身体が自由にならないのを言い訳にエマに身体を清めることを頼んだ。はじめ、エマは真っ赤になって拒否したが、傷が痛むというと心配した様子で受け入れてくれた。


ヴィクトールのシャツを脱がせ、タオルで汗を拭う。

恥ずかしそうにヴィクトールの身体を清めるエマが愛らしかった。


「どうして見てはいけないの?」

「……そんなに見られると、恥ずかしいです。ただでさえ、恥ずかしいのに……」

「どうして? ずっと私の身体を清めてくれていたのではないの?」

「意識がある人と、ない人では、全然違います!」

「そうなの?」


エマは真っ赤になりながら、俯いて「当たり前です」と言った。恥ずかしがって目を合わせないエマをついからかいたくなってしまう。


「カイル殿下も余計なことを……」


エマはヴィクトールの身体を拭いながら、ぶつぶつと呟いている。


「エマ、薬も飲ませてほしいんだけど」


ヴィクトールはエマに薬の小瓶を掲げた。


「なっ! 薬はもう自分でお飲みになれるのでは……」

「横になっているから、飲みにくいんだ。傷も早く治したいし……」


甘えた表情でエマを見ると、エマは困ったような顔をした。

ヴィクトールが目覚めてから、エマはヴィクトールの頼み事に弱い。


――もう一押しだな……。

悪いとは思うが、譲る気はなかった。


「エマ、きちんと薬を飲めないと、効くものも効かないだろう?」

「でも…――」

「早く治したいと思っただけだったんだけど……ダメかい?」

「……――わ、分かり、ました」


エマは観念したように同意し、薬の小瓶を口に含むと、おずおずとヴィクトールの唇にそっと合わせた。エマの小さな口から、ヴィクトールの口内に薬が移った。

唇を離そうとするエマの頭を押さえ、逃がさぬように唇を重ねた。


「んっ……」


エマが苦しそうに声を上げた。

しばらくしてエマを解放すると、エマは潤んだ目でヴィクトールを睨んだ。


「……治療だなんて、騙して」

「騙したなんて人聞きが悪いよ。エマがあんまり可愛いから我慢できなかっただけなのに。それに、エマのおかげで薬もきちんと飲めたよ」


ヴィクトールの喉がコクっと動き、薬を嚥下したのが分かった。

悪びれないヴィクトールに、エマは少しだけ怒っている様子を見せた。

が、それよりも元気になったヴィクトールに触れて、エマは涙が滲みそうになるのが悔しかった。


ノックが聞こえ、エマは慌ててヴィクトールから身体を離した。


「入るぞ」という声とともに、ルシアンが現れた。


ルシアンは、シャツのボタンが全開の状態のヴィクトールに、顔を赤らめるエマを交互に見た。

ルシアンの視線を受けて、エマは更に顔を赤らめて俯いた。

「ずいぶん元気になったようだな、ヴィクトール」と目を眇めた。


「ち、違うんです。ルシアン殿下。その、ヴィクトール様はまだ身体が思うように動かせないそうで……」

「そうなのか? それは悪かった。――あ、エマ……ちょっといいか?」


ルシアンは扉の傍でエマに手招きをした。エマは慌ててルシアンの方に駆け寄った。

エマは素直にルシアンの指示に応じている。その行動に迷いも疑いもないように感じた。

相変わらずエマを構うルシアンにも、ルシアンの手招きにすぐに応じるエマに苛立ちを感じた。


ヴィクトールが眠っている間に、二人の関係は進展していたのだろうか……。

なんだかエマの態度に、ルシアンへの信頼を感じる。

ルシアンは呼び寄せたエマの耳元に何やら囁くと、エマに覆いかぶさるように抱きしめた。

ルシアンの瞳が挑戦的に、わざとヴィクトールを見た。


「何をしている――」


ヴィクトールは、ルシアンに殴り掛からんばかりに即座に起き上がった。

その瞬間、ルシアンはすぐにエマを抱きしめていた両手をぱっと離し、ニヤッと笑った。


「起き上がれないということのようだったが、ずいぶん元気になったんだな。ヴィクトール」


殺気に満ちた様子で近づいてきたヴィクトールに、余裕の様子でルシアンが言った。

ルシアンに抱きしめられていたエマが、非難がましい目でヴィクトールを見ている。


「あ……――」

「な、エマ。言っただろう。こいつは君の心配を利用する悪い男なんだ」

「……ヴィクトール様」

「エマ、違うんだ。その……ルシアンが、私が眠っている間、君に不埒なことをしていたのではないかと心配になって……」

「私はそんなことはしない。君と違って。フェアな男だからな」

「ルシアン殿下は、ヴィクトール様のこともずっと心配してくださっていました」


エマは軽蔑する眼差しで、珍しく慌てているヴィクトールを見た。


「早くきちんと服を整えろ。エマの前だというのに、嫌らしい男だな」


旗色の悪いヴィクトールに、ルシアンが楽しそうに言った。

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