第33話 闇の聖女
第33話 闇の聖女
「ケイティ、私の魔力をあなたに送る」
「お姉さまの魔力?」
「あの魔獣は枢機卿の闇魔法に操られている。だから、あなたの光魔法だけでは中々浄化できないのだと思う」
「――…え!? 枢機卿様が……そんな、まさか……」
ケイティはカイルの兵に抑えられながらも、ステージの端でニタニタ笑う枢機卿を目にした。そこにいたのは、ケイティの知る枢機卿の姿ではなかった。
「もう、彼は闇に取り込まれているのかもしれない……」
「そんな……――」
「この魔獣たちを払うには、私の魔力が使えるかもしれない……」
エマはケイティの手をぎゅっと握りしめた。
「闇が深ければ深いほど、光は強く、輝きを放つ……」
「なっ…なに、この力……」
ルシアンから、魔力の送り方は何度も学んだ。あのときの特訓で、閃いたことだった。
自分の魔力をかけ合わせることができるなら、自分と誰かの魔力も掛け合わせることができるって……。
「闇魔法よ」
「闇魔法!? どうしてお姉さまが?」
ケイティはぎょっとしたように、思わずエマの手を離したが、エマは再びケイティの手を固く握り直した。
「私を信じて、ケイティ。闇魔法は邪悪なものじゃない。使い方次第なのよ。見て……」
ステージの上から見る会場の様子は悲惨そのものだった。
荘厳な会場は、一瞬のうちにまるで地獄絵図と化していた。
ありとあらゆる場所で、魔物が暴れ、人間たちは必至に抵抗している。
誰もが武器を振るい、魔法を放ちながら、魔獣に抵抗している。
兵士たちも、ルシアンも、カイルも、教皇も、司祭たちも……。
でも、もう限界が訪れている。
「私たちはこの魔獣を浄化できる」
エマはケイティの力を心から信じるように、微笑んだ。
「私たちがやらないでどうするの?」
この地獄を止めるには、この方法しかないはずだ。
倒れるヴィクトールが見える。流れる鮮血が、エマを激しく動揺させた。
ダメ……。いまは、この魔獣を払うことに集中しなければ……。
「できるわ。必ず……。ケイティ、力を貸して」
「――……はい」
エマとケイティは手を繋ぎ、浄化の魔法をかけた。
二人の繋がれた手から、大きな光の柱が立ち上がった。
闇と光の融合。
まるでその力は、はじめから一対であったかのような、力強さで合わさった。
まぶしい光が放たれ、暴れ狂っていた魔獣がまるで塵のように消えていった。
「そんな……まさか……、そんなことが……」
枢機卿は、荒れ狂う魔獣たちが消えていく様子を見て、老いた身体を必死に抵抗させていた。
しかし、彼の肉体では若い兵士の手を解くことは叶わなかった。暴れる彼の身体は、床にねじ伏せられ、余計にみじめさを感じさせられた。
闇を纏った魔獣たちの身体は、一部は闇の中に消え、一部は星の瞬きのように、キラキラと闇夜に吸い込まれて行った。
会場中の人々がまばゆい光の柱を呆然と眺めていた。
全ての音が消えたような静寂の中に、血と瓦礫だけが戦いの生々しさを残していた。
「奇跡だ……」
誰ともなく、そう呟いた。魔獣は一頭残らず霧散し、再びアステリアには静寂が訪れた。大きな歓声とともに、エマとケイティの手は解かれた。浄化の力を使い果たしたケイティはその場で意識を失ったが、すぐに駆け付けていたカイルが彼女の身体を抱き留めていた。エマは、ステージを駆け下りた。
ヴィクトール。
ヴィクトール。
ヴィクトール。
彼を救わなければ……――。
彼のいない世界など、あり得はしない。
エマは一秒でも早く、ヴィクトールの元へ戻りたかった。
倒れているヴィクトールを、子どもを抱えたルシアンが見守っていた。
「エマ……」
「ヴィ、ヴィクトール様は!」
息が切れていた。駆け寄ったヴィクトールの脈は微かで、今にも消え入りそうだった。
魔獣の爪痕が残る背からはドクドクと鮮血が流れ出ていた。エマはルシアンが当てていた布の上から患部に力を当てた。ルシアンの服を破いて手当てしてくれていたようだ。エマの手から、ふわっとほの暗い光が発光し、ヴィクトールの身体を包んだ。
目覚めて。
目覚めて。
目覚めて、ヴィクトール様。
「……ヴィクトール! ヴィクトール!」
エマは残りの力を全て込めながら、ヴィクトールに中和の力を放った。
しかし、ヴィクトールはエマの声に反応して、目を開けることはなかった。
倒れる瞬間に見せた笑顔を見せることはなかった。
消え入りそうな脈が、更に弱まるのを感じた。
「ヴィクトール! 離れないって言ったじゃない!」
涙が零れそうになるのを必死に堪えながら、ヴィクトールに魔力を放った。
「……お姉さま」
ケイティが、カイルに抱きかかえられながらエマの元へ現れた。
「カイル、下ろして」
カイルはケイティをエマの傍らにそっと下ろした。
ケイティは、ヴィクトールの患部にエマと共に光を放った。
「さっきと同じよ。私たちの力が合わされば、きっと大丈夫。――奇跡を……起こせるわ」
ケイティは、ボロボロになった身体を引きずりながら、エマにそう語りかけた。
エマはケイティの言葉に強く頷き、二人は互いの手を握った。
「「ヴィクトール!」」
二人の呼びかけに呼応するように、ヴィクトールの身体がまばゆい光に包まれた。
一体どのくらいそうしていたのだろうか。
ヴィクトールの指が微かに動いた。
「ヴィクトール様……?」
トクン……。
消え入りそうな脈が、強く動いた。
瞳は固く閉じられたままだったが、なんとか心音は戻りつつあった。
その様子にほっとしたケイティは、再び意識を手放したが、それをカイルが支えていた。
「ケイティ、ありがとう……」
エマは倒れたケイティの手を握った。ケイティはぐっすりと眠っているようだった。
エマはポケットから薬瓶を取り出した。ヴィクトールの口を無理矢理開け、数滴垂らしたが意識のないヴィクトールの唇から薬が流れ出るだけだった。
エマはその小瓶の薬を自分の口に含むと、ヴィクトールに口移しで薬を飲ませた。
ヴィクトールの喉がこくり…と小さく動いた。
「大丈夫、必ず目覚める……」
エマは祈るようにヴィクトールの手を握った。彼の手は、温かかった。
エマはその温もりに安堵したように、エマの意識は闇に溶けていった。




