第28話 星まつり前夜
第28話 星まつり前夜
「お嬢様、ナタリー……感動しております」
一段と気合を入れて身だしなみを整えてくれているナタリーが、仕上がったエマの姿を見て感涙している。今日のエマの服装は「町娘風」だ。と言っても、銀髪の町娘は早々いない。せいぜい、裕福な商家の娘といったところだろうか。髪は帽子に入るよう、編み込んでアップにしてくれている。ドレスもいつもと違い、動きやすい素材や丈のものだ。
「ナタリー、確かに今日のあなたの準備は一段と素晴らしいけど。大げさすぎない?」
エマの姿を見て、ナタリーは堪えきれないという様子だ。
「大げさではありません! 年頃のお嬢様ですから、街へお忍びで行きたいとおっしゃられることを、このナタリーずーーっと待っておりました。ところがお嬢様と来たら、領主館から出ようとされないし、出たとしても領民の農場巡りやら、薬草摘みやら……」
ナタリーはエマが10歳の頃から侍女として仕えてくれている。もう10年の付き合いだ。
エマにとっては使用人というより、姉のような存在でもある。
――ナタリーがそんなことを思っていたなんて……。
ヴィクトール様と星まつりの前日にお出かけをする準備をしてほしいと言ったとき、ナタリーの目に気合の炎が宿るのを感じたが、そういう思いを持ってくれていたからなのか。
「お嬢様がヴィクトール様とお忍びデート。しかも、星まつりの前日だなんて、ロマンチックで……」
ナタリーの目がうっとりしている。
指輪を購入するために街に出たときは、あまりに急だったから準備も間に合わせのものだったし、鬼気迫るヴィクトールの様子が、甘い雰囲気はあまり感じさせなかったのだろう。
ナタリーが本当に喜んでくれているのが分かる。
「ナタリー、ありがとう」
エマはにこっと微笑んだ。
ナタリーが用意してくれた帽子を手にはしたがすぐにかぶるのはやめた。
「帽子をかぶると、折角ナタリーが編んでくれた髪が隠れてしまうわね」
「お嬢様……」
「今日は……、日差しがまぶしくなったらかぶろうかしら?」
エマがそういうと、ナタリーの目は益々潤み、エマに抱きついた。
「お嬢様!」
エマはナタリーが今まで見守ってくれていた思いを、改めて噛みしめていた。
「エマ」
ヴィクトールが、規則正しいノックをして呼びかけた。
「はい。ナタリー、本当にありがとう。今日は楽しんでくるわ」
「はい!」
エマは、扉を開けた。
◇◇◇
今日はお忍びなので、家紋のないいつもより小さな馬車を利用した。
アステリアに来たときのように急いではいないので、馬車の揺れも穏やかなものだ。
馬車にはヴィクトールと向き合うように座った。
エマはまだ王都の様子が見慣れないので、何を見ても新鮮に感じる。
目に入ったものが何かを聞こうとヴィクトールの方を向くと、常にヴィクトールが甘い視線でエマを見つめているので、段々恥ずかしくなってくる。
――あんなで目でずっと見られるなら、隣に座った方が良いかしら。
エマは車窓を見るのをやめて、大人しくヴィクトールと向き合うように座った。
「どうして、下を向くの?」
ニコニコしながら、急に大人しくなったエマにヴィクトールが問う。
「それは……恥ずかしいからです」
今日はヴィクトールも装いがいつもと違い、ラフなものだ。騎士服も、正装も、麗しかったけど、平服までこんなに着こなすなんて……。
エマはいつもと違うヴィクトールを見た瞬間から、ドキドキが止まらなかった。だから、あえて車窓に関心を示すようにしていたのだが――。
「恥ずかしい? そうか、私と一緒だね。私はいつもと違うエマの姿を見て、胸の高鳴りを抑えられないんだ」
さらりとヴィクトールが口にした。その表情は、言葉と違い余裕のある涼しいものに見えた。
どぎまぎしているエマを見て、楽しんでいるようにも見える。
いつもやられっぱなし……というのも情けないと思ったが、ヴィクトールの熱い視線から逃れる方法が見つからなかった。
「……そんな風に見るのは、やめてください」
「そんな風にって?」
「そんなにじっと見られていると、やりにくいです!」
「じゃあ、見つめないように隣に座ろうかな」
ヴィクトールが狭い車内を窮屈そうに移動する。背が高いと大変そうだ。
ヴィクトールがエマの隣に座ると、「これで大丈夫かな」と言った。
いつもより狭い車内のため、横に座ると距離がすごく近く感じる。
隣で顔を見ると、アステリアまでの道程を思い出してしまう……。
――ダメ。そんなこと思い出したら余計に顔が……。折角ナタリーに施してもらったメイクも汗で落ちちゃうわ。
エマはなるべくヴィクトールを視界に入れないように、前を向いた。
「緊張してる?」
ヴィクトールがエマの手に自分の手を重ね、指と指を絡ませてきた。
