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不気味令嬢は、氷の貴公子に溺愛される  作者: 青海きのこ


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第31話 流れ星

第31話 流れ星


「これじゃ、ただの観光だろう」


ルシアンの提案で市井の様子を見回ることになった。事件に備えて二人とも帯剣している。緊張感に包まれていたはずが、ルシアンはのんびりと露店を見て回っている。

そんな様子に、ヴィクトールは頭を抱えている。


「観光の何が悪いんだ。私もルーク王国の星まつりに参加するのは久しぶりなんだ。君たちと違って、昨日は政務で忙しくてな」


チクリと二人を責めてくる。


「なあ、エマ。私と揃いのリボンをつけるのはどうだ?」


星の飾りがついた色違いのリボンを二本手にする。


「なんで、エマがルーンと同じにしなければならない」

「いいだろう。本当に心が狭いな」

「狭くて結構」


ルシアンのことは、街ではルーンと呼ぶことにしていた。

二人はいつも通り変わらぬ言い争いをしている。


――喧嘩するほど……ということなのだろうか。


苛立つヴィクトールを飄々とした様子でいなしている。

もうお馴染みのような二人の諍いを見ているエマに、ルシアンはウインクをした。


ルシアンは、あえて道化を演じてくれているようだ。こんなときなのに、少しだけ、気持ちが和んだ。


自分の身が狙われている事実。誰かにとって、私の存在は、消し去りたいほど忌むべきものであるという現実。この後、何が起こるか分からない不安。でも、私には、ヴィクトールも、ルシアンも、多くの人がついている。そう、思えた。私は、一人ではない。星まつりで何が起ころうとも、全力で挑むしかない。私を守ろうとしてくれている人たちのためにも。


私は、ヴィクトールとルシアンの終わらないいがみ合いを見ながら、そんなことを考えていた。


◇◇◇


夜も更け、祈りの時間が近づいて来た。会場にも多くの人々が集まっていた。

女神と見紛うばかりのケイティが、祈りのうたを捧げ、会場は神秘的な空気に包まれる。

教皇は人々に呼び掛ける。


「今年の星まつりも美しい星々が輝いております。女神は私たちを守護している。世界が、私たちが、闇に取り込まれないために。祈りましょう。光の力で世界を救うために……」


ケイティが教皇に請われて、聖女の祈りを捧げた。その瞬間、この広い会場全体が、大礼拝のときよりも一層美しくキラキラした光に包まれるのを感じた。夜空には美しい星々が煌めいている。


「あっ! 流れ星!」


父親に肩車をされている子どもが嬉しそうな声を上げる。その声に呼応するように、わぁと歓声が広がる。まるで、みんなの祈りに応えるように、夜空には無数の流れ星が降った。

人々は熱心に流れ星に祈りを捧げている。


静かな、幻想的な夜だった。


エマも、流れ星に祈りを捧げたいと思った。


ヴィクトールを見ると、ヴィクトールも無数の流れ星に目を奪われているようだった。

ヴィクトールは、何を願うのだろう。

繋いだ手から彼の温もりを感じる。

一日中手を繋いでいたから、エマの手はヴィクトールの手のように温かくなっていた。


彼と出会い、彼に愛され、ずっと乾いていたものが徐々に満たされていくのをエマは感じていた。


ヴィクトールと出会えてよかった。

ヴィクトールと出会わせてくれた奇跡に感謝をしたい。

エマは夜空の流れ星に願った。


――このまま、ずっと、この時間(とき)が止まってほしい。


そう、強く願った。


ところが、エマのその願いは、夜空を切り裂くような地響きに切り裂かれた。


「なっ…なに!?」

「ま、ま、魔獣だ……」


夜空の向こうから、蠢く闇が近づいて来るのが見えた。

それはアステリアには建国以来出現することのなかった魔獣の影だった。

闇と同化するような黒い大きな影が次々と近づいて来るのが見える。一体、何が……。このままでは、多くの犠牲者がでる。


「きゃあっ!」


祈りを捧げていた神聖な会場が、一瞬にしてパニックに陥った。

人々を誘導するため、司教や司祭、警備が声を上げているが、抑えきれていない。

逃げ惑う人々に押し流されないように、ヴィクトールがエマを抱えるように抱きしめた。


――何が……起こっているの?


「皆さん、落ち着いてください。避難指示に従ってください」


大司教がステージの上で声を張り上げる。


「聖女の力が、我々を守ってくれます。落ち着いて、信じましょう」


教皇の呼び掛けに応じるように、ケイティは落ち着いた様子でステージの中央に立った。

ケイティは、魔獣が押し寄せようとする方角に向かって、浄化の力を放った。


ケイティの光魔法に反応するように地がキラキラと光を放つ。闇夜と同化する魔獣たちにも届き、消え去ると思われたが、その魔獣たちは一瞬消滅すると思えたが、何故かその勢いのまま、会場へと向かって来ていた。


ケイティは動揺したように、近づく闇を見た。しかし、彼女は諦めず、繰り返し、繰り返し、浄化の力を放った。その度に、キラキラと光魔法の力が輝いたが、何度試みても、なぜか魔獣の力にはあまり効き目がないようだった。


