第30話 黒幕
第30話 黒幕
昨日とは打って変わって、馬車の中は賑やかだった。
エマ、ヴィクトール、ルシアン、ユマーノ、レイヤードと一緒に乗り込んでいる。
家紋のない馬車にはしたが、昨日のものより大きめのサイズのものにした。
窓際にエマ、その横にヴィクトール、レイヤードと並び、エマの前にルシアン、横にユマーノが並んだ。男性陣はユマーノ以外体格が良いので、広い馬車にしたはずがずいぶん狭いように感じる。
エマとレイヤードに挟まれ、ヴィクトールに窮屈な思いをさせるのも悪いので、エマが真ん中に座ると主張したがなぜかヴィクトールは真ん中に座ることを譲らなかった。その間にルシアンが「エマは私の膝に座ればいい」とか、ロクでもないないおふざけを挟み込むものだから、座席を決めるだけで一苦労した。馬車が出発してからも、エマを見つめるルシアンをヴィクトールが睨み、言い争い、この先が思いやられるようなスタートを切った。
「エマ、その独占欲の強い指輪は……」
ルシアンはエマの薬指にはまる指輪に見つけて目を眇めた。
「あ、これは……ヴィクトール様が」
エマの頬が少し赤く色づいた。
「ああ、婚約したのに婚約指輪も用意していなかった、あのヴィクトール殿が漸く用意したのか」
「ええ。婚約者がいると分かっているにも関わらず、求婚する非常識な男を寄せ付けないようにしないといけませんからね」
「そうか。まあ、こんな指輪で満足しているようだったら、いつ出し抜かれるか分からんがな」
「――…どういう意味ですか」
「別に。ただの一般論だ。婚約というのは飽くまでも、ただのお約束に過ぎないからな。約束が破棄されることなんてよくあることだ。戦で負ける理由の多くは“油断”だ。油断大敵ということだよ。ヴィクトール」
「油断などしておりません」
「どうかな……。最近富にデレデレした様子を見せているというし」
「デレデレなど……」
ヴィクトールは、自身を振り返ってかはっきりと否定しなかった。延々と終わらぬ二人の言い合いに、三人は呆れたように頭を抱えていた。
――もう、今日が大切な日だって分かってるのかしら……。
「ヴィクトール様、ルシアン殿下、この後のことを打ち合わせておかなくて大丈夫ですの?」
仕方がなく、エマが二人のやり取りに割って入った。レイヤードとユマーノが、感謝するようにエマを見た。
◇◇◇
街の活気は昨日よりも一層高まっていた。街の中心の特設会場には、教会関係者たちが集まっている。司祭や司教が、訪れる人たちに星まつり用の護符は配っていた。毎年配られているものなのか。年号も刻まれていた。
人が多く、前の方には行けなさそうだ。
「ユマーノ、この位置でも大丈夫か」
鑑定スキルは便利なものではあるが、あまり距離があると使えないともいう。ましてやこの人混み。ピンポイントでターゲットが分かっていれば良いが、教会関係者全員を鑑定するのは難しい。車内ではエマを襲った革新派の大司教のスキルも念のため確認することになっていた。他には、大司教以上のクラスを疑っている。つまり、大司教、総司教、枢機卿、教皇、聖女だ。ケイティはあり得ないとは思ったが、念のため鑑定するということで、ルシアンに説得された。妹を疑うようなことをするのは、さすがにエマも気が引けた。
「もう少し近くに行けると確実ですが」
ユマーノは人混みを縫うように、細い身体で前へ進む。
「エマ、大丈夫か?」
昨日以上に混雑している会場で、離れないようにエマはヴィクトールにがっちりと手首を掴まれていた。
「はい。なんとか」
ヴィクトールもルシアンもレイヤードも、人混みの中でも頭が一つ抜けているため、全体を見回せている。5人で固まっているのも危険な可能性があるし、怪しい者を見つけるためにも、会場に分散するようにした。怪しい者を発見したら、視線で合図するようにしている。エマは人混みに埋もれているだけなので、ただヴィクトールに手を引かれていた。
ユマーノは鑑定スキルを使うため、なるべく中央でどちらにも移動しやすいようにしている。
――全然、どこに誰がいるのか分からない。
私と同じように人混みに埋もれている、子どもたちと目が合う。子どもたちは嬉しそうに笑顔を浮かべている。みんな、この星まつりを心から楽しみにしているのだ。
ほどなくして、大司教が現れ、総司教や枢機卿、教皇、聖女が現れた。
「建国以来行われている星まつりが、ついに始まりました。今宵も聖女と敬虔な信者の皆さまの祈りで美しい星空を見られることでしょう。今宵は、ルーク王国の民に、この世界中の民に、星の祈りを捧げようでありませんか。この世界が今よりも平和で平穏であるために」
教皇の挨拶に大きな歓声が上がった。ステージ上で見るケイティは、いつも以上に美しかったが、いつものように胸に刺さった小さな棘を感じることはなかった。
夜の祈りの時間まではまだ大分時間がある。
ユマーノは、大丈夫だっただろうか。朝のセレモニーは大賑わいで幕を閉じた。
◇◇◇
人混みをなんとか掻いくぐり、5人で出会うのに一時間以上かかった。
今日は移動だけでも本当に一苦労だわ。
一目のつかない場所を選ばないと……。
みんな平服を着て「お忍びモード」ではあるが、ヴィクトールだけならまだしも、ルシアンまで揃うとさすがにこの人混みの中でも目立って仕方がない。しかも、レイヤードもなんだか若い女性たちの視線を集めているようだ。