――これじゃ、見つめられてなくてもドキドキが止まらない。
ヴィクトールの手から逃れようと、手を動かしたが離してくれない。
「エマが悪いんだよ。そんな可愛い装いをして私を夢中にするから。いつも可愛いけど、その恰好もすごく良い。髪もアップにしてうなじが丸見えになっているから、私の自制心が試されるけどね」
ヴィクトールが指を絡ませながら、エマの耳に囁いた。ヴィクトールの吐息がエマの耳に触れる。ヴィクトールの自制心とは……? と思いながらも、エマもヴィクトールに告げた。
「ヴィ、ヴィクトール様も……すてき、です」
「ありがとう」
ヴィクトールがエマをそっと抱き寄せる。いつもの服よりも、ヴィクトールの逞しい体躯を身近に感じてドキドキする。
「これはまずいな……」
抱きしめながらヴィクトールが頭上で呟いた。何がまずいのか。
「理性を試されているようだ」
ヴィクトールが自嘲気味につぶやくと、頭上に優しい口づけを落とした。
「今日はいつも以上に人手が多いから、絶対に私の手を離さないようにね」
護衛としてレイヤード以外に数人来ているが、今日は彼らも平服で少し離れた位置から見守ることになっている。
ヴィクトールは、平服ではあったが騎士然とした態度で、馬車から降りるのをエスコートしてくれた。
◇◇◇
「わあっ」
噂には聞いていた。書物でも見ていた。先ほど車内でヴィクトールからも話を聞いていた。
が、百聞は一見に如かず、とはこのことか。
先日訪れた街が、まるで違う街のように彩られ、多くの人が往来を行きかう。
星まつりにちなんで、星型の飾りが所せましと飾られている。
異国の人も多いのだろう。さまざまな髪色が目に入る。
この様子なら、私の髪色もそんなに目立たなさそう。
エマはヴィクトールの手を握り、にぎわう露店のお店を見て回った。
司祭服を着たものを見ると、身が引き締まる思いが時折したけれど、ヴィクトールの髪飾りも、ルシアンのブレスレットもある。未熟だけど、魔法の訓練も続けていたし、薬も携帯している。
ヴィクトールの笑顔を見て、エマは一日楽しもうと思った。
◇◇◇
星まつりの露店には、星型の食べ物、装飾品、置物などさまざまなものが並んでいる。
はじめて見るものばかりで、どれも興味深い。
今まで領内で薬や魔法の研究ばかりにかまけていたけど、こういう世界も面白いものね。
私はずいぶん限られた世界の中で生きてきたのだ。
新しい世界にヴィクトールは連れて行ってくれる。
ヴィクトールとつなぐ手をずっと離したくないと思った。
「お姉さん、お姉さん!」
露店の男性がエマに声をかけた。
「これ、星まつり限定のアクセサリー。どう? これなんて似合いそうだけど」と親しげに声をかけてくる。突然のセールストークに驚いているエマの前にヴィクトールが立ちはだかる。
「なんだ?」
ヴィクトールの圧に、露店の男性が怯む。
「……あ、お兄さん。お兄さん、ずいぶん綺麗な顔しているねえ。どうだい。かわいい彼女にプレゼント。星のイヤリングに、ネックレス、指輪、髪飾り、ブレスレット……」
露店の男性は商魂逞しいというか。ヴィクトールの圧に負けず、売り込みを続ける。ヴィクトールは一蹴するかと思いきや、意外に露店の男性の話を聞き入っている。
「確かにどれも似合いそうだな」
「そうだろ。星まつりの贈り物は、真実の愛を誓うのに最適だろ」
「……真実の愛」
ヴィクトールは、意外とこういう言葉に弱いのか。エマはヴィクトールの手を引っ張る。
「エマ?」
「ヴィ……ヴィー、そういうものはいいですから」
ヴィクトールの名前は目立つので、ヴィーと呼ぶことにしていた。敬称もつけないのも、慣れない。
「なんでだ? 似合いそうだ」
「そうだよ、お姉さん。遠慮せずにお兄さんに贈ってもらいなよ。どれも似合いそうだ。美男美女カップルはいいねえ」
「確かに全て似合いそうだな。全て買うか……」
「お兄さん、太っ腹だね!」
会話が怪しい方向へ向かっている。
「ヴィー! もう! こちらへ!!」
エマは本当に全て買ってしまいそうな勢いのヴィクトールをお店から離した。
露店の男性には失礼だったかもしれないけど、仕方がない。
「エマ、いいじゃないか。星まつりの贈り物を私もしたい」
「ヴィクトール様からは贈り物をいただいてばかりです」
「そんなことは……」
「それに……」
エマは後ろ髪惹かれるヴィクトールをちらっと見た。
「どうせ買うなら、お揃いのものが良いです」
「お揃い……」
「女性物のアクセサリーだと、ヴィーはつけられませんし、私はお揃いで、普段使えるものがいいです」
ヴィクトールはエマの提案に今日一番の笑顔を見せた。ヴィクトールの笑顔は、街中の女性たちをも時めかせていた。