「なぜ…――」


ケイティは思わず呟いた。激しく動揺しているようだった。


その瞬間、大司教がステージ上で大げさに叫んだ。


「こ……これは、偽聖女の仕業だ!」


“偽聖女”という言葉に、人々は反応する。


「ノクス領に現れたという、偽りの聖女が女神の御怒りを買ったんだ!」


もう一人の大司教も大声を張り上げた。

大司教の声に、逃げ惑う人々のパニックは大きくなる。


「皆の中でも偽聖女の噂を聞いたものはいるであろう。偽聖女は聖女(ケイティ)と違い、我々を救う者ではない。偽聖女を葬り去らなければ、女神の怒りは解けないであろう」


枢機卿は、大司教の言葉に反応するように、大衆に言い聞かせるようにそう言った。

枢機卿の顔は、朝の会場で見た笑顔は見えず、恐ろしいほどの悪意で歪んでいた。


「枢機卿、こんなときに何を言っているんだ」


教皇が人々を扇動しようとする枢機卿を止めようとするが、枢機卿は教皇の手を振り払い押しのけた。そして、彼は狙いを定めたように会場にいるエマの方を見た。目が、合ったような気がした。エマを捉えた瞳は、魔に魅入られた者の瞳だった。


「――……あそこに、いる」


枢機卿がエマを指した。


「あの不吉な見た目の者が、偽聖女だ」


枢機卿がにやりとエマを見て笑った。

その瞬間、周囲の目がエマに集中した。ヴィクトールがエマを隠すように抱きしめる。


「あの偽聖女を捕えないと、女神の怒りは解けない」

「――…お姉さま!? 何を言うんですか。やめてください。枢機卿」

「聖女よ、お前が身内を庇いたい気持ちは分かる。しかし、これは真実なのだ。あの者の存在が、女神の怒りを買ってしまったのだ……」

「何を言うんですか」

「では、なぜ魔獣たちはここを目掛けて向かっているのだ。そんなことが、あり得るというのか?」


枢機卿の言葉に、一部の人々が同調の声を上げ始めた。

ケイティは枢機卿に縋ったが、枢機卿はエマを指さすのをやめなかった。

逃げるに逃げられない、パニックに陥った一部の人間が、エマの方に怒りの矛先を向ける。


「まさか、お前が……魔獣を呼んだのか……」


悪意に満ちた声が、エマに向けられた。


「ち、違う……違います」

「離れろ! 冷静になれ!」


エマの声も、ヴィクトールの声も、人々には全く届いていないようだった。

エマの方に向かって来る人々は、一様におかしな目をしているように見えた。


まさか、闇魔法…――。


人々の恐怖心を掻き立て、心に付け入る隙を作っている。枢機卿が満足気な顔を浮かべている。


「やめて……」


ヴィクトールは、背中の後ろでエマを庇いながらも、剣に手を当て抜くタイミングを図っていた。


突進してきた人々がエマに近づこうとした瞬間、大きな風が吹いた。

ヴィクトールが、風魔法で人々を吹き飛ばした。


「ヴィ、ヴィクトール様……」

「大丈夫、加減している」


吹き飛ばされた人々は目が覚めたような顔をして、立ち上がろうとしている。


「見よ、人々に攻撃をしかける聖女がいるものか!」


勝ち誇ったように、枢機卿が人々に放った。周囲で見ていた人間の不安を煽るように、説得するように枢機卿が続けた。


「そんなことをしている場合か!」


カイルが枢機卿を抑え、ステージ上で人々に語り掛ける。


「魔獣が近い。見えないのか。あの闇を。いまはそんなことをしている場合ではない! 早く、逃げろ!」


カイルは、枢機卿に突き飛ばされたケイティの手を引き立ち上がらせた。

ケイティを勇気づけるように、肩を支えている。

暴徒化した人々は、カイルの声に冷静になったのか、エマを睨みつけながらも、この会場からなんとか逃げようと再び動き出した。カイルが用意した警備兵たちが、子どもや老人、女性を優先して避難誘導の指示を出している。


ケイティは、再び繰り返し浄化の力を放っていたが、それをあざ笑うかのように、魔獣がどんどん近付いて来ているのが分かった。


「――なんで、ここを目掛けるように魔獣が集まっているんだ……」


ヴィクトールは、エマを抱えながらつぶやいた。


「明らかにおかしい。普通の動きじゃない」


エマも頷いた。


「――…もしかして……、魔獣のことも、操って……いる?」


ステージ上で兵に拘束されながらも、勝ち誇ったように笑う枢機卿を見た。


「エマ、私から絶対に離れるな」

「はい」

「ルシアン! 後ろを頼む!」


いつの間にか、私たちの傍にいたルシアンに声をかける。


エマは、ヴィクトールとルシアンに挟まれるように隠された。

ヴィクトールは、もう間近に来ている魔獣に向かって剣を抜いた。


無情にも、夜空に流れ星は降り続けていた。

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