――レイヤードも、モテるのね。知らなかった。
長年一緒にいるレイヤードは、男性というより、エマにとっては“弟”でしかない。こんなときなのに、弟の意外な一面に気付き少し嬉しく思った。
ルシアンがみんなを引き連れ、下町の庶民的な喫茶店に入ったかと思うと、勝手知ったる様子で二階へ上がり「関係者以外立入禁止」と書かれている部屋の扉を開けた。
扉を開けると、応接室になっていた。質素な作りではあるが、5人が座るには充分な広さがあった。ルシアンは「ふう」とため息をつくと、椅子にどかっと腰かけた。
「こんなところ、あるんですね」
レイヤードは、私が思っていたことを口にした。
「ああ、街に来る度に、一々隣国の皇太子として現れたら大変だろう。いくつか、隠れられる場所は用意してある」
ヴィクトールはカイルと行動を共にしていたから、そういう場所があることは心得ているようだった。店の者がすぐにお茶やお茶菓子を用意して去っていた。
「ネズミが紛れているかもしれないから、念のため結界も張っておこう」
ルシアンは、お茶をすすりながら、意外な慎重さを見せ結界まで張ってくれた。
「それで…――ユマーノ」
ルシアンは、ユマーノに視線を送る。
「はい。先日、エマ様を襲ったとされる大司教は土魔法の属性で、魔力も非常に低いようでした」
「やはり操られただけか」
「おそらく。それ以外に候補に挙がっていた護憲派の大司教も念のため、確認しましたが、同じように闇魔法の属性の者はおりません。いたって平凡そのものです」
まずは、想定の範囲内の話だ。
「それで…――本題ですが、教皇様は水の属性、聖女様は光の属性」
ケイティの名前を聞き、少しホッとしている自分がいた。ケイティに恨まれていると思ったことはないが、何せお互いのことをほとんど知らない関係と言ってもよいような姉妹だ。エマが気づかぬところでケイティを傷つけていることだって、ないとは言えない。私がケイティの存在に苦しめれていたように……。
「総司教様も水の属性、そして、枢機卿様は火と……闇の属性をお持ちでした。魔力量も相当なものかと……」
枢機卿は、護憲派だとカイルが言っていた。神話への造詣が深いと言うエマの話からも、原理主義者であることも伺わせていた。
「枢機卿か……」
私を捉えようと暗躍していたのは、枢機卿――。
ステージの上では、私たちに穏やかな笑みを浮かべていた。この前の大司教と接触したときにも思ったが、人の心の中というのは本当に分からないものだ。あんな優し気な微笑みの裏に、私への悪意を隠し持っているなんて。
「想像はしていたが、闇魔法所持者が護憲派のトップとは驚きだな」
本当にその通りだ。枢機卿が原理主義者だとすると、相当な自己矛盾に苛まれていただろう。おそらく表向きは火魔法の属性だということで通しているのだろう。エマやルシアンと同じだ。闇魔法のことはひた隠しにしている。自分自身も闇属性であるにも関わらず、神話にある一世一代聖女説を固く信じているからなのか。聖女のような力を持つと噂されるエマの存在を葬り去ろうとしている。
エマの力が闇の力だと知ったら、彼はどう思うのだろう……。
「黒幕は分かったから、次はどう枢機卿と対抗するかだな」
「話し合いでどうにか、という相手ではないだろう。おそらく、ここまで上り詰めるにも闇魔法を活用していると見るのが妥当か」
「ならば、余罪はありそうだな」
「そこを暴き出し、追及するか」
相変わらず、こういうときのルシアンとヴィクトールは気が合う。話がどんどんスムーズに進む。
「星まつり……」
ヴィクトールは何か浮かんだようにつぶやいた。
ルシアンがヴィクトールのつぶやきに反応するように口を開いた。
「我々がこの場を利用しているように、ヤツも何か仕掛けようとしてくるかもしれないな。人が多く集まる場は、企みを起こしやすいものだ」
ヴィクトールもルシアンの発言に首肯する。
「ヤツは既に二度失敗している。カイルはエマの準聖女認定に向けて進めているだろうし。エマが公の存在になれば手出しはしにくくなる。――内心、かなり焦っていると見ていいだろう」
「用心するに越したことはないな」
「レイヤード、悪いがカイルにこのことを伝えてくれないか。念のため、警備を強化した方がいい」
「はい」
レイヤードはすぐに王宮へ向かった。ルシアンはレイヤードを見送ると、ユマーノにも命じた。
「ユマーノ、間者を集めろ」
「はっ」
さすがディベリア帝国。ルーク王国にも多くの間者がいるということか。
ユマーノが一足先に別の場所へと向かった。
「言っておくが、普段から間者を忍ばせているわけではないぞ」
「どうだか……」
ヴィクトールは疑いの眼差しを向けた。
「私は平和主義だからな。戦にならないよう、情報集めに邁進するタイプなんだ。エマ、君とヴィクトールの昨日のデートのことも、私は何も知らない」
ルシアンはにっと笑った。
まさか、昨日のデートもどこかで誰かが見ていたということ?
「信じられないっ……」
「知らないと言っているだろう」
楽し気にルシアンは笑った。黒幕の存在にどんよりと空気が重くなったが、ルシアンの揶揄いで少しだけ気持ちが紛れていた。




