第27話 姉妹(ヴィクトール視点)
第27話 姉妹(ヴィクトール視点)
「タウンハウスにいらっしゃるなら一声かけてくださってもよいのに。お父様とお母様も、お二人がお帰りになってから言うんだから」
ケイティは珍しく棘のある言い方をしながら、カップのお茶を口にした。
「急なことだったから……。ケイティはアカデミーもあるし、教会のお仕事もあるでしょう」
「アカデミーの登校日は減っていますから、気になさらなくて大丈夫です」
「そういうものなの。ごめんなさい。よく知らなくて……」
ケイティは、今年でアカデミーを卒業する。カイルはケイティの卒業と同時の婚姻を急いだ。昔は年の離れた婚約者に距離を感じているようだったが、ケイティが年を追うごとにカイルの独占欲が増していくのがヴィクトールにも分かった。今も怒るケイティの横顔を幸せそうに眺めている。
――私も、周囲から見ればあんなだらしない顔になっているのか……?
最近、ルシアンやレイヤードに言われることを思い出していた。
「そうだわ。この前、大礼拝にもいらっしゃったでしょう? 私、お話したかったのに、そそくさと帰ってしまうんだもの」
「そうだったのか」
カイルは知らないふりで、ケイティにあいづちを打つ。
「ルシアン殿下まで一緒にいらっしゃったんです」
「ルシアン殿下まで……?」
カイルの瞳が「聞いていないぞ」というように、ちらっとヴィクトールを見た。ヴィクトールは意に介さず、その視線を一旦無視した。ルシアンとの共謀の件は、カイルには話せることが少ないので隠していた。
「ルシアン殿下が、勝手について来たんだ」
「そうなの。ケイティにも声をかけようと思ったのだけど、忙しそうだったから……」
エマは少し言い訳がましく告げる。
「聖女の祈りは本当に素敵だったわ」
エマはケイティに微笑んだ。最近、エマの明るい表情を見ることが増えた。こんなときに何ではあるが、ヴィクトールとしても嬉しいことだ。
「ありがとうございます」
ケイティは少し照れたようにエマにはにかんだ。
それにしても……――。
リュクノール家のタウンハウスに赴いたときも感じたが、エマとケイティの姉妹の距離も微妙なものに感じられた。ケイティの訴えは姉妹としては当然のようだが、エマはケイティに一定の線を引いているようにも見える。
姉妹と言っても、この二人はほとんど一緒に暮らしていない。
ケイティはきょうだいと離れ王都で厳しい聖女教育を受けていた。時折カントリーハウスに行きたい、きょうだいに会いたいというケイティを不憫に思っていたが、エマのことを知れば知るほど彼女の境遇にも同情してしまう。
聖女が産まれたということで、この家族は引き裂かれていたのか。
「それよりケイティ、星まつりの準備も忙しいのでしょう?」
「それは枢機卿様や総司教様の教えを受けて、順調に進んでおります」
「まあ。総司教様や枢機卿様が。すごいわね。一体どんな方々なの? 厳しいのかしら?」
エマはケイティに探りを入れる。この二人は黒幕かもしれない。
「そうですね。厳しいところもありますけど、いつも親切に教えてくださっています。枢機卿様は、神話への造詣も深いですし、お話していると色々な発見があります。総司教様は異国の宗教にもお詳しいから、とても勉強になります」
「そう、それは素敵ね」
エマは先ほどから社交用の笑みを浮かべ続けている。社交用のものも品があって美しいが、ヴィクトールに見せる愛らしい笑顔とは違うと密かに思っていた。ヴィクトールが触れると、真っ赤になったり、潤んだ瞳で睨んだり、恥じらうように微笑んだり……。エマのことを思い出していると、向かいに座るカイルに白い目で見られていることに気付いた。
――自分だって大差ないだろう……。
エマに習い、ヴィクトールも社交用の表情に戻した。
「お姉さま、今年は星まつりにいらっしゃれるのですか?」
「ええ。今年は行くつもりよ。いつも誘ってくれていたのに、ごめんなさい」
アステリアの星まつりは有名な祭りで、隣国からの観光客も多い。この時期目掛けて地方から王都へ赴く貴族も多いが、エマはそうではなかったようだ。
「いえ、お姉さまはリュクノール領にお住まいですもの。仕方がないと思っておりました」
ケイティは少し寂しそうに微笑んだ。
◇◇◇
「アステリアの星まつりに参加するのは、初めてなのか?」
本棚に並ぶ闇魔法に関する書籍を数冊エマに手渡しながら、ヴィクトールがエマに尋ねた。
「はい。特に関心がなくて……」
エマは素っ気なく答えた。
関心がない、か。
「薄情な姉ですよね」
エマは気まずそうな笑みを浮かべた。
「子どもの頃から、ケイティと比較されることが多かったので、あまり妹に会いたいとは思わなくて……。ケイティが何かしたわけではないのに。卑屈な自分が嫌になります」
先ほどの自分の態度を省みているのか、ぽつりとつぶやいた。
ヴィクトールは、本を開くエマの背を包むように抱きしめた。突然の抱擁に驚き、顔を赤らめた。
「ヴィクトール様!」
「――この部屋は誰もいない」
カイルが用意してくれた王族専用の部屋のおかげで、周囲の目を気にしないで良い。
「そういうことでは……」
エマが小さな声で抗議するが、身体は受け入れている。以前は抱擁する度に、緊張で身体が固くなっていたが、今はそれがない。ヴィクトールはそれが嬉しかった。それに、エマが本音を零してくれることも。
「エマ、私はエマが好きだ。卑屈なエマも可愛い」
「ヴィクトール様は、物好きなのですね」
「そうか。エマは自分のことを良く分かっていないようだな。周りのことはよく見ているのに」
エマの髪に愛おしそうに口づけながら、ヴィクトールは囁いた。
エマの耳が真っ赤に色づくのを見て、満たされるものを感じた。
「星まつりは前夜から、市井もにぎわうからお忍びで行こうか」
耳元にそっと囁くと、エマはヴィクトールの方に視線を向けた。
首を動かさないのは、顔が近づくのを恥じらっているのだろうか。
「そんな呑気な……」
「魔法の特訓に調薬に、こうして闇魔法の調査まで毎日頑張りすぎだ。少し、気を休めることだって大切だと思わないか」
「それは……」
エマはヴィクトールの提案に小さく頷いた。
「エマと星まつりに行く初めての人間になれて嬉しいよ」と、耳にちゅっとわざと音を立てて口付けるとエマの耳が増々赤く色付いた。
自分だけにこんな表情を見せてくれることに、ヴィクトールは大きな満足を感じていた。
「それは……――私も、です」
ヴィクトールの腕の中で、エマも恥ずかしそうに頷いた。




